レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.168 GCC諸国政府は財閥グループとの協調関係を変更できるか
PDF (703KB)
- 財閥グループは、GCC(湾岸協力会議)諸国の経済に大きな影響力を有しており、経済開発ビジョンにも貢献。
- 一方で、財閥グループの新規上場の奨励や商業代理店契約制度の見直しの動きも見られる。
- 外国企業誘致のためには、GCC諸国政府が財閥グループとの協調関係を見直すか否かが焦点となる。
王族・首長家、民間有力ファミリーなど特定の家族が所有・経営するファミリービジネスは、GCC諸国(アラブ首長国連邦、オマーン、カタル、クウェート、サウジアラビア、バハレーン)の経済社会に深く根差しており、大きな影響力を持つ。サウジアラビア企業の約6割1、UAE企業の約9割2がファミリービジネス企業であると言われ、中東地域全体でも地域のGDPの約60%、雇用の80%に寄与していると指摘されている3。
いくつかのファミリービジネスは、政府主導の経済開発に協力的な関係を維持しながら事業を拡大し、いわゆる「財閥グループ」を形成するに至っている。これらの財閥グループの多くは、政策運営への協力の見返りとして、政府からの保護を受け、この地域の経済において支配的な地位を獲得してきた。
他方で、近年、GCC諸国政府のさらなる経済開発の推進や対内直接投資の促進を背景に、これまでの政府と財閥グループ間の協調的な関係に変化が見られつつある。
本稿では、GCC諸国の財閥グループを取り巻く近年の環境変化と、政府の財閥グループに対する政策の変化について整理する。
財閥グループが抱える承継とガバナンス問題
GCC諸国の財閥グループには、独立・建国や石油の発見以降に事業を本格的に拡大してきたものが多く、近年、創業者から二代目、三代目への承継問題に直面しつつある4。例えば、2021年12月にアラブ首長国連邦(以下、UAE)の主要財閥グループの一つであるマジッド・アル=フッタイム(MAF)グループの創業者マジッド氏が亡くなった。同グループは、UAE国内のみならず中東地域で多数の映画館と29の大型ショッピングモールを展開する代表的な財閥グループである。フッタイム家のビジネスは、2000年代初めにもグループを分割する相続問題で紛糾したが、今般の創業者の死により、160億ドルの事業資産の継承をめぐり、10人の相続人が法的闘争を繰り広げている5。
財閥グループをめぐる政策変化
サウジアラビアの「サウジ・ビジョン2030」に代表されるように、GCC諸国政府は、2000年代以降、伝統的な脱石油経済と経済多角化および国民生活の向上を主要な課題とする長期経済ビジョンを掲げてきた。民間部門経済を主導する財閥グループは、経済多角化や自国民雇用などの経済開発計画でも重要な役割を果たしている6。同時に、政府は、金融市場の育成政策と政府系企業・財閥系企業など大企業の上場促進政策を推し進めており7、サウジアラビアのオラヤン・グループなど財閥グループ傘下の大企業による株式上場の事例も増えつつある8。
一方で、財閥グループのガバナンス強化も重要な政策課題であり、UAEのアブダビ首長国では、ファミリービジネスによるアブダビ経済と経済多角化への貢献をさらに強化することを目的に、多くのファミリービジネス企業が抱える承継問題を改善するための新しい「ファミリービジネス所有権ガバナンス法」を発布した(2022年3月施行)。同法は、①企業のオーナーが株式や配当金をファミリー以外の個人・企業に売却することを防止し、②株主が持ち分をファミリー以外のメンバーに売却する際には、ファミリーからの事前承認を求める権限を与えることを定めている9。
他方で、GCC諸国の長期経済開発ビジョンのなかで、外国企業による直接投資の誘致もまた、重要な課題とされている。外国企業がGCC諸国で事業を行う場合、市場で大きなシェアを有し、政府とも長期にわたる協調関係を構築してきた財閥グループを現地パートナーとして提携先とすることが多い。しかし、外国企業にとっては、現地財閥グループとの提携関係や商業代理店制度が事業拡大の障害になるケースも少なくない10。そこで、UAEでは、さらなる海外投資誘致のために、輸入品の販売に関する既存の商業代理店契約の自動更新を廃止する法案を提案する意向を一部の財閥グループに伝えたとされる。同法案が実現した場合、外国企業は契約満了時に自社製品を販売する現地の代理店を変更することができるようになるが、多くの財閥グループにとっては、大きな既得権益を失うことになる。
まとめ――GCC諸国の財閥グループの展望
こうした財閥グループに対する政府対応の変更は、サウジアラビアとUAE間に代表される地域的ビジネスハブをめぐる誘致競争や、主に若年層向けの雇用創出、国際的な脱炭素化の潮流に関する各国政府の焦りを背景としたものと推察される。
