変容するベトナム経済と経済主体

調査研究報告書

坂田 正三  編

2008年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
坂田 正三 編『 変容するベトナムの経済主体 』研究双書No.579、2009年発行
です。
序章
本稿の目的は、ベトナムの経済主体の経営戦略を研究する背景となる、ベトナムの経済構造・企業構造の変化をマクロ統計データから概観することである。2000年の企業法施行開始を機にベトナムの経済主体の数は急増し、それまで国有企業主体であった企業構造が大きく変化した。特に民間企業と非農業個人基礎の成長は著しく、輸出と工業部門の発展に貢献し、雇用にも大きなインパクトを与えている。

第1章
WTO加盟後、ベトナムの国有企業を取り巻く環境は大きく変化している。本論は、ベトナム国有企業が環境変化の中で、どのような対応をしているのかを探ることを目的としている。2000年以後の、(1) 株式化と企業グループに関わる制度変化、(2) 国と企業の関係、企業組織、(3) 国有企業の提携関係について、変化を分析する。WTO加盟によって、証券市場が成長し、大企業グループの株式化にはずみがついが、従来からの課題は残されている。新たな提携関係が、大企業グループの事業多角化と新規参入をうながしていることが明らかとなった。

第2章
ベトナムの金融セクターは、経済成長を受けて、2007年までの数年間、高い成長を続けてきた。そのため、事業成長機会を得る狙いでベトナムの金融セクターに参入しようとする欧米オセアニアの金融機関が増えている。ベトナムのWTO 加盟によって、参入障壁のほとんどが解消されてきたことは外資系金融機関にとっては追い風である。他方、国内系金融機関にとっては、外資系金融機関の参入は、競争が激化する脅威であることから、外資系との提携を含め、自社の存続のための戦略が問われている。本章では、そうした成長経緯および競争激化の現状を概観する。

第3章
本稿の目的は、ベトナムの輸出縫製産業の主要な担い手が、国際経済への統合過程でどのような発展戦略をとろうとしているのかを分析することにある。ベトナム最大の輸出工業部門である縫製産業は、ポストMFA 時代において激化しつつある国際競争環境下でも高成長を遂げているが、その担い手である企業のパフォーマンスは一様ではない。生産性の向上と規模の拡大を遂げた企業がある一方で、生産工程の高度化がなかなか実現せず、競争力の強化が進まなかった企業も存在している。ベトナムの経済全体が著しく成長し、一般賃金水準の上昇とともに他産業部門への就業機会が増えてくると、経営主体としての各縫製企業はいかに優秀な労働力を維持または確保するかという点が重要となる。多くの企業では労働不足と賃金上昇問題に対し、賃金水準の低い郊外への工場移転や拡張を実施もしくは検討していた。しかしながら、生産要素の引き下げによる競争力の強化と維持には限界がある。持続的な発展と更なる高度化を望む場合、生産工程、製品もしくは機能面における高度化を果たしていかなければならない。

第4章
ベトナムの二輪車産業は、輸入代替工業化政策の一環として誘致された外資系企業、および中国製部品の組立を契機として参入した地場企業による市場を巡る競争に牽引され、急成長を遂げてきた。2005年頃から、WTO加盟準備の下での規制緩和の進展や外国投資の増加を背景として、同産業は市場主導の発展という新たな段階に突入しつつある。これに伴い、輸入保護や国産化政策の下で成長を遂げてきた地場組立企業や部品企業にも、環境変化に対応した企業構造の変化が現れてきている。

第5章
果物は基本的には国内向け産品であるものの、2000年以降、貿易自由化の影響を受けて、国際市場とのつながりを強めつつある。同時期の農業政策は生産・流通の効率化や農産品の品質向上を促す方向性にある。こうしたなか、一部の果物産地は、輸出市場の拡大を契機として発展を遂げている。市場機会の拡大を捉えた農家のなかには、経営規模拡大という戦略をとるものもあるが、初期投資コストの上昇により、そうした戦略が必ずしも所得向上に有効ではなくなりつつあるという実態もある。

第6章
本稿はベトナム農村部の工業部門の発展に焦点を当て、その発展を奨励した政策と実態の変化、そして北部農村部に典型的な農村工業化のパターンである「工芸村」形成の状況を既存研究からまとめた。また、工業化が進展した工芸村の典型例である「リサイクル村」における聞き取り調査結果を元に、工芸村発展の要因として村内部の経済主体間の分業・連関構造の存在があることを示した。

第7章
本稿における基本的な考察対象は「障害者のための生産・経営基礎」、「障害者のための職業教育基礎」である。2000年の米越通商協定を経て、2007年1月には世界貿易機関(WTO)に加盟し国際経済参入がさらに本格化する中で、様々な産業で輸入増大などによる国内産業への影響が心配されている。2007年に実施した現地調査結果によれば、これらの基礎は零細なものが多いが、WTO加盟の影響については未だないとする基礎がほとんどであった。しかし、多くの経営者は経済的生き残りを図るため、新たな投資による事業強化を考えている。また、障害を持つ労働者たちも技術の進歩など、適応を求められている。他方、国により定められた優遇制度は十全に機能しておらず、資金調達には限界がある。