レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.149 新型コロナ禍における特恵関税率の利用

2021年6月17日発行

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  • 日本のRTAパートナー国からの輸入において、2020年度の特恵関税率の利用率は多くの国で80%を超えている。
  • 2019年度から2020年度にかけて、ほとんどすべてのRTAパートナー国において、特恵関税率の利用率は下落していない。
  • しかしながら、この傾向をRTAパートナー国における中小企業支援の必要性を示唆するものと解釈すべきである。

2020年は、新型コロナがすべての人間生活を変えた年であった。世界経済は落ち込み、4月頃には世界の貿易額も急落した。その後、世界貿易は9月頃に前年水準にまで回復したものの、中国やベトナムなど、一部の国を除き、2020年における世界各国のGDP成長率はマイナスとなった。このように世界貿易が減少したのは明白であるが、特恵関税率を利用した貿易が相対的にどのように推移したかは明らかではない。多くの国が2000年以降、地域貿易協定(RTA)のパートナー国を増やし、特恵的な関税を互いに供与しながら貿易を拡大させてきた。そうした「特別」な貿易が、今回のコロナ禍において相対的にどのように変化したかを、日本の輸入を対象として明らかにしたい。

特恵利用率

本レポートでは、特恵対象品目において、総輸入額に占める特恵関税率を利用した輸入額のシェアを計算する。本シェアを特恵利用率と呼ぶこととする。日本の輸入について、2019年までに発効している17のRTAを分析対象とする。さらに、一般特恵関税制度(GSP)を用いた輸入についても特恵輸入としてカウントする。最恵国待遇(MFN)税率よりも低い関税率が利用可能な品目を特恵対象品目と定義するが、よく知られているように、我が国のRTAネットワークは重層的である。例えば、ベトナムからの輸入時には、日越RTAのみならず、日ASEANのRTA、包括的・先進的TPP協定、そしてGSPの4種類の特恵関税制度が利用可能である。そのため、少なくとも1つの特恵関税制度において特恵対象となっている品目を、特恵対象品目とする。貿易に関するデータは、税関貿易統計から入手し、特恵対象品目か否かを判断するための関税率データは、世界貿易機関などによって整備されている「Tariff Analysis Online」(TAO)から入手する。年度ベースの特恵利用率を計算する。

2019年度から2020年度にかけての変化

図1は2020年度の特恵利用率を輸出国別に示している。2019年時点で、46カ国がRTAパートナー国となっており、半分以上の国において、利用率は80%を上回る。90%を上回る国も20カ国近い。このように日本の輸入においては、コロナ禍の2020年度でさえも、十分に高い特恵利用率が観察される。一方、日EUのRTAパートナー国のなかには、50%を下回る利用率の国もわずかであるが存在する。

図2は、2019年度から2020年度にかけての特恵利用率の変化率(パーセント・ポイント)を示している。ポーランド、マレーシア、ペルー、モンゴル、スロベニアの5カ国を除けば、2020年度における特恵利用率は前年度と同水準か、もしくはそれよりも高い。30パーセント・ポイント以上の上昇を示しているブルネイを除けば、日EUのRTAパートナー国で10パーセント・ポイント以上の上昇を示している国が少なくない。つまり、コロナ禍においても、特恵税率を用いた貿易は相対的に増加していることが示されている。

図1. 2020年度における特恵利用率(%)

図1. 2020年度における特恵利用率(%)

(出所)税関貿易統計およびTAOを用いて筆者作成

図2.2019年度から2020年度における特恵利用率の変化(パーセント・ポイント)


図2.2019年度から2020年度における特恵利用率の変化(パーセント・ポイント)

(出所)税関貿易統計およびTAOを用いて筆者作成
新型コロナと特恵利用率

コロナ禍においても、特恵税率を用いた輸入額が相対的に増加していることが示された。概念上、2019年度から2020年度にかけて、少なくとも5つの要因により特恵利用率は変化すると考えられる。最初の3つは特恵利用率の低下要因、残る2つは上昇要因である。第一に、新型コロナ感染予防に伴うサプライヤーの操業停止・縮小などにより、調達先を変更せざるを得ない状況が生まれる。しかしながら調達先が変わると、原産地規則を満たすことが困難になる場合もあろう。これは特恵利用率に対する低下圧力となる。

第二に、新型コロナによる原産地証明書発給機関の業務時間縮小、または輸送遅延により、原産地証明書を適時に入手、提示できないといったことが起こりえる。近年の日本のRTAでは、自己証明制度(自己申告制度)が導入されることが増えている。自己証明制度を利用する場合には、第三者証明制度を利用する場合に比べ、原産地証明書にかかる影響は少ないかもしれない。

さらに、新型コロナ禍における対応策として、原産地証明書の原本の提示が困難な場合、写真コピー、またはスキャンしたものを電子的に提出することが、多くの国で認められた。我が国においても、所定の手続きにより原産地証明書の提出猶予が認められた。これらの対応策によっても、第二の要因による負の影響は緩和されたと推察される。

第三に、新型コロナによる消費機会の縮小や消費マインドの悪化による需要規模の縮小は、各企業の輸出量を減少させ、特恵関税率の利用による関税支払の削減額が減少する。これにより、特恵関税率を利用する手続きコストのほうが高いと感じる企業は、特恵関税率の利用を停止するかもしれない。

第四の要因は、一般に、特恵関税率を利用して輸出する企業は相対的に規模が大きく、また生産性が高いことが知られている。こうした企業は新型コロナによる負のショックにもより柔軟に対応するであろう。すなわち、特恵関税率を利用していない中小企業ほど、新型コロナによる負の影響を受け、輸出額が減少しているかもしれない。この場合、特恵関税率を利用した輸出額が相対的に多くなり、特恵利用率は上昇することになる。

第五に、新型コロナとは無関係な要因として、特恵関税率の段階的低下が挙げられる。とくにまだ発効して間もない、日EUのようなRTAでは、2019年度から2020年度にかけて特恵関税率がさらに低下する品目があり、これは特恵利用率の上昇圧力となる。

以上の要因をもとに2019年度から2020年度にかけての特恵利用率の変化を見ると、特恵利用率が大多数の国で上昇していることから、第一、第二、第三の要因による下落圧力よりも、第四、第五の要因による上昇圧力のほうが大きかったといえる。日EUのRTAパートナー国において特恵利用率の上昇が大きいことは、これらの国で第五の要因が強く働いているのであろう。一方、第四の要因による特恵利用率の上昇は必ずしも望ましくない。とくに、既に特恵関税率の段階的削減がほとんど完了しているRTAパートナー国においては、この第四の要因が強く働いていることが示唆され、輸出国における中小企業支援の必要性を訴えるものと解釈すべきであろう。

謝辞

本稿の草稿段階において、木村福成教授(慶應義塾大学)、椋寛教授(学習院大学)、安藤光代教授(慶應義塾大学)、椎野幸平准教授(拓殖大学)、小島英太郎課長(海外調査部)、伊藤博敏課長(海外調査部)から有益なコメントをいただいた。ここに記して感謝の意を表したい。なお、本稿についての誤り等の責任はすべて筆者に帰するものである。

(はやかわ かずのぶ/JETROバンコク事務所)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。