開発途上国と財政問題

調査研究報告書

柏原 千英  編

2008年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
柏原 千英 編『 開発途上国と財政—歳入出、債務、ガバナンスにおける諸課題— 』研究双書No.583、2010年発行
です。
序章
第一部: 財務行政サイクル上の課題
第1章
収入面から見る途上国の財政 (530KB) / 鈴木有理佳
政府収入の基軸は租税である。ただし途上国は様々な事情で徴税が容易ではなく、税制改革が順調に進まない場合もある。またそのために、租税以外の収入源に依存せざるを得ない。短期的にはそれで良いとしても、中長期的には問題となろう。公共財政管理においても、財政の収入面について監視しかつ「管理」するという手法は必ずしも確立していないようである。

第2章
効率的な財政運営やマクロ経済安定化をなどに関わる経済政策の一環として、多くの開発途上国で地方分権化が重要な政策課題となっている。そこでは、国と地方の関係だけではなく、複数の地方自治体間の予算配分に関係するような問題も多い。政治的に歪められた意思決定により公共投資予算が効率的に配分されず、国全体で見た場合にあまり生産性の向上が見込めないような場所で無駄な投資がおこなわれるようなケースや、財源獲得を目的としておこなわれる圧力団体による政治的ロビー活動や企業献金などによって、貴重な経済資源が浪費されるようなケースは少なくないはずである。

開発途上国における公共投資の地方分権化および予算獲得競争に関する研究の最初のステップとして、2007年度、簡単な理論モデルを開発した。本稿は、その概略を紹介するものであった。まず、各地方自治体によるロビー活動を明示的にモデルに組み込み、国から地方への公共投資予算の配分や自治体間の予算獲得競争にともなって支出される献金の所得に占める割合などの変化が、各経済変数の成長経路にどのような動学的影響を与えるのか分析した。次に、中央政府・地方自治体間の最適予算配分および最適な献金支出の割合について、それぞれ長期的な経済成長率および社会的厚生の水準という異なる視点から比較評価することを試みた。そこでは、社会的厚生水準を最大化するような中央・地方間の予算配分は、経済成長率を最大化する予算配分よりも中央寄りであること、一定の条件(法人税率が賃金所得税率よりも低く売上げ税率が低い水準にあること)下で、長期的な経済成長率を最大化するような献金支出の最適割合が存在し、その場合には最適な地方自治体数なども導出可能であること、そして、上記の条件下でより少ない数のエリートがより多くの資産を保有するような場合には、社会的厚生水準を最大化するような献金の支出割合は、経済成長率を最大化する支出割合よりも低い水準になることなどを発見した。

次のステップとして、上記の理論モデルが前提とする仮定の妥当性や開発途上国特有の問題の有無を考察するための調査を複数もしくは特定の国を対象として行うことを考えている。その一方で、上記理論モデルが政策立案関係者の金権体質や癒着体質を前提とした枠組みの中で経済成長を考察することに適したものであることが、本稿執筆後に明らかになってきた。合法・非合法を問わず、政策形成に関与できる者に対する資金提供には、何らかの便宜供与が期待されていてしかるべきである。競争や利害対立が存在するような状況下では、金権政治や政官財(場合によっては暴までを含む)の癒着は程度の差こそあれ必ず存在し、それらが完全に消え去ることは期待しにくい。そして、そのような政策立案関係者の金権体質や癒着体質を前提とし、その枠組みの中で経済成長率や厚生水準の最大化を考察できるような理論モデルは、これまでにそれほど多くは開発されてきてはいない。

以上のような理由から、研究の方向性と位置付けを多少なりとも変更することとし、現在、理論モデルの修正および拡張作業を行っている。今後、本研究の内容が大きく変更される可能性が高いため、本稿のオンラインでの公表はしばらく見合わせることとした。公表された著作物からの引用が著作権法第32条により認められており、最終成果を正式に発表するまでの短い期間とはいえ、誰でもアクセスできるような状況下で未完成なアイディアに対する批判や流用などが100%ないとは言い切れないからである。

第3章
今日、中国やベトナムといったアジアの社会主義国では、経済の市場経済化が進む中、政府は税制改革や地方分権政策などの財政改革を実施することで経済のグローバル化や成長を後押ししようとしている。こうした移行経済国での経済改革や財政改革はまだまだ多くの課題を残してはいるものの、着実に生産力増強や経済競争力の向上につながっており、今日では両国の経済活動はアジア経済の屋台骨を支える水準にまでに達している。本章では、移行経済の財政の事例としてベトナム財政を取り上げ、そこでの中央・地方予算の歳入確保をめぐっていかなる歳入改革や地方分権政策が行われているのかを検討する。

第4章
1997年末に起きた経済危機以降のおよそ10 年間を対象に、韓国の財政管理にどのような特徴があったのかを調べる。経済危機以降、韓国の財政管理の特徴として、以下の三点が明らかになる。まず、民間部分への公的資金投入や構造調整の誘導政策によって経済危機は乗り越えたものの、経済開発費の相対的な減少とともに、福祉などの社会開発費支出の急な増大に伴い、低い経済成長の結果となったことである。次に、地方税・受益者負担と地方公共サービスとをリンクした地方財政の実現よりは、主に国からの財政移転の増大によって、地方財政を拡充したことである。最後に、地域間の財政の配分においては、ソウル特別市や京畿道地域へ集中が一層進んだことである。

