レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.188 「森林都市」を目指すインドネシアの新首都 ──その理想と現実

2024年4月17日発行

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  • ジャカルタから東カリマンタンに首都を移転する計画は着々と進められている。2024年10月に発足するプラボウォ新政権でも新首都建設は継続される見込みである。
  • 「ヌサンタラ首都」の建設は中央政府の直轄事業として進められている。そのキーコンセプトは「森林都市」で、環境に優しい都市作りが目指されている。
  • しかし、首都建設によって大規模に森林が失われていることが明らかになっている。

2019年8月にジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が発表した「首都移転」計画は、その実現性をいぶかる声を尻目に、大統領官邸や飛行場、高速道路、水道などのインフラ建設が着々と進められている。2022年から2024年2月までにすでに71.8兆ルピア(約46億米ドル)の政府予算がつぎ込まれた。

2024年10月に退任するジョコウィ大統領は、任期中最後となる8月17日の独立記念日を「ヌサンタラ」と自ら名付けた首都移転予定地で開催する意向を示している。2024年2月に行われた大統領選挙で当選したプラボウォ・スビアントは「ジョコウィ路線の継承」を公約に掲げており、首都移転計画もこのまま継続される見込みだ。

計画では、2024年中に政府機関の一部の移転が始まり、行政・立法・司法の公務員18万人と国軍・警察2万5000人のあわせて20万5000人が移住するとされている。それ以降、徐々に関係機関の建設と移転が進められ、建国100年となる2045年までに完全移転するという壮大な計画である。

政府直轄の新首都

首都の移転先は、カリマンタン(ボルネオ)島・東カリマンタン州の北プナジャム・パスル県とクタイ・カルタヌガラ県にまたがる地域である。オランダ統治時代から石油精製所が設置されるなど、石油積出港にもなっているバリクパパン市(人口約70万)と、島の最大都市で州都でもあるサマリンダ市(人口約80万)にちょうどはさまれた地域だ。

図1 新首都予定地

図1 新首都予定地

  1. (出所)川村晃一「インドネシア『首都移転』は本当に『国民の夢』なのか?」『Foresight(フォーサイト)』2019年12月10日。

ここに「ヌサンタラ首都(Ibu Kota Nusantara: IKN)」という特別地区が設置される。ヌサンタラ首都を統治するのは「ヌサンタラ首都庁(Otorita IKN)」で、そのトップである長官は大統領が直接任命し、中央政府の大臣と同等の地位を有する。つまり、公選の州知事が統治する現在の首都ジャカルタとは対照的に、ヌサンタラ首都は中央政府の直轄地という位置づけにされたのである。その狙いは、新首都建設を大統領自らが主導して効率的に進めるところにある。

コンセプトは「森林都市」

ヌサンタラ首都の土地面積は25万2600ヘクタール、海洋面積は6万9769ヘクタールに達する。大統領官邸や中央省庁など政府中枢機能が建設される中心地区では、土地の65%を保護森林地区と再森林化地区とする予定で、REDD+の支援対象ともなっているという。新首都全体でみても50%以上の土地が緑地帯になる計画である。

政府は、新首都が「森林都市(forest city)」というコンセプトに基づいて設計されるとアピールしている。また、単に「グリーン」なだけでなく、「スマートで、ビューティフルで、かつサステイナブルな首都」という目標が掲げられているように、IT技術を活用しながら環境に優しい都市を作っていくことが目指されている。

「森林都市」建設による森林破壊の懸念

もともと新首都の建設予定地は、国有林や民間企業に開発権が与えられている生産林が広がっていた地域である。そこに道路などのインフラや政府庁舎を新たに建設することになるため、森林の伐採や土地の造成は必須である。

そのため、当初から「森林都市」を建設するために森林破壊が進むことが懸念されていた。2024年2月にアメリカ航空宇宙局(NASA)が公開した写真は、まさにその懸念を裏付けるものだった。


図2 新首都予定地の航空写真(2022年4月26日)

図2 新首都予定地の航空写真(2022年4月26日)

  1. (出所)“Nusantara: A New Capital City in the Forest,” NASA earth observatory.

図3 新首都予定地の航空写真(2024年2月19日)

図3 新首都予定地の航空写真(2024年2月19日)

  1. (出所)“Nusantara: A New Capital City in the Forest,” NASA earth observatory.

現地のニュース週刊誌『テンポ』の調査によれば、これまでに土地造成によって失われた森林の面積は2464ヘクタールにのぼる。この開発によって、周辺地域では洪水が頻繁に発生するようになったともいわれている。

現地の環境NGOインドネシア環境フォーラム(Walhi)によれば、2018〜2021年の間に新首都建設予定地で失われた森林面積は1万8000ヘクタールと推定されている。グリーンピースのインドネシア支部からは、3万2500ヘクタールあまりの森林が失われる危険性が指摘されている。また、工事によってバリクパパン湾のマングローブ林約5000ヘクタールが危機に直面しているという報道もある。生物多様性が失われるとの懸念も強い。

これに対して、政府は森林の再生・土地の回復事業を始めているが、森林の再生が必要な面積は首都全体の面積の75%にあたる約19万2000ヘクタールとされており、ヌサンタラ首都庁も土地回復事業がすべて終わるまでに88年かかると予測している。

まとめ

政府は新首都が「森林都市」となることを謳い文句にしているが、統治機構の形態に表れているように、政府主導で効率的に都市建設を進めることが目指されている。そこに地元住民の意見を吸い上げたり、環境破壊を監視したりする仕組みはない。さらなる森林破壊が懸念されるところである。

かわむら こういち/地域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2024年 川村 晃一