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レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.152 ASEANにとってのRCEP

鈴木早苗

2021年11月1日発行

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  • 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の登場、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の締結は、ASEAN諸国のRCEP交渉へのコミットメントを維持する一方、TPP/CPTPPとは質的に異なる自由貿易協定(FTA)としてRCEPを打ち出すインセンティブを与えた。
  • RCEP締結により、ASEAN諸国は、東南アジアという市場の魅力をアピールし、ルールメーカーとしてのASEANの立場を強化する機会ととらえている。

2020年に妥結したRCEPは、ASEANが提案した自由貿易協定(FTA)である。ASEANは、RCEP締結国とすでにFTAを締結していたため、RCEPによる貿易効果は非ASEAN諸国に比べ、大きくない(熊谷・早川2021)。にもかかわらず、ASEAN諸国が長期にわたるRCEP交渉にコミットしたのはなぜか。本稿では、ASEAN諸国の現地新聞をデータにその要因を探るとともに、今後の展望を描く。

ASEANとFTA

ASEAN諸国は、1992年、ASEAN自由貿易地域(AFTA)の形成に合意し、すでにASEAN域内で関税は撤廃されている。その後、通関手続きなどの非関税障壁の撤廃も進められている。ASEANの経済統合は、ASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community)の構築という名のもとに進められている。

ASEANは、密接な関係を構築してきた国々(域外対話国とよばれる)ともFTAを締結してきた。2000年代以降、中国、韓国、日本、豪州・ニュージーランド、インドと結ばれたFTAは、ASEAN+1 FTAとよばれる。また、EUとも加盟各国ごとにFTAを締結することで合意し、2019年時点でシンガポール・EUのFTAが発効、ベトナム・EU FTAが締結されている。

FTA形成の政治的要因としてはさまざまな理論的検討がなされてきた。たとえば、同盟同士など緊密かつ良好な関係をもつ国同士はFTAを形成しやすいというものである(湯川2020)。AFTAはASEAN諸国が政治協力を進め、信頼醸成を構築した結果であるという見方があり(Kim et al 2016: 332)、ASEAN+1 FTAも域外対話国とのFTAであることから、緊密な国家間関係がFTA形成の条件であるという主張をサポートしている。RCEPもASEAN諸国と域外対話国とのFTAであり、メンバーシップの観点からはAFTAやASEAN+1 FTAと同様のことがいえよう。しかし、この観点はFTA形成の条件に重点を置き、形成の動機については多くを語らない。

政策拡散としてのRCEP

FTA形成の動機としてしばしば指摘されるのは、FTAを締結しないことによる競争力低下を懸念して、FTAを締結するといった拡散(diffusion)である(Risse 2016)。つまり、FTAが一つの政策モデルとなって模倣されるという現象がしばしばみられる。とくに、ASEAN+1 FTAの形成は、域外対話国が拡散の影響を受け、ASEANに締結を求めた結果であるとされる(大矢根2016)。

ASEANがRCEPを提案した背景としては、TPPや日中韓FTAが動き始めたことにASEANが危機感を持ったことが指摘されており(助川2019)、拡散の影響がみてとれる。

RCEP提案後もこうした拡散の影響は継続しているだろうか。この問いに答えるため、本稿では、ASEAN5カ国の現地新聞でRCEPがどのように取り上げられているかを探った。現地新聞は、Bangkok Post(タイ)、Jakarta Post(インドネシア)、New Straits Times(マレーシア)、Straits Times(シンガポール)、Philippine Daily Inquirer(フィリピン)である。

現地新聞において、RCEPはTPP/CPTPPを含むさまざまな用語と関連づけて取り上げられていた。図1は、RCEPの交渉が開始された2013年から締結に至る2020年まで、RCEPが登場した記事数(左軸)とその記事のなかでTPP/CPTPPを含む記事の割合(右軸)を示している。

図1 ASEAN5カ国の現地新聞にみるRCEPとTPP/CPTPPとの関連性

図1 ASEAN5カ国の現地新聞にみるRCEPとTPP/CPTPPとの関連性

(出所)筆者作成

まず、RCEPの交渉期間を通じて、TPP/CPTPPに言及されることが少なくなかったことがわかる。つまり、RCEP提案後も拡散の影響は継続していたことが示唆される。とくに、RCEP交渉の前半においては、TPP/CPTPPの言及頻度は高く、TPP/CPTTPの交渉・妥結の動きは、ASEAN諸国がRCEP交渉のモメンタムを維持するのに役立ったと考えられる。ただし、その関連性は、2017年初めのアメリカのTPP離脱以降、低下している。このことから、ASEAN諸国にとって、TPPへの関心は重要なアメリカ市場へのアクセスの問題だったことがわかる。

ASEAN内では、ブルネイ、マレーシア、シンガポール、ベトナムがTPP/CPTPP締結国であり、非締結国のタイやインドネシアが参加の可能性を探っているとの報道もみられた(Jakarta Post, 17 April 2013; Bangkok Post, 21 October 2015)。しかし、実際には、これらの国々は国内産業保護の必要上、参加が難しく、締結国のベトナムなどへの貿易転換効果を恐れる論調が相次いだ(Bangkok Post, 23 November 2015;Jakarta Post, 26 January 2016)。アメリカの離脱が現実的になると、そうした国々もTPPへの関心を低下させ、貿易転換効果などの懸念を表明しなくなり、RCEP締結にいっそう意欲を示す論調に変わっていく(Bangkok Post, 16 November 2016)。