第5章
エジプトの財政状況 (562KB) / 土屋一樹
本稿では、最近5カ年のエジプトの財政状況を整理した。近年、エジプトの財政収入は増加傾向にあるが、それは外生要因による税収増加によるものであった。すなわち、国際的な石油価格上昇によって、石油部門およびスエズ運河関連の税収が大きく増加したのである。一方、財政支出では、労働者報酬、利子支払い、補助金の3 つが主要な支出項目として顕著となり、その結果、政府投資の規模は減少している。主要支出のなかでは補助金制度が改革の対象となっているが、それは補助金制度が所得再分配手段として機能していないためである。

第二部: 財政と中長期的課題としての公的債務管理
第6章
本稿では公的債務管理をめぐる先行研究をレビューし、2001年にIMFと世界銀行が発表した『公的債務管理のガイドライン』の内容を開発途上国の視点から検討することを目的としている。

公的債務管理に関する学術的視点からの議論は、当初、金融政策との関係に着目していた。1970年代になると、政府の資金調達において債券発行と課税のいずれを選択しても資源配分には影響を与えないとする考え方(公債の中立命題)が唱えられ、債務管理よりも租税問題に議論の中心が移った。1980年代にニュー・パブリック・マネジメントの考え方が主張されるようになると、公的債務管理にもリスク管理が重要との意識が高まった。

このような議論が高まるなかで、2001年にIMF・世界銀行は『公的債務管理のガイドライン』を発表した。ガイドラインの論点は極めて妥当であるが、開発途上国の立場からは実行可能性において2つの問題があると考えられる。第1に、ガイドラインでは金融市場が機能していることが前提に置かれている点である。第2に公的部門の会計処理が民間企業並みに行われることが要求されている点である。『ガイドライン』は先進国では問題なく実行可能なものであっても、開発途上国にとってはクリアしなければならない課題がある。

第7章
本稿の目的は、財政管理と公的部門債務との関係を、フィリピンにおける国営企業の債務超過問題とその合理化の過程を事例として検討することにある。1980年代以降、政府の債務増加や国有・国営企業の経営不振を原因とする偶発債務発生の危険性が指摘されており、現在、国家電力会社の合理化と電力産業への民間資本導入を行っている。しかし、前者の成果である資産売却金の国庫納入による一時的な税収外歳入の増加や、対ドル為替相場の増価がもたらす対外債務のペソ建て額の減少を背景として、任期約2年を残す大統領の政治的要請や投資家の信認向上が、政府内に偶発債務問題を含む中長期的な財政管理体制を構築する喫緊性に優先している状況にある。

第三部: 関連する政策と財政への影響
第8章
ジェンダー予算とジェンダー関連指標の実施や利用には、財政学や公共経済学の基礎が不可欠である。特に財政学で言及されてきた「水平的平等」、「垂直的平等」、「便益の公正」あるいは「負担の公正」などの概念は、「ジェンダー平等」の次元を何に求めるのか、という問題にも有益な視点を提供している。ジェンダー予算とジェンダー関連指標の範囲は市場経済、非市場経済の両方に及ぶ必要がある。

第9章
本研究では、通貨発行権を独占することによって派生する政府収入、通貨発行益(シニョリッジ)について、世界各国のデータに基づいて分析を行う。通貨発行益を巡る従来の研究では、もっぱらインフレーションに伴う通貨発行益(インフレ税とも呼ばれる)に関心が集中してきた。この観点からは、インフレという害悪と財政収入の便益が対比されることになる。しかし、通貨発行益の内訳を見ると、経済成長に伴う通貨発行による収入も存在する。本稿ではまず、通貨発行益を実質GDP 比率で表示する方法について論じ、同様にその内訳(経済成長に伴う部分とインフレ税の部分)に関しても実質GDP 比率で表示するための簡便な方法を示す。次に、上述の方法を用いて1953年から2006年に渡る170カ国の利用可能なデータを用いて、通貨発行益とその内訳についてのデータ分析を行う(延べのサンプル数は約5,500程度となった)。その結果、通貨発行益が高い場合でも、必ずしも高インフレ国という訳ではないことが分かった。つまり、通貨発行益の大小とインフレ税の比率は相関しておらず、インフレか通貨発行益かという二者択一は、国際比較では観察できなかった。この結果を踏まえて、次年度の研究では時系列に沿ったデータ分析や特徴的な国について、より立ち入った分析などに取り組む予定である。

第10章
アルゼンチン(2001~2002 年)とエクアドル(1999 年)では、持続的な財政赤字の後に、公的債務不履行という財政危機と為替レートの大幅な減価である通貨危機が同時期に発生した。これらの現象を理解する手掛かりとなるSargent and Wallace [1981]とKrugman [1979]のモデルを紹介し、1994 年から2004 年に至るアルゼンチンとエクアドルにおける公的債務をめぐる経済状況と公的債務不履行・通貨危機を、両モデルに即して概観する。