レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.219 グローバルサウスという観点からみた太平洋島嶼諸国

小柏 葉子

2025年3月6日発行

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  • グローバルサウスの一員として、太平洋島嶼諸国が注目を浴びる主な要因は、気候変動問題と米中対立
  • 気候変動問題では結束し、米中対立ではバラバラという2つの異なる太平洋島嶼諸国の姿をそれら諸国の視点に立って理解することが重要

グローバルサウスの一員として、近年、太平洋島嶼諸国が注目を浴びている。たとえば、2023年に広島で開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)に、太平洋諸島フォーラム(PIF:16の太平洋島嶼諸国・地域、およびオーストラリア、ニュージーランドによって構成される)の議長国として、クック諸島のブラウン首相が招待されたことは、その1つのあらわれといえるであろう。

このように、グローバルサウスの一員として太平洋島嶼諸国が注目を浴びるようになったのには、2つの要因が考えられる。1つは、気候変動問題であり、もう1つは、米中対立である。太平洋島嶼諸国は、気候変動によって大きな影響を被る地域として、国際社会の注目を集めている。また一方で、太平洋島嶼諸国は、この地域において影響力の拡大を図る中国と、それに対抗しようとするアメリカとの対立の場としても、国際社会の関心を呼んでいる。

だが、この2つのイシューそれぞれをめぐる太平洋島嶼諸国の姿は、大きく異なる。気候変動問題については結束して声をあげているが、米中対立に対しては、さまざまなスタンスを取っており、バラバラの状態にある。太平洋島嶼諸国のこうした2つの異なる姿を、どのように理解したらよいのだろうか。以下では、グローバルサウスという観点からみた、気候変動問題と米中対立の2つのイシューそれぞれをめぐる太平洋島嶼諸国の姿について検討することにしたい。

気候変動問題における結束

太平洋島嶼諸国は、1988年にPIFの前身である南太平洋フォーラム(SPF)の年次会議で、気候変動に対する懸念を表明して以来、長年にわたって、温室効果ガスの排出削減を結束して訴えてきた。外交的影響力の乏しいこれら諸国がそうした際に外交チャネルとして活用したのが、気候変動問題を共有する世界各地の小島嶼諸国とともに1990年に結成した小島嶼諸国連合(AOSIS)や、グループ77(G77)+中国などのさまざまな多国間の枠組みである。

なかでも特筆すべきは、2015年にパリで開かれた第21回気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)時に、マーシャル諸島が主導して形成した高い野心連合(HAC)という枠組みを通じて、世界の平均気温の上昇を1.5℃未満に抑えるよう求めたことである。その結果、COP21で採択されたパリ協定には、世界の平均気温の上昇を2℃未満に抑えるという全体目標に加え、1.5℃未満に抑える努力を追求することが文言として挿入された。

異なる利害の存在

気候変動問題をめぐり、結束して声をあげてきた太平洋島嶼諸国ではあるが、これら諸国の利害は必ずしも一致しているわけではない。その典型例といえるのが、「途上国における森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減」(REDD、後にREDDプラス)をめぐる利害の相違である。

REDDとは、先進国が途上国の森林の減少や劣化の抑制、保全を支援した場合、それを自国の温室効果ガス排出量削減に算入することができる制度である。この制度は、パプアニューギニアが2005年に提案したものであり、2015年にはパリ協定のなかに正式に盛り込まれた。

しかし、REDDは、パプアニューギニアのように、熱帯雨林の存在する規模の大きな島嶼諸国には、先進国からの資金や技術援助をもたらすものであるのに対し、より援助を必要としている低海抜の小規模な島嶼諸国にとっては、ほとんどメリットのないものだった。ツバルをはじめとする小規模な島嶼諸国は、REDDに対し、温室効果ガス排出国に本国での具体的な削減対策を怠らせるものとして、反対の意向を示し、パプアニューギニアと激しく対立した。気候変動問題をめぐって、太平洋島嶼諸国の間には、異なる利害が存在していることに留意しておかなければならない。

米中対立をめぐる不一致

気候変動問題と並んで、太平洋島嶼諸国がグローバルサウスの一員として注目される要因の1つが、米中対立である。かねてから太平洋島嶼諸国で影響力を拡大させてきた中国は、2022年にソロモン諸島との間で安全保障協定を、さらに2023年には警察協力に関する協定を締結し、影響力のいっそうの拡大を図った。

こうした中国の動きに対抗し、アメリカは、2023年にパプアニューギニアと、2024年にフィジーとそれぞれ防衛協力協定を結んだ。また、アメリカの同盟国オーストラリアも、2023年にツバルおよびパプアニューギニアと、2024年にはナウルとそれぞれ安全保障協定を締結した。あわせて2024年には、ソロモン諸島との間で警察協力に関する取り決めも交わしている。

太平洋島嶼諸国の間には、米中対立に巻き込まれることへの警戒感も存在しているが、この問題をめぐって、各国はバラバラの対応をとっており、一致したスタンスをとるには至っていない。こうしたところから、太平洋島嶼諸国は、アメリカ陣営と中国との「草刈り場」とみなされることも少なくない。

多様な各国の安全保障状況

ここで改めて太平洋島嶼諸国を安全保障の面からみてみると、注意をひくのが、自由連合国と呼ばれる国々の存在である。ニュージーランドと自由連合協定を結んでいるクック諸島とニウエ、およびアメリカと自由連合協定を結んでいるミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオがこれに当たる。

これら諸国は、自由連合協定に基づいて、相手国に安全保障を委ねる代わりに、国によっては国家予算に匹敵するほどの財政支援を受けているのみならず、相手国への移動や移住、労働の自由を付与されている。経済的自立の困難なこれら小規模島嶼諸国にとって、自由連合協定は、「安全保障」として大きな意味を持っており、相手国であるアメリカないしはニュージーランドとの関係は、きわめて重要なものと位置づけられているのである。

すなわち、太平洋島嶼諸国の間では、アメリカ陣営へのコミットメントの度合いという点で差異があり、安全保障に関して一致したスタンスをとることがそもそも難しい状況にあるといえる。2022年に中国がソロモン諸島と安全保障協定を締結したのに続き、国交を持つ太平洋島嶼10カ国と地域的な安全保障協力に関する協定を結ぼうと試みたが、ミクロネシア連邦のパニュエロ大統領らが反対し、締結は見送りとなった。中国と国交を持つ島嶼諸国といっても、安全保障状況は同じではなく、たとえばミクロネシア連邦の場合、アメリカの自由連合国として、むしろ台湾と国交を持つマーシャル諸島、パラオと安全保障状況は共通するところが多い。太平洋島嶼諸国の安全保障状況は多様であり、米中対立に関して各国がバラバラのスタンスをとることが、太平洋島嶼諸国にとっての「最大公約数」となっているのである。

まとめ

以上の考察から、気候変動問題では結束してグローバルノースを突き上げ、米中対立ではバラバラな対応によって「草刈り場」と化しているという太平洋島嶼諸国の2つの異なる姿は、実は、「グローバルノースの視点からとらえた、グローバルサウスとしての太平洋島嶼諸国の姿」であることが浮かび上がってくる。太平洋島嶼諸国のリアルな姿をとらえるには、これら諸国の視点に立って、各国の求めているものや置かれた状況をつぶさに把握することが何より必要とされるのである。

(おがしわ ようこ/広島大学)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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