中東情勢分析シリーズNo.3 中東・北アフリカ地域と気候変動――水不足と食料不足問題

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.145

2021年3月31日発行

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  • 気候変動の食料問題や水不足問題への影響は世界規模で起こっており、水資源の少ない中東・北アフリカ(MENA)地域は気候変動の影響が最も深刻な地域である。
  • MENA地域の水不足問題の要因は、気候変動よりも資源の過剰な採取や政府による長期的な視野に立った資源管理の欠如によるところが大きい。
  • MENA地域の水不足問題の解決のためには、地域特有の要因を明らかにしたうえで、水資源を共有する国家間の協力体制を構築することが急務である。
はじめに――気候変動の深刻化

気候変動の問題は、年々深刻化している。気候変動の影響と地球温暖化はここ10年の間にますます悪化し、化石燃料の燃焼による温室効果ガスの排出や森林伐採などによって地球温暖化に歯止めがかからない状況である。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書でも、地球温暖化については疑う余地がなく、人間の活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の主要因であった可能性が極めて高いと結論づけられている1 。近年は洪水、熱波、大規模な台風や森林火災、集中豪雨、干魃などの災害が世界各地で頻発し、気候変動による食料問題や水資源問題への影響の深刻化に世界中の科学者が警鐘を鳴らしている。

世界気象機関(WMO)によれば、2011年から2020年の10年間は、観測史上最も温暖な10年だった2 。2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための国際枠組みであるパリ協定では、世界共通の長期目標として世界の平均気温上昇を2℃より低く、1.5℃に抑える努力を追求することが掲げられている。WMOや国連気候変動枠組条約(UNFCCC)によれば、現在この目標を達成できる状況になく、このままでは世界の平均気温は3から5℃も上昇する見通しだ3 。気候変動問題の深刻化を受けて、日本を含む多くの国々が気候変動への取り組みを掲げている。2020年11月には菅総理大臣がG20サミットにおいて、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする「カーボン・ニュートラル」の実現を目指すことを表明し、脱炭素社会の実現に向けて国際社会を主導していくと述べている。

中東・北アフリカ地域の気候変動の影響

気候変動の影響は地球規模のものであり、中東・北アフリカ地域(以下、MENA地域)も例外なくその影響を受けている。河川や人工貯水池が少なく、水不足が重大な問題となっているMENA地域は、気候変動の影響を最も深刻に被る地域である。MENA地域の人口は世界人口の6.3%だが、世界の再生利用な水資源の1.4%にしかアクセスできない。いくつかの居住区は、そう遠くない2100年には居住不可能になるという研究もある4 。これはそれ自体が移住を促進し、MENA地域におけるさらなる政治的混乱や紛争の引き金にもなりかねない。

MENA地域は降水量の減少、気温上昇、干魃、水と食料の不足、海面上昇といった気候変動がもたらす様々な問題の影響が深刻であるうえ、食料をグローバルな食料供給チェーンに依存しているため、食料の持続的な確保も不安定である。世界的な食料供給や食料価格の変動が直かに影響するのだ。2007-08年の世界的な食料危機の際には、エジプトをはじめ各国で暴動が起き、社会不安につながった。国連食糧農業機関(FAO)は、アラブ諸国の5500万人近く(総人口の13.2%)が食料不足状態にあり、特に紛争の影響が大きいイラク、ソマリア、シリア、スーダン、イエメンで状況が深刻であると警告している5 。そのなかでもシリアとイエメンは、紛争の長期化、食料価格の高騰、新型コロナウイルスの感染拡大により、特に飢餓状態に陥るリスクが高い国である。

気候変動に関する様々な問題や議論の中心にあるのが、「水・食料・エネルギー連環」(Water-Food-Energy Nexus)だ。これは、三つの資源のつながりを一つのシステムと捉えるアプローチである。2008年の世界経済フォーラムでも、持続可能な開発の中心に「水・食料・エネルギー連環」が据えられた。政府が土地、水、エネルギーを効率的に管理・活用し、持続可能な成長へと導くためのガバナンスが重要であるが、MENA地域ではこれが欠如している。

