レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.236 パプアニューギニアの持続的発展と鉱物資源開発
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- パプアニューギニアでは資源開発利益の分配方法を見直す動きがある。
- 資源開発利益を将来の世代に裨益できる仕組み作りが課題である。
パプアニューギニア(PNG)は面積46万1693平方キロメートル(日本の約1.25倍)、人口約1178万人(2021年、PNG統計局)で、太平洋島嶼国のなかで別格の存在である。800以上の言語が存在し、部族やクラン間の対立がしばしば深刻化することで知られる。他方、PNGは資源輸出国という別の顔を持つ。特に金、銅、石油、天然ガスなどの鉱物資源に恵まれ、その開発・輸出が近年の成長の原動力となっている。液化天然ガス(LNG)の日本、中国、台湾への輸出が2016年に始まり、日本のエネルギー政策からもPNGは重要な存在である。
一般に資源輸出国では資源開発の利権をめぐる国内対立が生じることが多い。いわゆる「資源の呪い」である。PNGも、パングナ銅山を擁するブーゲンヴィル島と中央政府との長期の武力紛争を経験した。1998年の停戦を経て、2000年に和平合意が成立したが、分離独立を求める運動は続き、2019年の住民投票では独立派が勝利し、政治的な争点となっている。以下では、ポルゲラ鉱山の利益分配方式の見直し問題を検討し、PNGの持続可能な発展と鉱物資源開発について考える。
資源開発利益の分配方式の確立
PNGでは資源開発をめぐる紛争・対立の経験から、資源開発利益の配分方法と「開発フォーラム」と呼ばれる交渉メカニズムの基本的な枠組みが1990年代に制度化された。その後の資源開発事業においても参照されてきた。
開発の障害になると従来考えられたのがPNGや他の太平洋島嶼国にみられる慣習地の存在であった。慣習地は部外者への移譲等ができないとされるからである。PNGでも国土のほとんどは部族・クランに属する慣習地であり、そのため、植民地期から慣習地改革が模索されたが大きな成果を得なかった、そこで編み出されたのが、慣習地とそこから得られる利益の管理を担う法人制度の創設であった。これにより慣習地のままで資源開発が進められるようになった。実際の開発プロジェクトでは地権者などの確定のため、人類学者を含む専門家によるサーベイが行われる。
資源開発の利益分配の主要な項目は、金など鉱物資源の生産量に応じたロイヤリティ収入、鉱山開発を合弁で実施する事業会社の株式・持分保有である。外資企業、PNG中央政府、州政府、現地の慣習的土地所有者の法人が株式・持分を保有する。このほかに鉱山会社は、土地の利用について土地所有者に対する補償(鉱山や関連施設のほか、現地への道路やパイプラインが通過する土地など)、学校や現地での関連事業を提供することで現地への利益の還元を図る。また、税控除を認めることと引き換えに、事業会社が現地での道路などインフラ整備も行う。具体的な配分は鉱山によって異なる。
ポルゲラ鉱山の操業停止からの教訓
今後の同国の鉱物資源開発の行方を見るうえで試金石となるのは、エンガ州のポルゲラ鉱山(Porgera Mine)の操業停止問題である。金などを産出するポルゲラ鉱山は1990年後半に操業を開始し、上述の利益分配方式に従い、PNG側にも多くの利益を与えてきた。
しかしながら、政府は、操業に必要な特別許可を更新せず、同鉱山は2020年に操業を停止した。PNG側は、利益分配の比率の引上げを意図したものであった。その再開に向けた利害関係者間の交渉が続けられてきた。
親会社のバリック(Barrick)社(本社カナダ)は、同社が委託した独立系民間シンクタンクINAの報告書に基づき、ポルゲラ鉱山がPNG経済に大きく貢献してきたことを主張した。図1は、同報告書で示されたPNG側への経済効果の一部を示したものである(名目値。キナ)。たとえば、停止前の同鉱山からのロイヤリティ収入は20億円(5666万1063キナ。1キナ=38.6円)であった。
図1 ポルゲラ鉱山からのロイヤリティ収入等
2022年4月にバリック社とPNG政府との合意が成立し、事業会社のポルゲラ合弁会社のバリック社側が49%、PNG側が51%を保有することとなった。PNG側は鉱山開発の利益分配の見直しに成功したのである。しかしながら、操業停止により、本来、事業会社だけでなく、州政府や現地コミュニティが得るべき利益が失われたことに加え、操業停止期間も鉱山施設の維持等の経費が必要とされた。双方にとってコストの高い交渉であったと言えよう。その後関連協定の締結が行われ、2024年の早い時期に操業が再開できると期待されたが、再開に至らなかった。現地の治安悪化が深刻化したからである。
ポルゲラ鉱山のあるエンガ州はもともと部族間対立が激しい地域として知られるが、鉱山の操業停止によって利権をめぐる対立が深まったほか、他州からの住民の移住が進むなどの問題が発生した。また、2024年5月にエンガ州で発生した地すべり災害では同鉱山は直接の影響を受けなかったが、同地域の情勢に影響を与えた。政府は、利益分配方法の再交渉に成功したものの、同鉱山は治安問題の解決が操業再開の課題となっている。
利益分配の再交渉は、経済成長を背景にPNGが国家としての自信をつけてきたことの現れでもある。1975年に独立したPNGは、2025年に独立50周年を迎える。自治領時代の1968年から政権を担い、建国の父とされる初代首相のマイケル・ソマレが2021年に84歳で死去したことは、政治家の世代交代を印象づける。ソマレ首相は、2011年に政変で失脚するまで断続的に3期通算16年間在職し、また、ブーゲンヴィル問題の解決に奔走した。他方、2019年就任のマラペ現首相はPNGを豊かな国にすると宣言する。再交渉がそのアジェンダの一つと位置付けられたとみられる。なお、再交渉は同首相が財務相であった2017年に始まった。
かつてPNG政府は、産出量の低下で外国企業が撤退の意向を示したオクテディ鉱山について、政府が持分を増やす形で開発会社の実質的な国有化に成功したことがある。しかし、現に操業中のボルゲラ鉱山の交渉は異なる展開となった。
今後の課題
鉱物資源開発は大きな利益をPNG政府や地方住民に与えている。鉱物資源開発の利益は、政府だけでなく、事業会社を通じて、現地コミュニティに還元され、学校、現地の新たな事業、インフラ整備の財源となっている。しかしながら、地元に還元された利益が等しく住民に行き渡っているとは言いがたい。また、鉱物資源に恵まれた地域とそうでない地域との格差もある。さらに留意すべきは、鉱山には寿命があり、産出量が減り、やがて閉山する時が来ることである。将来の世代に開発利益を残すための工夫も必要である。
新たな産業育成、雇用創出、人材育成等を通じて、持続可能な発展を達成するため、資源開発から得られた利益を有効に活用していくことの重要性は誰の目にも明らかである。しかしながら、これはガバナンスの改善なしには実現することは難しい。たとえば、JICAがPNGにおいて進める「資源収入管理能力向上プロジェクト」は資金管理・利用の改善を狙ったものである。鉱物資源開発の利益がより適正に利用されるような仕組みづくりが進むことを期待したい。
(いまいずみ しんや/新領域研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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