アフガニスタンの対周辺国関係 —ターリバーン敗走から4年間の変容—

調査研究報告書

鈴木 均  編

2006年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
鈴木 均 編『 アフガニスタンと周辺国—6年間の経験と復興への展望— 』アジ研選書No.11、2008年発行
です。
まえがき (9KB)
第1章
アフガニスタンをめぐる国際関係は、同国の成立以来のパシュトゥーン部族国家としての特質と深く関わっている。また英露の緩衝国家として出発した経緯が現在でも同国の国民統合を規定している側面は無視できない。本論ではアフガニスタンの南方、西方および北方の国境線をめぐる経緯と現状を順に検討することによって同国の対周辺国関係を概観し、アフガニスタンの対周辺国関係がもっている歴史的規定性と9・11 以降の新しい要素について全体的な見通しを得ることを目指したい。

第2章
9.11事件以降のアフガニスタンに隣接する中央アジア・南アジアを巡り米中露間の関与に大きな変化が見られる。特に旧ソ連構成国の「民主化」への米国の関与が強まるなか、ロシアは再度中央アジアへの巻き返しを意図し、中国は上海協力機構を通じて中央アジアへの影響力拡大に努力を重ねている。米国は中央アジアを南アジア圏に引きつける戦略を取り始めており、アフガニスタンの動向はこれら一連の動きに影響を受けつつある。

第3章
アフガニスタン経済は人道援助の段階から、復興協力に移りつつある。同国政府は日本、米国など国際社会の支援を得て、開発計画に乗り出している。同国経済では雇用と産業開発が国際支援の課題である。雇用機会を創出する中小企業育成や工業団地の開発は産業政策の目玉である。また、陸封国であるアフガニスタンの地政学的特徴を最大限生かす方向で隣接国との交易ルート構築や政治経済関係の緊密化が進んでいる。

第4章
本章では、パキスタン建国後のアフガニスタン・パキスタン関係を見るとともに両国関係の根底にある主要な事象を検討する。とくにソ連のアフガニスタン軍事侵攻(1979年)、ターリバーン軍団の出現(1994年)、アメリカにおける同時多発テロ事件(2001年9月)に起因するターリバーン政権崩壊(同年11月)との絡みでアフガニスタン・パキスタン関係の重要な側面について考えてみたいと思う。

第5章
アフガニスタンの国家再建と統合への努力は、約4年前のボン合意に基づく政治プロセスがほぼ完了して新たな段階に入っている。今後の重要な課題の中に、治安の維持と隣接国との関係強化が含まれている。パキスタンとの関係改善にとって、同国側からの反政府勢力による越境攻撃が、両国関係改善への足枷になっている。その裏には、ターリバーン政権崩壊後に健在化したパキスタンの「ターリバーン化」が存在している。さらに、歴史的な国境問題も控えている。両国関係改善は、一朝一夕に実現しそうな状況にない。

第6章
本章では、アフガニスタン復興が中央アジア諸国に与えつつある影響を、主に経済的な側面に注目して検討する。CIS 内の最貧国の一つであったタジキスタンが、ロシアとの協力でアフガニスタンに電力供給を始める一方、トルクメニスタンからの天然ガスパイプライン計画は、再浮上して注目をあびつつも新たな問題にぶつかっている。大きな収入源となってきた米軍の駐留に対する足なみが、ロシアや中国の思惑もからんで、政治的、経済的な要因から乱れてきていることも興味深い。

第7章
革命からの四半世紀の外交政策上の優先事項を考察すると、隣国アフガニスタンで発生した諸事象とその対処は、イラク問題と同様に、イランの対外政策に大きな影響を及ぼしてきた要素である。イランは、アフガニスタン問題を含むこのような国家的危機や安全保障上の脅威に取り組み過程で、当初のスローガン外交から離れ、現実的な国益の計算に基づく外交に転換した一方、国際社会における相応の取り扱いを求め始めている。

第8章
モハンマドザーイー朝の創始者ドースト・モハンマド・ハーン( 在位;1826-1839、1843-1863)の生涯についてはいくつかの不明な点があり、明らかにされなければならない問題が少なくない。ドースト・モハンマド・ハーンは今日のアフガニスタンに当たる地域を支配下に入れて単一の中央政権を築き上げた最初の人物である。彼が近代アフガニスタン国家の基礎を築き、子孫たちがそれを進展させていったということができよう。小論では現地語資料を中心に彼の生涯をたどっていき、彼がなぜカーブルを奪取してアフガニスタンの支配者にまでなり得たのかを明らかにしていくことにしたい。

資料集
3.関係地図 (723KB)