開発途上国の障害者と法 —法的権利の確立の観点から—

調査研究報告書

小林 昌之  編

2009年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
小林 昌之 編『 アジア諸国の障害者法 —法的権利の確立と課題— 』研究双書No.585、2010年発行
です。
序章
はじめに
第1節 背景
第2節 本書の構成
おわりに


本研究会では,開発途上国における障害者の権利確立の現状と課題を明らかにすることを目的に,新しく制定された国連障害者権利条約に照らし,各国の障害者立法の発展およびその運用状況を分析する。具体的には,(1) 障害者立法,(2) 権利救済システム,(3) 訴訟・申立事例などの調査・分析をとおして,権利条約が謳っている非差別,法の下の平等,司法へのアクセスなどの実現可能性について考察する。本年度はその作業として,各国の障害者の現状,障害者立法の動向を調査し,論点となる課題の抽出を行った。本章では研究会の趣旨を説明し,研究の背景,本書の構成,来年度の課題について紹介する。

第1章
第1節 フィリピンの障害者の概況
第2節 障害当事者団体と障害者差別
第3節 まとめ


フィリピンは,1990年代半ばにアジアでも先進的な障害者法を成立させたことで知られている。また障害者リハビリテーションのための政府部局もマルコス政権期の1970年代終わりに作られており,リハビリテーションといった障害の医学モデルの世界から,障害の社会モデルへの接近という意味で少なくとも制度上はアジアでは最も環境としては,整っている地域のように見える。

しかしながら,それにも関わらず,障害者の貧困の問題は,この国でも大きく,障害当事者が抱える就業の問題,法的権利の問題は依然として大きいままである。本章では,こうしたフィリピンの障害者の抱える問題を,政府統計における障害者の状況やアジア経済研究所による障害者調査でまず確認した上で,フィリピン政府における最近の施策の大きな変化である障害者のマグナカルタの修正と障害関係担当部局の改組といった動きについて簡単に触れ,引き続いてろうの障害当事者についてその当事者団体とそこが関わった司法の場における差別と権利保障の事例について紹介する。

その上で行われた取り組みかを明らかにすると共に,まだ残されている課題,特に途上国における障害者の法的権利の確立のために何が必要なのかといったことについての示唆を得る。

第2章
第1節 はじめに
第2節 韓国の障害者関連法制度
第3節 障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律及び同施行例
第4節 「正当な便宜」について
第5節 むすび


2001年,韓国では国家人権委員会が設立され,2007年に,障害者差別禁止及び権利救済に関する法律(障害者差別禁止法)が制定され,その翌年4 月より施行されている。 障害者差別禁止法は障推連というNGOネットワークがその立法を主導し,法の内容にも大きな影響を与えた。法の適用の範囲,合理的配慮たる「正当な便宜」規定,損害賠償額の推定や立証責任の配分,障害差別禁止法の救済機関としての国家人権委員会の役割と実効性など,日本の障害者に関する権利法制度の確立に大きな示唆を与えると考える。

第3章
はじめに
第1節 改正の経緯
第2節 2008年改正法
おわりに


中国は1990年に障害者保障法を施行し,2006年に採択された国連障害者権利条約の議論にあわせて改正作業を進めてきた。その過程では改正草案がパブリック・コメントを求めるために公開され,その結果同法は2008年4月24日に改正された。改正では条約への接近が試みられたが,草案で挙がった多くの意見は採用されなかった。本章では,まず中国障害者連合会がとりまとめていた障害者保障法改正までの議論を紹介し,次にそれらと2008年に改正された同法の内容を比較しながら検討し,中国の障害者立法が向かっている方向を考察する。

第4章
はじめに
第1節 カンボジアにおける障害者の定義及び統計
第2節 カンボジアにおける障害者をめぐる行政的枠組み
第3節 カンボジアにおける障害者の権利にかんする法的枠組み
おわりに:今後の課題


これまでのところ,日本ではカンボジアにおける障害者について法的な観点から焦点を当てた学術論文は存在しない。そこで本稿は,第1に,これまでカンボジアで実施された障害者に関する統計資料を整理し,第2に,カンボジアの各種の開発計画における障害者施策を跡づけてカンボジアにおける障害者問題の輪郭を描き出した。その上で第3に,障害者の権利保護に関する法律の立法動向をめぐって起草課程,規定内容およびそれらへの批判を現地調査によって収集した資料をもとに分析した。

第5章
はじめに
第1節 1997年憲法における障害者の権利
第2節 2007年憲法の起草手続について
第3節 2007年憲法における障害者に関する規定とその起草過程
むすびにかえて


タイにおいては,2006年に発生したクーデターにより,1997年憲法が廃止され,2007年に新憲法が発布された。新憲法である2007年憲法においては,1997年憲法と比較しても,障害者に関する規定がより充実したものとなった。それは,憲法起草者によってもたらされたのではなく,障害者自身が活動し,条文修正を働きかけることによって実現した。

障害者自らが憲法の起草過程に積極的に関与し,活動した成果であり,新憲法の起草過程および基本理念として重視されている「国民参加」をまさに体現した活動をしている。

第6章
第1節 はじめに
第2節 障害者法制の発展
第3節 関連実施機関
第4節 実際の事例と今後の課題


憲法の権利章典規定を筆頭にフィリピンでは1950年代から障害者の人権保障に関する法整備が進められてきた。現行の主な障害法制には1982年のアクセシビリティ法,1989年のホワイトケイン,1995年の障害者大憲章などがある。フィリピン政府は人権委員会,社会福祉開発省,障害者福祉国家委員会などの主務担当機関を通して障害者の法的権利の確立および人権保障に努めてきた。ただし,実際の最高裁判所などにおける判例などをひもとくと,具体的な申立事例の数は多くないのが実情である。

資料 (30KB)
第7章
第1節 はじめに
第2節 2008 年法の背景と課題
第3節 2008 年法の「障害者」の定義
第4節 むすびに


本稿は,現地調査や先行文献等を踏まえて,マレーシアの「2008年障害者法」の概要と課題を検討するものである。本稿では,同法のなかでも,障害者法一般にとって最も重要な論点のひとつである「障害者の定義」に着目する。同法は,2006年に国連総会で採択された障害者権利条約の影響を大きく受けている。同法の「障害者の定義」は,同条約の「障害者の概念」とほぼ同じ内容である。前者は「定義」を定め,後者は「概念」を定めるという違いはあるが,いずれも「障害の社会モデル」を反映している。同法に定める「障害者の定義」をめぐる今後の課題とは,同法によって「利益」を得られる者の範囲をできる限り広く画定する解釈論・運用論を探ることである。

第8章
はじめに
第1節 インドにおける障害者の状況
第2節 インドにおける障害者をめぐる法制度
第3節 1995年インド障害者法
おわりに:今後の課題


インドで障害者の権利を保障する法律のうちもっとも重要なのが,1995年に制定された1995年インド障害者(機会均等,権利保護及び完全参加)法である。この法律は「アジア太平洋地域の障害者の完全参加と平等に関する宣言」に署名したことを契機に制定されたもので,中央調整委員会等の設置,教育の推進,雇用の確保,差別の禁止,又は障害担当チーフ・コミッショナーの設置等について規定している。本稿ではその規定について概観し,また,問題点について概要を紹介した上で,今後同法について検討するに当たっての課題を示した。