中国における流域の環境保全・再生に向けたガバナンス —太湖流域へのアプローチ—
調査研究報告書
大塚 健司 編
2011年3月発行
まえがき/目次/執筆者一覧 (148KB)
第1章
太湖流域水環境保全計画の事業と対策—無錫市の事例を中心に— (920KB) / 水落 元之
はじめに
第1節 太湖流域における汚濁発生負荷量の内訳
第2節 水環境保全計画の事業概要
第3節 無錫市における具体的事業内容
まとめ
太湖流域水環境総合治理総体方案に示されている通り、太湖流域からの汚濁負荷発生量に占める農業面源の割合は、COD 45%、T-N 51%およびT-P 68%と大きな割合を占め、農業面源対策の重要性は明らかである。太湖流域を含む長江デルタ経済圏における同様な検討でも農業面源からの発生量は全体の50%程度を占めており、特に畜産からの排出が大きく、太湖流域においても農業面源のうち畜産排水の重要性が推察された。無錫市を事例として、それぞれの対策事業の具体的な内容について、事業展開の根拠となっていると考えられる研究成果をもとに技術的な側面を中心に整理した。工業や都市生活における対策では汚染企業を集約して排水の一括処理を進めること、排水基準遵守の厳格化、排水基準の引き上げおよび下水道普及率の向上および初期降雨出水の下水処理場への導入などが挙げられる。農業面源対策では、農業の集約化を通して汚染管理の効率化を図り、無錫市においては農業地域を8箇所の管理区に分けて対策事業を推進する計画である。そのもとで具体的には、農地への化学肥料投入量の管理、農地からの流出水に対して側溝や流出水が流入する小河川での直接的浄化の推進、畜産についてはゼロエミッション型の飼育手法等の普及が図られている。また、太湖では湖の生態系の修復にも力が入れられている。太湖ではあるべき生態系を目標として人為的な誘導を行い、これによりさらに水質改善を図るといった、生態系修復と水質改善を車の両輪に見立てた戦略を有している。十五期間中に大規模な研究予算が投じられ、五里湖において実証試験が行われ、今後の事業展開に有用な成果が得られている。
第1節 太湖流域における汚濁発生負荷量の内訳
第2節 水環境保全計画の事業概要
第3節 無錫市における具体的事業内容
まとめ
太湖流域水環境総合治理総体方案に示されている通り、太湖流域からの汚濁負荷発生量に占める農業面源の割合は、COD 45%、T-N 51%およびT-P 68%と大きな割合を占め、農業面源対策の重要性は明らかである。太湖流域を含む長江デルタ経済圏における同様な検討でも農業面源からの発生量は全体の50%程度を占めており、特に畜産からの排出が大きく、太湖流域においても農業面源のうち畜産排水の重要性が推察された。無錫市を事例として、それぞれの対策事業の具体的な内容について、事業展開の根拠となっていると考えられる研究成果をもとに技術的な側面を中心に整理した。工業や都市生活における対策では汚染企業を集約して排水の一括処理を進めること、排水基準遵守の厳格化、排水基準の引き上げおよび下水道普及率の向上および初期降雨出水の下水処理場への導入などが挙げられる。農業面源対策では、農業の集約化を通して汚染管理の効率化を図り、無錫市においては農業地域を8箇所の管理区に分けて対策事業を推進する計画である。そのもとで具体的には、農地への化学肥料投入量の管理、農地からの流出水に対して側溝や流出水が流入する小河川での直接的浄化の推進、畜産についてはゼロエミッション型の飼育手法等の普及が図られている。また、太湖では湖の生態系の修復にも力が入れられている。太湖ではあるべき生態系を目標として人為的な誘導を行い、これによりさらに水質改善を図るといった、生態系修復と水質改善を車の両輪に見立てた戦略を有している。十五期間中に大規模な研究予算が投じられ、五里湖において実証試験が行われ、今後の事業展開に有用な成果が得られている。
第2章
中国における農村面源汚染問題の現状と対策—長江デルタを中心に— (568KB) / 山田 七絵
はじめに
第1節 中国における農村面源汚染の現状
第2節 構造的要因
第3節 政策的対応
まとめ
