レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.218 豪中競争の狭間に立つフィジー──国内安定が左右するオーストラリアの安全保障

片岡 真輝

2025年3月6日発行

PDF (555KB)

  • フィジーは観光産業とオーストラリアに依存する経済構造に直面してきた。
  • 中国の進出により、フィジーは豪中の双方から利益を得ることが可能に。
  • フィジーの国内政治の安定は、オーストラリアの安全保障にとっても重要。

オーストラリアの北東に位置するメラネシアは地政学的な要衝とされるため、この地域における中国のプレゼンス拡大は、オーストラリアやアメリカからは脅威として認識されている。そのなかでもフィジーは、地域のハブとして、経済的にも政治的にも中心的な役割を果たしてきた国だ。本稿は、フィジーを中心にメラネシアの地政学的重要性を再確認し、今後のメラネシアにおける豪中関係を展望するための知見を提供することを目的とする。

望まれる産業の多角化

太平洋地域では観光産業に依存する国は少なくないが、フィジーもその例外ではない。フィジーのGDPに占める観光関連産業の割合は、40%程度と非常に高い。

このような観光に依存する経済構造を持つ国は、コロナ禍により甚大な経済損失を被った。太平洋島嶼国の多くは新型コロナウィルスが拡大し始めた初期から厳格な国境管理を断行して感染の封じ込めを図り、フィジーも2020年3月に国境を封鎖した。しかし、国境を封鎖したことで観光客が途絶え、経済は大打撃を受けた。

UNWTOの調査によると、2019年には人口とほぼ同じ約90万人がフィジーを訪れていたが、コロナ禍が始まった2020年には約15万人に、そして2021年には約3万人へと訪問者が激減した。訪問者による支出金額も、2021年には2019年比で96%減にまで落ち込むなど、フィジーは深刻な不況に見舞われた。大幅な収入減と失業率の上昇に直面したフィジーでは、2019年には54億米ドルだったGDPが2021年には43億米ドルとなり、コロナ禍で実に約2割のGDPが失われたことになる。

その後、ワクチン接種率の上昇などにより徐々に観光客を受けいれることができるようになり、現在の観光関連産業はコロナ禍前の水準にまで回復している。しかし、コロナ禍により観光に頼る経済の脆弱性が露呈されたことから、産業の多角化が求められている。

継続するオーストラリアの大きな影響力

フィジーへの観光客の5割は地域大国であるオーストラリアから来ていることから、観光産業において過度にオーストラリアに依存している状況である。そのため、産業の多角化だけではなく、観光客の送出国の多角化も必要だ。

このようなオーストラリア依存の構造は援助でも見られる。オーストラリアのローウィー研究所の試算によると、伝統的に太平洋島嶼地域の援助は、オーストラリアがもっとも多く、2010年には全体のおよそ半分の援助がオーストラリアからもたらされていた。しかし、2010年代以降、中国が急速に援助額を増大させるようになった。2010年には全体で5%程度しか占めていなかった中国の対太平洋島嶼地域の援助は、2016年には全体の16%を占めるまでに急拡大し、代わりにオーストラリアのシェアは30%台へと後退した。さらに、近年になってシェアを伸ばしているのがニュージーランドや日本、アメリカ、世界銀行などの国際機関である。2021年には中国のシェアは再び6%程度まで低下しており、太平洋島嶼地域の援助は、引き続きオーストラリアを中心とした西側諸国の影響が大きいのである。

中国の進出がもたらす地政学的な変化

このようにして見てみると、太平洋島嶼地域は引き続きオーストラリアを中心とした西側諸国の影響が強く、中国の影響力は限定的に見えるかもしれない。しかし、中国のプレゼンスは援助以外の分野で着実に拡大している。フィジーでは、2006年に軍事クーデターが発生し、国軍司令官だったフランク・バイニマラマが政治の実権を握った。この時オーストラリアをはじめとする西側先進諸国は、バイニマラマ軍事政権に対して制裁を科し、重要な地域協力機構である太平洋諸島フォーラム(PIF)もフィジーの参加資格を停止した。そして、地域での孤立が鮮明になったフィジーに対し、中国は一挙に対フィジー支援を拡充させ、経済的、政治的な協力関係をバイニマラマ軍事政権との間で進展させたのだ。

