レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.227 タイにおける持続可能な都市システム実現への模索

2025年3月11日発行

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  • タイは、2021年から低炭素社会の推進を明言し、2030年までに温室効果ガス排出をBAU1で3割削減し、2050年にカーボンニュートラルを達成する目標を掲げている。その一環として推進された「スマートシティ開発」では、いくつかの地方都市が持続可能な都市システムへの移行を模索し、国際的支援をえてモデル事業に着手している。
  • しかしながら、開発の実施過程で数々の課題に直面し、タイ政府が目指す環境にやさしい都市システム実現の先行きは、まだ不透明である。

タイは、2021年国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)において、「2050年までのカーボンニュートラル」と「2065年までの温室効果ガス(GHG)排出ネットゼロ」をめざす野心的な目標を掲げ、同年10月19日に「タイの長期低排出発展戦略(Long-Term Low Emission Development Strategy)」を閣議で承認した。この国際公約を果たすため、政府は気候変動法の制定、新たな国家エネルギー計画の策定にとりかかり、再生可能エネルギー拡大などの施策を進めている。

こうした低炭素社会を実現する流れのひとつに、産業高度化をめざす「タイランド4.0」計画で登場した「スマートシティ開発」がある。「スマートシティ開発」は、GHGの7割が都市で排出されることを前提に、情報通信技術を用いて、環境保全と都市住民の快適な生活の両立を目ざすところに、その要点がある。ただし、具体的な計画の中身やその効果はタイ国内でもよく知られておらず、その過程や効果を多角的に検討し、各都市への政策波及にむけた知見を蓄積する作業が必要とされている。

本稿では、2017年10月の首相府令から施行されてきたタイの「スマートシティ開発」の進捗状況を知るため、コーンケーン市の事例からその具体像を概観する。

低炭素社会の推進と実現に向けた具体策

2015年12月のパリ協定に加盟して以来、タイは、GHG削減目標を定め、電気自動車の利用促進や再生可能エネルギーの拡大、バイオマス利用、持続可能な農法推進やカーボンクレジット制度など多岐にわたるGHG削減策を推進してきた。2022年には、コロナ禍不況の影響もあって、タイはBAU比15.4%のGHG削減を達成したと(2020年時点)公表している。

そのなかで、GHG排出の急増が予想される地方都市において、産業高度化を図りながら資源効率のよい都市を整備することが急務と認識されている。デジタル経済振興庁(DEPA)は、20年スパンのスマートシティ整備計画案を全国から募り、その応募数は2024年時点で153件にのぼった。このうちプーケットやコーンケーン、チェンマイ、ラヨーン県ワンチャンバレーなどを筆頭に、36都市がスマートシティ委員会からロゴ認証を得るに至った。

スマートシティ開発計画が進行中の現段階において検証できるのは、計画中の事業ごとに生じるGHG削減効果の予測や計画の実現可能性、住民参加といった政策決定過程など、いくつかの観点に限定されるが、それぞれの都市に即した事情を勘案した事例の積み重ねが、今後の新たな都市システム導入にとって重要になるであろう。

コーンケーン市のスマートシティ計画

2017~2021年にかけて、国連開発計画(UNDP)と地球環境ファシリティ(GEF)は、タイの主要な4地方都市(コーンケーン、チェンマイ、ナコーンラーチャシマー、サムイ)において、低炭素化にむけたスマートシティのモデル事業を支援した。これら事業では、都市レベルのカーボンフットプリント(活動サイクル全過程から排出されるGHG量を追跡し、その全体量をCO2量に換算した値)も計測され、4年間の政策導入による効果が測定された。

コーンケーン市の報告書(Boonyarit and Padungsak 2021)によれば、同市のGHG排出水準は2013-2017年の推計で、年間1平方キロ当たり9.105トンCO2eであった。その排出源は、①発電所・工場等での固定燃焼プロセスが57.82%、②車などの交通機関が28.59%、③廃棄物処理由来が10.90%、④その他(IPPU分野・農林業等の利用)2.69%、から構成されている。

表 コーンケーン市が国際支援をうけて計画したスマートシティ政策

表 コーンケーン市が国際支援をうけて計画したスマートシティ政策

(注)✔は着手済みを示す。
(出所)コーンケーン市報告書、筆者ら調査に基づく。

こうした排出源に働きかけるため、コーンケーン市はGHG排出の多い上記①~③を主なターゲットとして、UNDPなどと主要14プロジェクトを実施し、併せて市による廃棄物固形燃料(RDF)開発計画(2016~2021年)を策定・実施した。特にそれぞれの計画段階において、人口のビッグデータや活動データを計測するICT技術を駆使し、スマートシティと環境政策を両立しようとしている。2024年8月時点の筆者らの調査によれば、2022年までに市独自のRDF開発を含む15事業のうち11事業が実施され、低炭素化の効果が測定された(表)。

コーンケーン市の事業導入後の成果

コーンケーン市は、2021年までの実施プロジェクトから推計した範囲で、BAU比21%(9万8458トンCO2e)のGHG排出量が削減されたことを報告している。この値はモデル事業を実施した4都市のなかで最も高い水準を示している。活動の内訳では、RDF開発が97.5%を占め、これに廃棄物施設の設置(1739トンCO2e)とリサイクルによる分別(667トンCO2e)が加わっている。これに対して、太陽電池設置の効果は45トンCO2eに留まり、代替エネルギー対策での費用対効果の問題が浮上している。特に、国際援助の終了に伴う予算制約の問題から、今後は自治体として投資の優先順位を決めることが重要な課題になる。同時に、本格的な設備投資を要するLRTプロジェクト等では、中央政府の規制整備や自治体への認可の遅れが、数年以上にわたる事業の遅延をもたらしている。

課題と今後の展望

ICT化の拡大と環境を調和しようとする「スマートシティ開発」は、国際社会の要請であり、経済発展の新たな源泉にもなりえる。モデル事業の評価から、今後の展開には、予算確保に加えて中央政府の制度的サポート、個別事業の費用対効果の試算など、技術的支援が重要になることが理解された。都市のICT化を推進するばかりでなく、低炭素社会に向けた効果を見極めた「スマートシティ開発」の真価が、これから問われていく時期に入るであろう。

  1. BAU比は,基準年から追加的対策を行わなかった場合のGHG排出量を示す。
参考文献
  • Boonyarit Phanitrungruong and Padungsak Unontakarn (2021) “Low-Carbon Model Town in Khon Kaen Municipality,” paper presented for APEC Low-Carbon Model Town Wrap-up Symposium, Sept 10, 2021.

ふなつ つるよ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し, 日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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