ベトナムの農村発展 —高度経済成長下の農村経済の変容

調査研究報告書

坂田 正三  編

2012年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
坂田 正三 編『 高度経済成長下のベトナム農業・農村の発展 』研究双書No.607、2013年12月発行
です。
まえがき 目次 執筆者一覧 (44KB) / 坂田正三
第1章
本稿では、ベトナム農村における労働・雇用の実態を示す統計データを整理する。ベトナムでは、2000年代の高度経済成長期に入り、農業を主たる職業とする労働人口が急速に減少する一方で、農村の人口比率は70%という高い水準にとどまっている。これは農村の就労機会の存在を示すものである。2000年代に実施された各種の調査結果によると、労働人口が増加しているのは、チャンチャイと呼ばれる農業部門の大規模個人経営、水産業、そして非農業部門においてである。非農業部門では、小規模な経済主体による自営・雇用労働が増加している。また、工業団地における労働者数も数十万~100万人程度存在すると推定される。このような状況が生み出された背景には、ドイモイ以降の農業政策、土地政策、都市の拡大の影響などが考えられる。

第2章
本章では、ベトナムにおいて近年見られる農家の大規模経営、とりわけチャンチャイ(trang tr?i)と呼ばれる私営農場の発展現象に焦点をあて、関連する以下の2つの問題を省別セミマクロデータにより明らかにする。第1に土地生産性と経営規模の「逆相関関係」と大規模農業経営の発展という矛盾する現象がなぜ併存しているのかという問題、第2に農村人口の固定性や都市から農村への帰還移動増加がもたらす農村過剰労働力に対して、十分な雇用吸収力を大規模経営農家がもっているかという問題である。分析の結果、1)「逆相関関係」が存在する中で大規模経営農家が発展したのは、農村労働市場の発展による雇用労働の利用と雇用労働監視問題を克服するメカニズム(農業機械の利用等)の導入によること、2)大規模経営の典型的形態である私営農場は、十分な雇用吸収力をもつということ、がわかった。

第3章
本稿では、紅河デルタ地域のタイビン省における行政村レベルでの調査データをもとに、出稼ぎ行動の実態を把握しその要因分析を試みる。2000年代に入り,ベトナム農村では次第に工業化・都市化が進んでいるが、その進展の程度は地域によって異なる。地域の工業化・都市化の程度の差違は、農村の就業構造、とりわけ農民の出稼ぎ行動にも影響を与える要因になりうる。タイビン省は、工業化・都市化の程度が相当に異なる農村が併存する典型的な地域である。これを事例として農民の出稼ぎ行動の実態を分析し,その行動を規定する要因を明らかにすることは、紅河デルタ地域全体の農村部における出稼ぎ行動のありようを考察する上でも有益な示唆を得られるものと考えられる。

第4章
本論はメコンデルタの稲作農業における機械化の現状を、農家調査の結果に基づき考察したものである。2000年代半ば以降、大規模農家を中心に、トラクターやコンバイン収穫機などに対する農業機械投資が進展した。また賃作業委託を通じて、ほぼ全ての調査農家が機械利用を行っている状況にある。こうした状況の背景にあるメカニズムについていくつかの仮説を記述的に検討した。

第5章
2000年代以降、工業区の地方展開に伴い、青年層の地方回帰・地元就業傾向が顕著になってきている。メコンデルタの中心都市カントー市の工業区でも、多くの労働者が、周辺の農村部からやってきている。そうした労働者の出身農村での調査では、ヴィンロン省側の農村と、カントー市側の農村とで、農業の在り方に大きな違いがあった。前者では、稲作と野菜との混作を進めて農業収入の向上を図り、後者では、稲作単一作が維持されつつ、農家家計は、他の若年の世帯構成員による非農業収入に大きく依存していた。他方で、両地域の農村の共通点は、青年層の非農業部門への就業傾向で、また、そうした青年層の就業傾向に伴って、農家の農業労働力不足も顕在化していた。かつて、農村での乏しい農外就業機会を前提として、農業の多角化に農家の活路を展望した議論とは異なる展開が、一部の地方の農村で見られるようになっている。

第6章
本稿では、第一に20年を経過したベトナムの工業区整備事業に注目し、その展開過程と役割について各種資料や調査データに基づいて整理した。そして地方分散型工業区の事例として、北部において近年急速に開発が進むハイズオン省を取り上げ、同省における就業構造の変化と工業区の整備、工業区の雇用実態とその特徴をハイズオン省各工業区管理委員会等での聞き取り調査や資料から、考察した。その結果、工業区の立地と周辺農村への農外就業機会の創出による地域の就業構造変化が明らかとなった。第二に、「あたらしい農村」をめざした農村の総合的基盤整備事業である新農村整備事業に注目し、国の示す「あたらしい農村」概念と課題について整理した。そしてここでは、ハティン省TC社の取組と成果について、資料と現地聞き取り調査から、その実態を考察した。その結果、少なくとも同社における新農村整備事業への取組を通じて、農村の空間的近代化と域内における雇用の創出を着実に生み出していることがわかった。すなわち地方分散型工業区の整備と新農村整備事業は、ともに域内における雇用機会の創出によって地域の安定的な発展を図っている取組であり、はからずも農民一般が日常的に口にする“Sang Di Toi Ve(朝往暮帰:朝仕事に向かい、夜には帰宅する)” あるいは“Ly Nong Bat Ly Huong(離農不離郷:離農するが故郷からは離れない)”という概念とも符合するものであった。