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アジ研ポリシー・ブリーフ
No.146 人権デューディリジェンスをいかに促すか――日本政府「ビジネスと人権に関する行動計画 (2020-2025)」を活用する
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- 国家の義務として、企業が人権尊重の責任をはたせるよう、効果的な政策措置を。
- 日本企業の人権尊重における役割は、人権保障が不十分な国々、特にアジアにおいて大きい。
- 指導原則は政府、企業、市民社会の共通言語。ステークホルダーとのエンゲージメントにより具体的政策の実施を進めるべきである。
2020年10月日本政府は「ビジネスと人権に関する行動計画 (2020-2025)」(以下NAP)を公表した。策定のコミットメント表明から4年。コロナ危機によって企業の社会的責任への期待が一段と高まるなか、ビジネスと人権に関する国連指導原則(以下指導原則)そしてNAPの重要性は増している。NAPにおいて日本政府は、「その規模、業種等にかかわらず、日本企業が、国際的に認められた人権及びILO宣言に述べられている基本的権利に関する原則を尊重し、指導原則その他の関連する国際的なスタンダードを踏まえ、人権デューディリジェンスのプロセスを導入すること、また、サプライチェーンにおけるものを含むステークホルダーとの対話を行うことを期待」する。企業の人権デューディリジェンス(以下DD )をいかに促すか。いかなる政策が必要なのか。
企業が人権尊重責任をはたせる環境をつくる
指導原則は、国家の義務として、企業が人権尊重の責任を果たせるよう以下のような政策措置をとるべきと規定する。(a)企業に人権尊重を求めることを目的とする、もしくはそのような効果を有する法律を執行すること、定期的に法律の適切性を評価し、ギャップがあればそれに対処すること、(b) 会社法など企業の設立及び事業活動を規律するその他の法律及び政策が、企業に対し人権の尊重を強制するのではなく、できるようにすること、(c) その事業を通じて人権をどのように尊重するか企業に対し実効的な指導を提供すること、(d) 企業は自社が人権に与える影響に、どのように取組んでいるかの情報提供を奨励し、また場合によっては要求することである。
さらに同原則は、国家は、企業が国家の不作為を好み、国家の不作為から利益を得ると推定すべきではなく、企業の人権尊重を助長するため、国内的及び国際的措置、強制的及び自発的な措置を組み合わせたスマートミックスを考えるべきと解説する。
人権DDの義務化を進める欧州
「我々はスマートミックスが自主的な措置のみを意味するために使われているのを頻繁に耳にするが、それは間違いだ。スマートミックスは文字どおりの意味であり、自主的と義務的の組み合わせである」。2019年12月企業の人権DDのEU共通のフレームワークが提起された会議において、指導原則の草案者であるジョン・ラギー氏は義務化を支持した。
指導原則成立から10年となる今年、欧州ではDDの義務化が進む。グリーン・ディールおよびCOVID-19への対応として、サステナブル・コーポレート・ガバナンスの新イニシアティブが提案され、欧州全体のバリューチェーンにおける労働者の権利、人権の尊重、企業の社会的責任を促すため、DDが義務化される。EUは会社法という企業の事業活動を規律する法律で規定することを選択した。DDの義務化は非財務情報開示指令の改正と連動する。
ドイツにおいても、2016年策定のNAPで2020年までに従業員500人超の在ドイツ企業の5割以上が人権DDを自主的導入することが目標とされていたが未達であったため、DDを義務化する法案がこの3月に作成されている。
貿易政策はいかなる市場をつくっていくか
企業に人権尊重を求める、もしくはその効果を有する貿易政策のあり方も様々ある。強制労働や児童労働など人権侵害が関わった製品が自国の市場に入ることを明示的に禁止する法律は、海外のサプライチェーンにおける人権DDを促す政策のひとつである。このような法律を有する国の企業は、どのように行動すべきかが導き出される。
米国は1930年関税法307条において、強制労働や債務労働によって製造された商品の輸入を禁止する。企業に対して責任ある企業行動をとるよう、労働省はサプライチェーン管理のガイダンスを示している。ウイグルに関して国務省、財務省、商務省、国家安全保障省が、企業および個人に対して、人権侵害に関連するレピュテーションリスク、経済リスク、法的リスクについて忠告している。カナダもCUSMAの一環として改正された関税法によって強制労働による製品の輸入を禁止する。外務省および貿易委員会が自国企業およびステークホルダーに対して、強制労働の可能性があるものと関与しているサプライチェーンを有する企業が晒される法的リスクおよびレピュテーションリスクについて指南している。企業は内在するリスクに照らして徹底したDDが不可欠であると忠告する。
2021年2月に公表されたEU新貿易戦略においても、持続可能で責任あるサプライチェーンの確保には、環境、人権、労働に関するDD の義務化が重要な要素であると明記されている。
貿易相手国に対して、現地労働法を国際基準に合致させるよう促すことも、自国企業が当該相手国の取引先を介して人権侵害に関与しないことを確実にする施策である。貿易・通商政策は、どのような貿易や通商を行うことが、どのような市場や社会を創るのか、逆にいえば、どのような市場や社会を創るためにどのような貿易や通商を行うのかという戦略に基づいている。
日本の役割――アジアにおけるリーダーとして
日本企業の役割は、人権保障が不十分な国々、とくにアジアにおいて大きい。日本企業のサプライチェーンが展開するアジアにおいて、日本企業が健全で持続可能性のある活動を行っていくためには、その国における市場が健全で持続可能であることが必要である。そのために、日本企業は、現地法令の遵守を超えて、経営の透明性および説明責任をより高め、コーポレートガバナンスの強化、建設的な労使関係等の実務をその地域におけるビジネスパートナーと共有することができる。説明責任、透明性、法の支配、人権は、健全で持続可能な経済活動の基礎となる要素である。
であるからこそ、それを可能にさせる政策が重要である。日本政府は、企業が個社では軽減、防止できない構造的リスクの除去に取り組むべきあり、他国との協力が不可欠である。例えば、貿易相手国に対して、現地労働法を国際基準に合致させるよう促すことも、自国企業が当該相手国の取引先を介して人権侵害に関与しないことを確実にする施策である。そのためには、日本自体が国際基準の維持・向上に努める義務がある。ILO中核的労働基準のうち、未批准である105号条約(強制労働の廃止)および111号(差別待遇禁止)を早急に批准することが望まれる。未批准は、カントリーリスクとして投資先、取引相手としての日本、日本企業の見られ方に影響する。
まとめ
日本のNAP策定において特筆すべきは、行動計画に係る作業部会に参画していたステークホルダーである経済団体、労働組合、市民社会組織等が共通の要請事項を政府に提出していることである。異なる立場を超えて、人権DDに関する情報開示、ガイドラインの策定、外国人労働者の権利確保、海外における人権課題の解決を図る二国間または多国間の枠組みを通じた対話や制度整備支援などを要請している。行動計画の策定によって、日本において指導原則は政府、企業、市民社会の共通言語になった。企業にステークホルダーとの対話を行うことを期待する政府自身が、NAPの具体的な実施、進捗のモニタリング、さらに効果的な政策のあり方を議論するために、ステークホルダーとのエンゲージメントをさらに強化することが望まれる。
(やまだ みわ/新領域研究センター 法・制度グループ長)
本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。