同様に、ソロモン諸島と中国が2022年に安全保障協定を締結したことも、オーストラリアやアメリカに衝撃を与えた。この協定によって中国軍がメラネシアで活動できる可能性が認識されたため、アメリカやオーストラリアの中国に対する脅威認識が一気に高まった。

そこで、アメリカやオーストラリアはメラネシア諸国における中国の影響力を弱めるために、島嶼国に対する協力関係を深化させるようになった。オーストラリアの対フィジー政策も刷新され、「ブバレ・パートナーシップ」(※)と呼ばれるより緊密で互恵的な協力関係の構築に乗り出すようになった。こうしてフィジーは、オーストラリアと中国の間に立つことで双方から利益を追求することができる有利な外交的立ち位置を獲得することができるようになったのだ。

(※)「ブバレ(vuvale)」とはフィジー語で家族を表す言葉である。「ブバレ・パートナーシップ」はオーストラリアとフィジーの緊密な関係を表している。

何よりも求められる国内安定

上述のとおり、フィジーには産業の多角化が求められているが、これはそう簡単に達成できるものではない。しかし、米中対立という地政学的な環境変化をとらえ、援助や開発パートナーを多角化し、さらに深化させることには成功したといえる。援助や観光客の大半をオーストラリアに依存しているフィジーにとって、中国を支援先や開発協力パートナーとして加えることは、過度にオーストラリアに依存する状況を脱するという点で大きな意味がある。そして、中国の存在がオーストラリアやアメリカからの支援や経済協力の質と量の向上につながっている。その意味で、「米中対立」はフィジーにとって望ましい国際環境になっているのだ。

しかし、しばらくは観光に依存する経済構造が続くと見られるなか、観光客の大半をオーストラリア人に依存し続けている状況は、フィジーにとってみれば引き続きリスクである。例えば、再度クーデターが発生するなどした場合、オーストラリアからの観光客の激減を招く可能性がある。また、中国の存在を利用する形でパートナー関係を深化したオーストラリアとの関係も、再度冷え込んでしまうかもしれない。むろん、オーストラリアに見限られても中国という後ろ盾に期待することはできるかもしれないが、その状況は、今度は中国に過度に依存する状況になってしまう。

米中二大国による覇権争いに巻き込まれるという懸念はあるものの、米中が太平洋島嶼国をめぐって綱引きを演じている現状は、経済的にはフィジーにとってメリットが大きい。そのため、この環境を維持するためにも、国内の安定が何よりも大事になる。フィジーはこれまでに4度のクーデターを経験しており、「クーデター文化」があるとも言われている。また、先住民系住民とインド系住民の確執も根深く、民族対立が再燃する危険性はいまだ解消されていない。これらの懸案をいかにマネージするかが、フィジーに突き付けられている課題と言えるだろう。

一方、オーストラリアも、仮にフィジーの国内政治が不安定化したりクーデターが起こったりすると、民主主義の価値観を遵守するとの観点から、何かしらの制裁や介入を行わなければならなくなるだろう。しかし、それをすると、2006年のクーデターの時のように、フィジーが中国への傾斜を強める可能性が高くなる。フィジーの国内政治の安定は、オーストラリアの安全保障にとっても死活的に重要になるのだ。そのため、フィジーの国内安定のためにガバナンス能力の強化などで支援を続けていくことは、今後も必要になっていくだろう。ただし、このようなガバナンス支援は、フィジーを内側からコントロールする「新植民地主義」との批判も起こり得るため、オーストラリアには慎重なかじ取りが求められている。

(かたおか まさき/東京外国語大学)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません 

©2025 片岡 真輝