世界の流域、特に閉鎖性水域において農地、市街地、山林をはじめとする非特定汚染源による水質汚染、すなわち面源汚染はいまや主要な汚染原因の一つとなっている。中国においても、例えば代表的な湖である太湖、滇池、巢湖の窒素、リン負荷量に占める面源汚染の割合はいずれも6割程度に達している。このように面源汚染は重要な汚染源であるにも関わらず点源汚染と比較して一般に対策が遅れており、中国も例外ではない。中国で最初に中央レベルの政策の中で正式に農村の環境問題が取り上げられたのは、2005年末に中共中央、国務院が公布した「社会主義新農村建設に関する若干の意見」とそれを受けた第十一次五ヶ年計画においてである。本稿では太湖流域を含む長江デルタを中心に、第1節で中国における農村面源汚染問題(農業・畜産、農村生活排水や廃棄物による水質汚染)の現状を統計や資料を用いて整理した。第2節では農村面源汚染の構造的な原因として市場経済化と農業構造の変化、就業構造の変化、農業・畜産業の近代化、農業技術普及体制の未整備を指摘し、統計を用いて検証した。最後に第3節で社会主義新農村建設の枠組みのもとでの農村環境政策の流れをレビューし、他の農業政策との整合性を検討した後、個別の問題に対する現段階での政策的対応として環境保全型農業技術の普及、農村廃棄物の総合利用に関する諸政策について概説した。
第1節 中国における農村面源汚染の現状
第2節 構造的要因
第3節 政策的対応
まとめ
世界の流域、特に閉鎖性水域において農地、市街地、山林をはじめとする非特定汚染源による水質汚染、すなわち面源汚染はいまや主要な汚染原因の一つとなっている。中国においても、例えば代表的な湖である太湖、滇池、巢湖の窒素、リン負荷量に占める面源汚染の割合はいずれも6割程度に達している。このように面源汚染は重要な汚染源であるにも関わらず点源汚染と比較して一般に対策が遅れており、中国も例外ではない。中国で最初に中央レベルの政策の中で正式に農村の環境問題が取り上げられたのは、2005年末に中共中央、国務院が公布した「社会主義新農村建設に関する若干の意見」とそれを受けた第十一次五ヶ年計画においてである。本稿では太湖流域を含む長江デルタを中心に、第1節で中国における農村面源汚染問題(農業・畜産、農村生活排水や廃棄物による水質汚染)の現状を統計や資料を用いて整理した。第2節では農村面源汚染の構造的な原因として市場経済化と農業構造の変化、就業構造の変化、農業・畜産業の近代化、農業技術普及体制の未整備を指摘し、統計を用いて検証した。最後に第3節で社会主義新農村建設の枠組みのもとでの農村環境政策の流れをレビューし、他の農業政策との整合性を検討した後、個別の問題に対する現段階での政策的対応として環境保全型農業技術の普及、農村廃棄物の総合利用に関する諸政策について概説した。
第3章
太湖流域の水環境保全をめぐるガバナンスの展開と課題—ローカルレベルに焦点をあてて— (339KB) / 大塚 健司
はじめに
第1節 太湖流域の水環境総合対策をめぐるガバナンスの現段階
第2節 コミュニティ円卓会議の社会実験の再検討
第3節 G社区におけるコミュニティ円卓会議のフォローアップ
第4節 S社区におけるコミュニティ円卓会議の試み
おわりに
中国では水環境の保全と再生のための実効性のあるガバナンスが求められている。経済発展の著しい華東地域に位置する太湖流域は、中国で最も水汚染の深刻な湖のひとつである。2007年の水危機以降、水環境保全に関する規制の強化、水環境総合対策事業の実施、および様々な政策改革や制度実験が行われている。
また、アジア経済研究所と南京大学環境学院環境管理・政策研究センターは2008年度より共同でコミュニティ円卓会議の社会実験を通して、水環境保全をめぐる政府、企業、住民による対話の促進を試みている。過去2年間の社会実験を通して、コミュニティ円卓会議の手法は、住民、企業、地元政府の間における情報共有と対話を促進するうえでいくらか有効であることが示された。しかしながら、このような試みを流域における水環境保全のためのガバナンスの改革につなげていくためには課題が多い。
