レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.185 脱炭素政策の潜在的影響の考察 ──インドネシアにおける石炭採掘事業所の分布から

2024年4月17日発行

PDF (517KB)

  • インドネシアは2060年までのネットゼロエミッションの達成を目標としている一方で、経済的には石炭産業に大きく依存している
  • 最新の経済センサスによると、全従業員に占める石炭採掘事業所の従業員のシェアが1割以上となる地方自治体は24カ所にのぼり、それらはすべてカリマンタン島とスマトラ島に集中している
  • 国内外での脱炭素政策の進展は、本報告で確認された地域を中心にインドネシア国内の経済に大きな負の影響をもたらすと予想されることから、その緩和策の導入が必要不可欠である

インドネシアは2060年までに温室効果ガスのネット排出量をゼロにするという目標を掲げている。その目標達成の一環として、日本を含む高所得国との間で合意した再生可能エネルギーへの移行支援策のもとでは、インドネシアは2030年頃から国内石炭火力発電所を順次廃炉にしていく予定である。ただし、こうした脱炭素政策は、同産業に大きく依存するインドネシア経済に大きな負の影響をもたらすことが予想される。さらに懸念されるのはその地域的偏在である。最新の企業センサスによれば、カリマンタン島やスマトラ島の24地方自治体では全事業所従業員の少なくとも1割が石炭採掘事業所で働いていること、そして、その割合は最大で7割近くに達していることが分かった。ここからは、脱炭素政策の実施にあたっては、今回確認された地域を中心に、経済への負の影響を緩和する政策の実施が必要不可欠であることが示唆される。

インドネシアの脱炭素政策

インドネシア政府が2021年に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)へ提出した長期低排出発展戦略(LTS-LCCR)では、2060年までにカーボンニュートラルを達成する、という目標が掲げられている。また、同年に英国グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)では、インドネシアと、G7構成国および欧州連合(EU)、デンマーク、ノルウェーを含めた国際パートナーズグループ(IPG)との間で「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」の合意に至った。この合意のもと、インドネシアが2060年までに温室効果ガスのネット排出量をゼロにする経路に乗ることができるよう、IPGから資金協力などの支援が得られることになっている。

インドネシアの石炭への依存

2021年の1次エネルギー消費を燃料種類別にみると、石炭への依存は世界的には約27%であるのに対し、インドネシアはほぼ4割と高い水準にある(『BP Statistical Review of World Energy 2022』)。これは、データで確認できる他の東南アジア諸国と比べると、ベトナムやフィリピンに次ぐ大きさである。

インドネシアにとっての石炭は、こうした国内での消費のみならず、海外での消費、すなわち輸出品としても重要な財となっている。2023年の石炭輸出額は346億ドルであったが、これは全輸出額の13%を占めている。なお、その多くはインドや中国に輸出されているが、日本も3番目に大きな輸出先となっている。

偏在する石炭採掘企業

このように国内での消費ならびに輸出品として、経済的に大きく石炭に依存するインドネシアであるが、2016年に実施された最新の経済センサス(企業センサス)をみると、石炭採掘産業に従事する事業所は596カ所となっている。全事業所数(652万)に占める割合でみると1%に満たないが、その事業所あたりの従業員数は多く、石炭採掘事業所が集中する地方自治体ではその全従業員数に占める割合は高くなる傾向がみられる。

図:石炭採掘事業所の位置と従業員数の地方自治体別シェア(%)

図:石炭採掘事業所の位置と従業員数の地方自治体別シェア(%)

  1. (出所)統計庁の2016年経済センサスをもとに筆者作成。
    (注)図中の×は石炭採掘事業所の位置を示す。

図は、インドネシアにおける石炭採掘事業所の村・区レベルでみた所在地を示している(×で表示)。さらに、地方自治体別に全事業所従業員数に占める石炭採掘事業書従業員の割合を計算し、その値が高いほど濃い赤色で地方自治体が塗られている(労働統計から得られる労働者数推計値とここで用いている事業所従業員数とは異なる点に注意)。

図をみると、まず、スマトラ島ならびにカリマンタン島に石炭採掘事業所が集中していることが確認できる。次に、インドネシアにある514の地方自治体のうち、24地方自治体では全事業所従業員の少なくとも1割が石炭採掘事業所で働いていることが分かる。なかでも、中カリマンタン州ムルン・ラヤ県はその割合が7割近くに達し、国内最大であった。次いで、南スマトラ州の北ムシ・ラワス県およびラハット県が46%と続いている。

このように、経済的に石炭産業に大きく依存しているインドネシアであるが、石炭採掘事業所は特定の地域に集中している点が注目される。つまり、国内外で計画されている脱炭素政策の実施がもたらす経済的な負の影響も、インドネシアでは、直接的にはこれらの地域での雇用減や所得減というかたちで生じることが予想される。

おわりに

現在のジョコ・ウィドド政権のもと、インドネシアは2045年までの高所得国入りを目標に掲げている。そのためには今後、現政権下の(パンデミックの時期を除いた)平均的な経済成長を上回る6~7%台の高い成長を長期に渡って実現する必要がある。これはつまり、インドネシアでの脱炭素政策の導入は、現在の石炭産業に依存した経済構造の変革を進めながら、同時に高成長に至る経路を探す、という極めて困難な課題に取り組まざるを得ないことを意味する。

脱炭素政策に伴う経済構造の変化は、直接的には、本報告で確認した石炭採掘事業所が集中する地域で発生することが予想される。そのため、こうした地域を中心に影響を緩和する政策の導入が今後は必要不可欠となる。

日本もIPGとしてコミットするJETPでは、脱炭素政策がもたらす負の影響が緩和されるよう配慮する重要性も指摘されている。ただし、その際には(例えば現金給付策のような)一時的緩和策にとどまることなく、石炭産業の代わりに雇用を吸収するような産業育成なども重要になってくるであろう。ターゲットとなる地域の社会経済的属性の理解をベースに、緩和策の検討を進めることがインドネシアにとって今後の大きな課題である。

(ひがしかた たかゆき 地域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2024年 執筆者