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No.157 中東情勢分析シリーズ No.4 中東・北アフリカ地域とSDGs「アラブ持続可能な開発レポート2020」から読み解く課題
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- 2020年に国連西アジア経済社会委員会が発行した「アラブ持続可能な開発レポート2020」で、中東・北アフリカ(MENA)地域は持続可能な開発目標の達成にはほど遠い状況であることが報告された。
- MENA地域でSDGsの達成に向けた取り組みを考える際には、地域が長年にわたって置かれてきた不安定な社会・経済・政治状況と戦争や紛争による影響に注視し、状況の正確な分析に必要なデータが欠如していることを考慮する必要がある。
- 紛争状況が続くMENA地域では、SDGs達成に向けた体系的な長期計画を立てることが難しく、紛争状況からの脱却、各国政府の政策立案における大胆な方向転換と国家間の協働が求められている。
持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)は、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)を引き継ぐ世界共通の目標として、2015年の国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された国際目標である。SDGsの達成に向けた取り組みは、各国政府主導のものから民間企業やNGOが取り組むものまで多様である。SDGsの17目標の達成度合いのモニタリングと評価は、国連統計委員会のもとで行われ、各国も自国の取り組みについて自発的に報告を行っている。
中東・北アフリカ(MENA)地域については、2020年に国連西アジア経済社会委員会が「アラブ持続可能な開発レポート2020」(Arab Sustainable Development Report 2020: ASDR 2020)をまとめ、地域のSDGsの達成度合いについて状況を報告した。
目標達成を困難にする不安定要素と所得格差
ASDR 2020では、MENA地域でのSDGs達成に向けた道筋の予測や障害を分析し、目標達成に向けて地域の取り組みは順調に進んでおらず、多方面での変革が必要だと警鐘を鳴らしている。その背景には、長年にわたる政治・経済・社会不安がある。
MENA地域は、幾度となく悲惨な戦争や内戦を経験してきた地域である。世界で最も解決が難しいとも言われるイスラエル・パレスチナ紛争、内戦状態のシリア、イエメン、リビア、政治情勢が混迷するイラクやスーダンなど、長期化する戦争や紛争によって、社会経済状況が混乱に陥っている国が数多くある。シリアでは2011年の民衆蜂起が内戦に発展し、地域大国の介入もあり、紛争状況が長期化している。紛争が原因で疲弊した生活を強いられているシリアの人々は、実に人口の80%にものぼる1。イエメンでは長引く内戦で教育が崩壊し、30年分の発展が損なわれたとも言われている2。MENA地域は難民や避難民の数も非常に多く、世界の6千万人の難民・避難民のうち40%近くを占めている3。このように、戦争や紛争が長期化しているMENA地域では、人間開発(Human Development)の機会と可能性が奪われているのだ。
またMENA地域では、レバノン、チュニジア、スーダンなどで顕著なように、国家が脆弱である。さらに権威主義体制の国が多く、汚職の蔓延が常態化し、政府による説明責任が果たされているとは言い難い4。内戦と国家破綻の危機にあるシリア、リビア、イエメンなどでは武装勢力が広がり影響力を強めている。何万人もの活動家や一般市民が政治犯として拘束されており5、言論の自由もない。石油収入への依存度も高く6、経済は石油価格の変動に常に影響を受けている。そして地域大国のイランとサウジアラビア、また米国やロシアなどからの介入を受け、政情が不安定である。
SDGsの目標達成に特に大きな影響を及ぼしているのが、貧富の格差だ。MENA地域は、貧富の格差が最も大きい地域である7。上のグラフは、2021年の地域別の国民所得に占める割合を示したものである。このグラフからも分かるように、MENA地域では、国民所得に占める上位10%の所得者による所得の割合が約58%で、下位50%の所得者は国民所得の約9%を占めるに過ぎない。上位10%の所得者が国民所得の約36%を占め、下位50%の所得者が国民所得の約19%を占めるヨーロッパと比較すると、MENA地域の所得格差が大きいことが分かる。MENA地域では、石油収入が国の主な収入源になっている国が多いことも、所得格差に影響している。石油収入は政治エリートに独占されているため、富が分配されず、格差の拡大につながっているのだ8。
MENA地域のSDGs達成に向けた課題
ASDR 2020では、2030アジェンダの達成に向けたMENA地域の22カ国9の軌跡を示し、国連総会で採択されたインディケーター(Global Indicator Framework)に基づき定量的・定性的分析を行い、17の目標のそれぞれについて達成度を示している。また、SDGsの各目標の相関関係に着目して目標達成の主な障害を調査し、取り残されるリスクが高い人々に光を当て、SDGsの達成に向けて前進するための起点も取り上げている。そして、MENA地域のどの国も、2030年までにSDGsを達成するにはほど遠い状況であると結論づけている。
この結論に至ったのは、次のような重要な側面において後れをとっているためであると思われる。まず、失業率の問題がある。MENA地域の失業率は過去25年間にわたり世界で最も高く、2020年には23%に至っている10。特に女性と若者の失業率は世界で最も高く、女性の政治参加や就労率は世界で最も低い11。地域人口の約38%が農業セクターで就労しているが、農業セクターがGDPに占める割合は僅か7%である(ASDR 2020, p.27)。また、過去10年の間に、シリア、イラク、リビア、イエメンでの紛争によって、一日1.90米ドル未満で生活する極度の貧困層が拡大し(pp.14-15)、COVID-19の感染拡大によってさらに貧困が拡大している12。