本章では、これまでの研究成果(大塚編 [2010])および2010年度の共同研究をふまえて、太湖流域の水環境保全をめぐるガバナンスについて地方・基層レベルでの展開と課題に焦点をあてて検討を行った。まず、太湖流域における水環境総合対策事業の実施体制と実施状況をめぐるガバナンスの現段階について検討を行った。次に、2010年度に実施したコミュニティ円卓会議の社会実験の経過を整理して、今後の課題について検討を行った。
第1節 太湖流域の水環境総合対策をめぐるガバナンスの現段階
第2節 コミュニティ円卓会議の社会実験の再検討
第3節 G社区におけるコミュニティ円卓会議のフォローアップ
第4節 S社区におけるコミュニティ円卓会議の試み
おわりに
中国では水環境の保全と再生のための実効性のあるガバナンスが求められている。経済発展の著しい華東地域に位置する太湖流域は、中国で最も水汚染の深刻な湖のひとつである。2007年の水危機以降、水環境保全に関する規制の強化、水環境総合対策事業の実施、および様々な政策改革や制度実験が行われている。
また、アジア経済研究所と南京大学環境学院環境管理・政策研究センターは2008年度より共同でコミュニティ円卓会議の社会実験を通して、水環境保全をめぐる政府、企業、住民による対話の促進を試みている。過去2年間の社会実験を通して、コミュニティ円卓会議の手法は、住民、企業、地元政府の間における情報共有と対話を促進するうえでいくらか有効であることが示された。しかしながら、このような試みを流域における水環境保全のためのガバナンスの改革につなげていくためには課題が多い。
本章では、これまでの研究成果(大塚編 [2010])および2010年度の共同研究をふまえて、太湖流域の水環境保全をめぐるガバナンスについて地方・基層レベルでの展開と課題に焦点をあてて検討を行った。まず、太湖流域における水環境総合対策事業の実施体制と実施状況をめぐるガバナンスの現段階について検討を行った。次に、2010年度に実施したコミュニティ円卓会議の社会実験の経過を整理して、今後の課題について検討を行った。
第4章
太湖流域の再生的管理と参加の課題の考察—参加型再生的管理に向けて— (263KB) / 礒野 弥生
はじめに
第1節 再生的管理のための課題とステークホルダー
第2節 日本、イギリス、オーストラリアにおける再生的管理とステークホルダー
第3節 ワークショップ分析による対話と参加の位置づけ
おわりに
太湖の水質改善は、太湖流域の再生的管理ということができる。かかる再生的管理について、ステークホルダー参加型あるいは協働型を模索することが、本研究の重要な課題である。過去2カ年にわたって、参加に関する様々なタイプについて、主として日本の状況を検討することで、中国での可能性と課題を探った。本年度は、この検討の上に立ち、再生的管理に関する対話と協働と、それぞれの課題におけるステークホルダーのあり方について検討する。
第1に、再生的管理についての課題の設定とステークホルダーの関係を取り上げることとする。再生的管理の内容としては、再生目的、再生目標、再生のための課題、再生のための手法、再生のための協働的作業、等をあげることができる。
これらの課題ごとに、ステークホルダーが異なる。再生目的や目標の設定は、アプリオリに与えられているものとすることも可能である。ここでは、その目的および目標から検討することとする。さらに、協働的作業というのは、具体の個々の人々や団体のステークホルダー間の具体的取り組みをいう。これらを、日、英、オーストラリアを参考としながら、検討する。
第2に、このようなステークホルダーによる取り組みについて、2010年度12月の東京でのワークショップで示された対話を分析し、中国での可能性を検討する。
これらの検討と太湖の円卓会議の実験の結果から、再生的管理の参加の場を検討する。
第1節 再生的管理のための課題とステークホルダー
第2節 日本、イギリス、オーストラリアにおける再生的管理とステークホルダー
第3節 ワークショップ分析による対話と参加の位置づけ
おわりに
太湖の水質改善は、太湖流域の再生的管理ということができる。かかる再生的管理について、ステークホルダー参加型あるいは協働型を模索することが、本研究の重要な課題である。過去2カ年にわたって、参加に関する様々なタイプについて、主として日本の状況を検討することで、中国での可能性と課題を探った。本年度は、この検討の上に立ち、再生的管理に関する対話と協働と、それぞれの課題におけるステークホルダーのあり方について検討する。