同時に、財閥グループを経済多角化と自国民雇用の主要な担い手としながらも、さらなる外国企業の誘致のために財閥グループの既得権に手を付けようとするのであれば、各国政府は深刻なジレンマに陥りかねない。財閥との協調関係を変更できるかどうかは、財閥グループが承継問題解決による自分たちの事業の存続と既得権喪失を秤にかけてどの程度許容できるかにかかっている。GCC諸国への進出を検討する外国企業にとっても、政府の財閥グループ政策の変更に伴って、現地市場での経営環境が大きく変化する可能性があるため、今後も注視が必要であろう。
(さいとう じゅん/地域研究センター)
- “Family Businesses Contribute $216 Bn to Saudi GDP” (2022年1月1日付、Asharq Al-Awsat)
https://english.aawsat.com/home/article/2715376/family-businesses-contribute-216-bn-saudi-gdp - “UAE pushes merchant families to open up to competition,”(2021年12月26日付、 Financial Times)
https://www.ft.com/content/116b083a-1811-4501-ad9b-2f6a3183db3e - “Top 100 Arab Family Businesses in the Middle East” (2021年5月9日付、Forbes)
https://www.forbesmiddleeast.com/lists/top-100-arab-family-businesses-in-the-middle-east-2021/ - 2019年8月には、ドバイのアル=グレア・グループの創業者Saif Ahmed Al Ghurair氏、2021年2月には、オマーンのインド系財閥であるKhimji Ramdas(KR)グループの創業者Kanaksi Khimji氏も亡くなるなど、大手財閥の創業者の死去が報じられた。
- “Dubai committee to weigh in on Emirati billionaire’s estate”(2022年2月14日付、Al Arabiya)
https://english.alarabiya.net/News/gulf/2022/02/14/Dubai-committee-to-weigh-in-on-Emirati-billionaire-s-estate- - “Majid Al Futtaim to get priority in govt contracts for initiative to hire 3,000 Emiratis: Dubai Ruler” (2021年9月19日付、Khaleej Times)
https://www.khaleejtimes.com/year-of-the-50th/majid-al-futtaim-to-get-priority-in-govt-contracts-for-initiative-to-hire-3000-emiratis-dubai-rule - “UAE approves draft law to allow family-owned companies to go public” (2020年1月19日付、Al Arabiya)
https://english.alarabiya.net/business/economy/2020/01/19/UAE-approves-draft-law-to-allow-family-owned-companies-to-go-public - “Billionaire Olayan Family May Revive Plans for Saudi IPO” (2021年10月28日付、Bloomberg)
https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-10-28/billionaire-olayan-family-considers-reviving-plans-for-saudi-ipo - “Khalifa bin Zayed issues new family business ownership governance law”(2022年1月25日付、WAM)
https://www.wam.ae/en/details/1395303014718 - 日本貿易振興機構海外調査部. (2022). 『2021年度 海外進出日系企業実態調査(中東編)』日本貿易振興機構.
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。2022年3月28日 ©日本貿易振興機構アジア経済研究所