障害者の貧困削減: 開発途上国の障害者の生計 中間報告

調査研究報告書

森 壮也  編

2008年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
森 壮也 編『 途上国障害者の貧困削減 かれらはどう生計を営んでいるのか 』岩波書店、2010年11月発行
です。
まえがき (322KB)
第I部 総論 開発途上国の障害統計と生計
第1章
第1節 はじめに
第2節 障害の定義
 1. 社会モデルをめぐって
 2. 米国における障害者調査
 3. 障害者調査のデザイン
第3節 開発途上国と障害統計
 1. データを作成する側
 2. データを提供する側
 3. 統計調査員の資質と当事者の参加
 4. 障害の国際比較
 5. ワシントングループ
 6. 障害概念と途上国
 7. 世界銀行
第4節 フィリピンにおける障害者調査
 1. フィリピンの障害者調査の背景
 2. 過去の調査主体と結果
第5節 まとめ
参考文献


国連における障害者の権利条約により,日本も世界の貧困削減のため,開発途上国の障害者の支援に関わることは必定となりつつある。一方,その支援のための前提となる障害者の実態については,各国の障害者統計の不備また分析の不足により未だ実効ある支援の実施を可能にするデータは得られていないのが実情である。開発途上国の障害者の生計について,各国の実情を把握していくためにどのような課題があるのかについて,障害者の生計についての統計調査の先例とそれらについての研究や途上国での障害者調査について国際比較の問題などを中心に先行研究や事例をサーベイした。最後にフィリピンの障害者調査について,研究会で行う同国での障害者調査のため,過去にどのような調査があり,どのような問題点があったのかについてまとめた。

第2章
第1節 はじめに
第2節 障害の社会モデルが抱えた課題
第3節 生態人類学とその調査法
第4節 生態人類学的アプローチの活用
 1. 長所1:重要要因の抽出
 2. 長所2:量的な把握
 3. 長所3:想定外の事態への対処
第5節 生態人類学と「障害の社会モデル」の接近
第6節 おわりに:複数の調査法の共同作業
謝辞
参考文献


開発途上国の障害をもつ人びとの生計の実態を明らかにするとともに、その人間開発のプロセスに障壁をもたらす社会的要因の除去と、利用可能な資源の開発を提言するためには、現地調査にもとづいた実証的研究が必要である。ただし、障害の要因を社会環境に求めようとする「障害の社会モデル」を前提とした調査を立案、実行しようとする場合、個人や集団の生活と生計に障壁をもたらすと考えられる要因があまりに多岐にわたりすぎるため、質問紙の調査項目の数がかぎりなく増加していくなどの問題を抱えこむこととなる。本論では、これまで障害の分野とは関わりが薄かった生態人類学(人間と自然環境・資源との関わりを明らかにする人類学の一分野)の概要を紹介しつつ、この分野が「障害と開発」研究と多くの共通点をもつことを指摘する。そして、「障害の社会モデル」が視野に入れようとする多様な社会的要因を、調査対象者の生活様態に即した形で効率よく分析するにあたり、生態人類学の調査法が有効な手段となりうることを示す。途上国の障害者の生計研究において生態人類学的アプローチがなしうる寄与と課題をまとめ、各種の調査法の長所を活用する効果的な組み合わせ方に関しても検討する。

第3章
第1節 はじめに
第2節 福祉国家論と障害者の生計保障
 1. 社会政策の構成要素
 2. 「福祉国家レジーム」という考え方
 3. 障害者の生計保障の国際比較上の諸問題
第3節 分析枠組み
 1. 社会保障支出の要因分解
 2. 社会保障データベースの現状
 3. アジア諸国の制度枠組みの国際比較
第4節 むすび
参考文献


障害者の生計保障システムの形成に関わる政治経済学的メカニズムを「福祉国家レジーム」の枠組みを使って考察してみたい。この中では「脱商品化」と「社会階層化」という福祉国家論の概念が「開発と障害」という問題の中で重要な示唆を与えることが示される。

第II部 各論 開発途上国各国の障害統計と障害者生計の実態 
第4章
第1節 はじめに
第2節 第1次全国障害者調査(1987年)
 1. 目的
 2. 実施体制
 3. 実施方法
 4. 障害基準
 5. 主要指数
 6. その他の指標
 7. 小括
第3節 第2次全国障害者調査(2006年)
 1. 目的
 2. 実施体制
 3. 実施方法
 4. 障害基準
 5. 主要指数
 6. 社会経済指標
 7. その他の指標
 8. 小括
第4節 おわりに
参考文献


中国は1987年と2006年の2度にわたり障害者に関する全国的なサンプル調査を実施している。その結果,障害者人口は,1987年の調査時で5164万人(人口の4.90%),2006年の調査時で8296万人(同6.34%)であることが判明した。人数増の大きな要因の一つは人口の高齢化であるとされ,都市農村の居住割合,就業以外の収入などを考察する際に留意が必要となっている。2006年の調査では,障害者と非障害者,都市部と農村部,男女間に差があることを明らかにしており,研究課題である障害者の生計と法で検討すべき論点が示されている。本章では,2回の全国障害者サンプル調査の目的,実施体制,実施方法,障害基準および調査結果の主要指標をそれぞれ概観し,次に両調査の主要指数の変化を考察し,最後に障害者の生計にかかわる数値および今後の課題について検討する。

第5章
第1節 はじめに
第2節 フィリピンの障害者政策
第3節 調査の目的・方法
第4節 得られた含意
 1. 障害者の生計について
 2. 障害者のキャパシティの発揮について
第5節 本調査の展望:課題設定
参考文献