第1に、再生的管理についての課題の設定とステークホルダーの関係を取り上げることとする。再生的管理の内容としては、再生目的、再生目標、再生のための課題、再生のための手法、再生のための協働的作業、等をあげることができる。
これらの課題ごとに、ステークホルダーが異なる。再生目的や目標の設定は、アプリオリに与えられているものとすることも可能である。ここでは、その目的および目標から検討することとする。さらに、協働的作業というのは、具体の個々の人々や団体のステークホルダー間の具体的取り組みをいう。これらを、日、英、オーストラリアを参考としながら、検討する。
第2に、このようなステークホルダーによる取り組みについて、2010年度12月の東京でのワークショップで示された対話を分析し、中国での可能性を検討する。
これらの検討と太湖の円卓会議の実験の結果から、再生的管理の参加の場を検討する。
第5章
流域の環境保全・再生をめぐるガバナンス—日本のローカルレベルでの経験から— (506KB) / 藤田 香
はじめに
第1節 環境ガバナンスと環境政策統合(Environmental Policy Integration)
第2節 日本の環境問題と地方自治体による環境政策—水環境問題の変遷
第3節 琵琶湖と諏訪湖の経験
おわりに—日本の経験から太湖流域への示唆
開発途上国において近年の人口急増と社会経済の発展は、急速な都市化や工業化の加速にともなう水需要の増大とともに、水汚染や自然環境の悪化といった副作用をもたらしている。とくに中国では、人口増加と高度経済成長にともなう水問題、なかでも水汚染問題の解決は喫緊の課題である。
こうしたなか、中国江蘇省太湖流域における水環境問題解決にむけた取り組みは、地方政府のイニシアチブによる企業環境情報公開や排出権取引制度の導入、住民参加によるコミュニティ円卓会議の実施などが、試行的に進められている。
日本においても琵琶湖や諏訪湖の環境再生の事例にみるように、住民参加を核とした取り組みは積極的に評価できる。
水あるいは流域における環境保全・再生のためには、環境に配慮した総合的な社会経済システムづくりが求められており、流域単位で調整するような総合的あるいは統合的な水資源管理が求められている。
本章では、こうした点に留意しつつ、流域の持続可能性を実現するために、いかなる環境ガバナンスが必要であるかについて、総合的水資源管理および環境政策統合の議論をふまえた上で、日本の事例について考察し、中国江蘇省太湖流域の水環境保全・再生を考えていく上での課題について検討する。
第1節 環境ガバナンスと環境政策統合(Environmental Policy Integration)
第2節 日本の環境問題と地方自治体による環境政策—水環境問題の変遷
第3節 琵琶湖と諏訪湖の経験
おわりに—日本の経験から太湖流域への示唆
開発途上国において近年の人口急増と社会経済の発展は、急速な都市化や工業化の加速にともなう水需要の増大とともに、水汚染や自然環境の悪化といった副作用をもたらしている。とくに中国では、人口増加と高度経済成長にともなう水問題、なかでも水汚染問題の解決は喫緊の課題である。
こうしたなか、中国江蘇省太湖流域における水環境問題解決にむけた取り組みは、地方政府のイニシアチブによる企業環境情報公開や排出権取引制度の導入、住民参加によるコミュニティ円卓会議の実施などが、試行的に進められている。
日本においても琵琶湖や諏訪湖の環境再生の事例にみるように、住民参加を核とした取り組みは積極的に評価できる。
水あるいは流域における環境保全・再生のためには、環境に配慮した総合的な社会経済システムづくりが求められており、流域単位で調整するような総合的あるいは統合的な水資源管理が求められている。
本章では、こうした点に留意しつつ、流域の持続可能性を実現するために、いかなる環境ガバナンスが必要であるかについて、総合的水資源管理および環境政策統合の議論をふまえた上で、日本の事例について考察し、中国江蘇省太湖流域の水環境保全・再生を考えていく上での課題について検討する。