さらにMENA地域は食料自給率が低く、食料の多くを輸入に頼っている。世界の小麦市場の25%以上をMENA地域だけで輸入している13。GDPの約6.2%が軍事費に費やされており、これは北米の約2.06%と比較してもかなり大きな比率であることが分かる(p.136)。また、研究やイノベーションにかける予算は、産油国と非産油国で異なるものの、世界平均よりも低い14。エネルギー消費をみると、全エネルギー消費に対して再生可能エネルギーが占める割合は、世界平均が18%であるのに対して、たったの4.1%である(p.96)。
MENA地域のなかでも国の経済状況に違いはあるが、上述の状況はMENA地域の豊かな国にも貧しい国にも共通する事実である。つまり、SDGs達成に向けた取り組みは財政面のみに偏らずに、MENA地域の国々がどのような計画やモデルで政策を立案し実施していくのかに目を向け、より踏み込んだ対策が必要だと言うことだ。ASDR 2020の分析でも、MENA地域は、環境、人権、政策立案への協働アプローチの側面で大きな方向転換をしない限り、SDGsの達成は困難であるとしている。
データの重要性とCOVID-19の影響
「誰一人取り残さない」ことを掲げた持続可能な開発目標の達成に向けた取り組みには、客観的なデータに基づく状況分析と、取り組むべき問題や課題の洗い出しが鍵となる。ASDR 2020でも、データと公共政策の重要性が強調されている。MENA地域での取り組みの評価や、効果的な政策立案のための分析には、ジェンダー、年齢、収入、居住地、民族的・宗派的アイデンティティなどのデータが重要であるが、MENA地域では政治不安や調査研究の少なさ、データ収集の優先度の低さなどの理由でこれらのデータの入手が困難である15。貧困削減などの目標の達成度合いを測り、SDGsの指標のトラッキングに必要不可欠なのは、アップデートされ、質が高くアクセス可能なデータである。MENA地域の統計資料はこれらの詳細なデータが不足しているため、目標の達成度を正確に説明し示すことが困難なのだ。
例えば、目標4は「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」ことを掲げている。この目標のターゲットの一つとして、「子ども、障害、およびジェンダーに配慮した教育施設を構築・改良し、すべての人々に安全で非暴力的、包摂的、効果的な学習環境を提供できるようにする」ことが挙げられている16。MENA地域の国々は、この目標とターゲットの達成に向けて順調に取り組みを進めているとしている。しかし、目標4とそのターゲットの達成度合いは、学校に電気が届いているかどうかというデータだけで測っており、包括的で健康的な教育環境を提供するということに重点が置かれている目標4の重要な基準に対し、達成度合いを客観的に評価することができていない(p.61)。
また、目標達成のプロセスについても注視する必要がある。例えば、「すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」ことを掲げた目標6の進捗分析では、手頃な価格で淡水を入手できるかどうかや、水質の改善、水の再利用等に関するデータが含まれていない(p.88) 。SDGsの指標は見直され改善されているが、水不足が深刻な国々で重要な水資源入手の手段となっている海水の淡水化、廃水の再利用、雨水の貯留、水の長距離輸送など他の地域では一般的ではない水利用を取り込んだ指標が含まれていないのである。
こうしたデータ不足から適切な課題の洗い出しができていない分野に加え、喫緊の課題であるにもかかわらず取り組みがいまだ不十分な分野も存在する。それは目標3の「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」である。この目標の達成のための課題の一つは、民間医療と公共医療の間の制度の格差である。MENA地域の国々は公衆衛生への取り組みの実績が乏しい。ほとんどの人が家の近くで医療へのアクセスを持たないだけでなく、個人の医療費負担が高いなど、社会保障が欠如している。さらに、糖尿病、高血圧、肥満などの生活習慣病がこの地域の主要な死因となっているなかで、予防的なヘルスケア促進の取り組みも不足している17。こういった公衆衛生・医療分野での取り組みの遅れは、パンデミック下においてこの地域に長期的な影響を及ぼすと予測される(p.40)。
MENA地域で求められる対策
ASDR 2020の中心的なメッセージは、MENA地域の国々が開発に対するアプローチを改め、貧困、経済成長、社会サービス、気候変動と環境、人権、ガバナンス、協働のアプローチによる政策策定に取り組む必要があるというものである。MENA地域の国の政府がアプローチを改めれば、4億人以上の人々がSDGsから恩恵を受けることができるとASDR 2020は締めくくっている。
しかし核心的な問題は、MENA地域のほとんどの国が、国と社会の発展よりも、体制の安定と権力の維持を優先していることにあると思う。MENA地域とその人々がSDGsの恩恵を受けられるようになるには、大きな方向転換が必要なことは明白である。
常に戦争と動乱の脅威にさらされ不安定なMENA地域では、SDGsを達成するための体系的な長期計画を立てることは困難である。紛争を終結させることができれば、戦争に浪費されている資源を持続可能な開発に投じることができよう。MENA地域の政府が経済、社会および政治面の政策立案と実施において、地域の情勢に見合ったより良い選択をすることが、地域全体の混乱からの回復とSDGsの達成に向けた推進力となるはずだが、この転換は容易ではない。飢餓と食料不安を根絶させ、持続可能な社会を作るためには、地域の国々の協力と協働が不可欠である。2030年まで残り10年を切ったなか、かなり大幅な軌道修正や政策の転換をしない限り、MENA地域でSDGsの達成に向けて前進することは難しいだろう。
(ダルウィッシュ ホサム/地域研究センター)
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本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。2022年3月25日 ©日本貿易振興機構アジア経済研究所