フィリピンでは「障害者のマグナカルタ」に代表される障害者法制が進められた国である。しかし制定された法・制度が国民全体に十分浸透するには至っていない。グローバリゼーションと、それに伴うアウトソーシング産業の増加によって、マニラ首都圏では障害者の雇用機会の多様化の兆しが見られる一方、ミンダナオ島に代表される地方では、教育・訓練施設や障害者自助団体の欠如から、障害者の雇用どころか、生活上のエンパワメントも覚束ない状況である。

第6章
第1節 はじめに
第2節 ベトナムの障害者統計
 1. 障害者統計の概要
 2. 統計収集の方法
 3. 障害者支援制度
第3節 障害の社会モデルについて
 1. 個人モデル(医学モデル)と社会モデル
 2. ベトナムの障害者生計調査への社会モデル導入に際して
第4節 ベトナムにおける障害者生計調査に対する障害の社会
モデル導入の試み
 1. 事例を通して
 2. 事例の分析
第5節 おわりに
付記
参考文献


本稿ではベトナムにおける既存の障害者統計、統計収集の方法について検討した後、ベトナムにおける障害者生計調査に障害の社会モデルを取り入れる時に留意すべき点について考察した。

今回の取り組みを通して、障害の社会モデルをベトナムの障害者生計調査に取り込む際に認識しておくべき点として、ベトナムにおいては当該障害者がimpairmentを負った原因によりdisabilityの度合いに差異が生じている可能性や、ベトナムの人々の医学的治癒への期待の大きさがあることが分かった。また、障害の社会モデルには潜在的に「規範性」があると思われるが、調査結果の分析・検討の際には現地状況の総合的理解、文脈に基づいた分析・検討を心がける必要があると考えられる。

第7章
インドネシアの障害者統計 (365KB) / 東方孝之
第1節 はじめに
第2節 インドネシアの障害者データ
第3節 障害者の現状把握
 1. 先行研究:Susenasから見えてくる障害者の全体像
 2. Podesデータ
 3. 社会省の現金受給者データ
 4. ある農村の障害者:聞き取り調査から
第4節 おわりに:今後の課題
参考文献


インドネシアの障害者統計としてもっとも重要なものは統計庁(BPS)により実施されている社会経済調査(Susenas)である。Susenas は毎年実施されているが、障害者については3年おきに一巡するModule 部分でのみ質問項目がたてられており、直近では2000年、2003年、2006年に調査が実施されている。なお、2000年Susenas 調査結果によれば、インドネシアの障害者比率は0.8%となっている。その他の障害者データとしては、BPSにより定期的に実施されている村落潜在力調査(Podes)などがある。また、社会省が2006年からパイロット・プロジェクトとして(高齢者と)重度障害者に対して現金給付策を実施しているが、その受給者についての調査結果も重要な資料である。今後の大きな課題は、質問項目を国際生活機能分類(ICF)にあわせて作成した2006年Susenas データを使っての分析である。

第8章
タイの障害者統計調査 (313KB) / 福田暁子
第1節 はじめに
第2節 タイの障害者統計調査
 1. 障害者統計調査の背景
 2. 定期的に行われている障害者統計調査の概要
 3. 政府統計局による障害者に関する統計調査
 4. 障害者統計のデータ収集における問題点について
 5. ケース・スタディから見るタイの障害者の実態
第3節 おわりに
参考文献


タイの障害者統計調査は統計結果を利用する主体によって調査内容も方法も異なり、分散している。グローバリゼーションの流れの中、社会福祉サービスへのニーズの高まりとともに障害に焦点をあてた集約した障害者統計調査が行われはじめたのは2002年からである。2007年にはさらに障害の定義を定め、それ以前より詳細な障害者統計調査がなされた。障害の概念については、障害とは環境との関係性の中で発生するという社会モデルを意識して計画されたものの、実際の調査段階では障害を「心身機能の喪失」と捉える医療モデルにとどまっている。タイの障害者政策は2007年に大きな転換期を迎えたといえる。障害者に関する包括的な法律も大幅に改正され、障害者の社会参加を促すものとなったといえる。しかし、政府が定める障害者政策によって障害者の生活は保障されているように一見思えるが、実地調査を通して必ずしも社会サービスが必要な状態にある障害者に適切に対応できていないことが分かった。

第9章
第1節 はじめに
第2節 調査方法
 1. 調査の概念的枠組み
 2. 調査方法
第3節 マレーシアの生計と障害分野の概要
 1. 統計
 2. 法・政策・行政制度
 3. 障害者福祉行政の状況
 4. 障害者の所得的貧困をめぐる状況
 5. 障害者の雇用をめぐる状況
第4節 障害者の生計
 1. 生計資本資産
 2. 脆弱性
 3. 構造とプロセスの変容:制度、組織、政策
 4. 生計戦略
第5節 障害当事者団体の状況
 1. 障害当事者団体
 2. 新しい動き:政策提言と権利擁護、そして当事者性の重視
 3. 課題
第6節 まとめ
参考文献


生計とは単なる所得のことではない。本稿では包括的かつ持続的な枠組みである「持続的生計アプローチ」の視点からマレーシアにおける障害者の生計状況を検討した。

障害者の場合、生計資産、特に人的資本資産での制限が前提にある。その上で脆弱性要因に対する影響を非障害者より強く受けることになる。また、途上国においては障害者支援に関する政策の遅れも構造・プロセスの要因として大きく影響する。結果として障害者の生計戦略の幅は非常に限られ、またその持続性も危険にさらされている。マレーシアにおいてもその状況は変わらない。

障害者の生計の支援とは、狭義の所得保障や就労支援を超えて、持続的生計アプローチの枠組みが示唆する包括的な要因に対して、持続性のある取り組みが求められる。それは、障害者に対するEmpowerment と社会・環境に対するEnablement の両者の取り組みを示唆している。