TPPとは異なるRCEP

2017年以降、ASEAN諸国のTPP/CPTPPに対する関心は低下したものの、TPP/CPTPPはRCEP交渉において基準点であり続けた。このことは、実際の交渉過程においてASEAN諸国がどのようなFTAをRCEPに求めたのかを探ることで明らかになった。

RCEP交渉会合の議長を担ったインドネシアのイマン・パンバギョ氏が、非ASEAN交渉国と交渉する際にはASEANは一つの声を持たなければならないと発言したように(Jakarta Post, 27 March 2018)、交渉過程において、自由化レベルや対象にする分野などについて、ASEAN内の意見の食い違いがみられた可能性はある。ASEAN内にTPP/CPTPP締結国と非締結国があることから、そのような違いが出ることは容易に想像できよう。

しかし、ASEAN内よりもASEAN諸国と非ASEAN諸国との食い違いの方がより大きかった。たとえば、知的財産権について、インドとともにASEANは包括的な内容に異議を唱える(Jakarta Post, 2 December 2016)、サービス分野では、域外国は100以上のセクターの市場アクセスを約束するが、ASEAN諸国はそれより少ないといった報道がみられた(Jakarta Post, 1 September 2018)。また、日本とオーストラリアがTPP並みの自由化を望んでいるとの認識が示され(Jakarta Post, 31 May 2018)、イマン・パンバギョ氏も、「RCEPをTPP化するな」と警告している(Jakarta Post, 12 June 2017)。

政治的シグナルの発信

特に、アメリカがTPPを離脱して以降、インドネシアやシンガポールを中心に、RCEPを自由で開かれた経済活動を加速するための道具として政治的にアピールしようという動きがみられるようになる。たとえば、RCEPは最貧国を含む途上国と先進国がともに参加するFTAとして一つのモデルを提供する(Jakarta Post, 20 February 2017)、RCEP締結は、東南アジア地域が経済的に強靭でかつビジネスに開かれたものである点をアピールできるといった論調である(Straits Times, 29 April 2017; 30 June 2018; 2 September 2019)。

ASEAN諸国は、インドの参加を最後まで望んだ。2019年末のインド離脱表明以降、2020年5月には、議長国ベトナムがインド参加を促すパッケージを提示した(Bangkok Post, 19 May 2020)。インド参加がRCEPの経済的な魅力を高めることは明らかだが、インドの利害や意向に多少妥協してでも参加を確保したいというASEANの姿勢は、RCEPをFTAのモデルにするというルールメーカーとしての立場を強化する意向が反映されていると考えられる。

RCEP締結後、次の議題は、RCEP事務局の設置やその機能の整備、RCEP締結国拡大の検討などである。TPP/CPTPP締結国・非締結国という違いはあるものの、近隣諸国が締結国となるRCEPの魅力を維持することは、ASEAN諸国の共通の利害である。RCEPは交渉開始からASEANの意向が強く反映されてきた。そうした経路依存を利用して、新規加入の条件としてASEANとの密接な関係を求めていくことや、RCEPに含まれる経済協力・技術協力の実施をASEANの利害・やり方に沿った形で進めることなどが可能であろう。しかし、RCEP交渉過程でもみられたように域外国の利害はASEANのそれと異なる場合も多い。今後も、ASEANにはルールメーカーとしての立場を強化できるかが試される。

(すずき さなえ/東京大学)

<参考文献>
  • 大矢根聡(2016)「FTA・TPPの政治学」大矢根聡・大西裕編『FTA・TPPの政治学――貿易自由化と安全保障・社会保障』有斐閣。
  • 熊谷聡・早川和伸(2021)「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の経済効果――IDE-GSMによる分析」『アジ研ポリシー・ブリーフ』No. 143。
    https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Reports/AjikenPolicyBrief/143.html, 最終閲覧日2021年10月20日)
  • 助川成也 (2019) 「RCEPと日本の東アジア生産ネットワーク」石川幸一・馬田啓一・清水一史編『アジアの経済統合と保護主義――変わる通商秩序の構図』文眞堂。
  • 湯川拓 (2020) 「東アジア経済統合と安全保障の連関――国際政治学の視点」木村福成編『これからの東アジア――保護主義の台頭とメガFTA』文眞堂。
  • Kim, Soo Yeon, Edward D. Mansfield and Helen V. Milner (2016) “Regional Trade Governance,” in Tanja A. Börzel and Thomas Risse (eds.) The Oxford Handbook of Comparative Regionalism. Oxford: Oxford University Press, pp.323-350.
  • Risse, Thomas (2016) “The Diffusion of Regionalism,” in Tanja A. Börzel and Thomas Risse (eds.) The Oxford Handbook of Comparative Regionalism. Oxford: Oxford University Press, pp.87-108.
*本稿執筆にあたり、アジア経済研究所の佐藤仁志氏から貴重なコメントをいただきました。 この場を借りて御礼申し上げます。

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。