上述のように、気候変動が食料や水不足問題にもたらす影響は甚大である。しかしMENA地域に関してみると、水不足や食料危機の問題は気候変動の影響よりも、実は資源管理とガバナンスの欠如や非持続的な天然資源の採取による影響の方が大きい。MENA地域では特に、人口の急増、急速な都市化、食習慣の変化、経済成長などにより、水・食料・エネルギーのすべてに対する需要が急増している。数十世紀にわたって地域の人々の暮らしを支えてきた生態系バランスが、ここ60年間の人口急増、持続不可能な農業開発、水資源の過剰利用によって崩壊しているのだ。

MENA地域における水不足と食料不足問題

MENA地域では1950年代から、短期的な政治判断や政策で食料不足問題を解決しようとし、これが水資源の過剰利用につながってきた。地下水の使用に関する政策は、短期的な農作物の生産拡大を目指すものだった。またモーター式ポンプや掘削の技術が発展し、地下水へのアクセスが可能となったことも水資源の採取をさらに加速させた。これらの短期的な政策が、地域の水保有量に大きな影響を及ぼすことになる。

例えばサウジアラビアでは、1970年代に政府が補助金を出し、砂漠での灌漑を推進した。これにより地下水を汲み上げることが許可され、砂漠で酪農と食肉産業に必要な穀物やアルファルファの干し草などの栽培が行われた。砂漠での人工的な灌漑農業により、サウジアラビアは1984年には小麦の輸出国になった。しかし水資源はすぐに枯渇し、サウジアラビア政府は砂漠での灌漑事業から撤退した6 。サウジアラビアだけでなく、MENA地域では灌漑用の地下水の過剰汲み上げや乱用によって帯水層が枯渇し、井戸は干上がってしまった。西はモロッコから東はイランに至るまで、MENA地域の国々は地下水資源の減少に直面している。この主な原因は、地下水涵養をはるかに超えるスピードで地下水の汲み上げが行われていることで、例えばヨルダンでは地下水涵養の2倍の水が汲み上げられている。

降水量も少なく、河川など水資源へのアクセスも限られているMENA地域では、農業用水に地下水は欠かせないが、政府の管理体制や水利用計画の欠如によって水資源は枯渇状態にある。つまり、MENA地域における水不足の要因は、気候変動よりも人的な要因によるところが大きいのだ。

地下水資源がどこにどれだけあるかを正確に観測するのは難しく、水資源を利用できる期間を予測することも困難である。地下水がどの程度あるかについて知識の乏しい政府は、将来の結果を十分に考慮することなく、短期的な用途のために地下水を汲み上げ、灌漑農業を拡大し、農作物の収穫量を増やそうとしてきた。実際MENA地域では、水資源の85%が農業に使用されている。さらにこの地域では伝統的な湛水灌漑が行われ、栽培しているものも小麦やとうもろこしといった多量の水を必要とする作物が多い。水資源の大部分を農業に費やしているにもかかわらず、MENA地域は世界で最も食料自給率が低く、食料を輸入に頼っている。さらに、水資源への負荷がかかることで、砂漠化も進行している。地方部で資源の枯渇によって生活の維持が困難になり、都市部への人口流入が進んでいる一方で、都市部での資源も不足する事態に陥っている。

さらに、人口の急激な増加、そのうえ、水資源の限られている湾岸諸国でより多くの乳製品と肉を消費するようになったことで、水資源への負荷が大きくなり、食料輸入への依存も高まっている。人口増加によって水と食料の需要が高まることは明白であり、特に農作物や食肉の生産にさらに多くの水が必要になる。また、人口の増加と都市化は水供給に負荷をかけ、これが人々の暮らし、健康と安全を脅かすことにつながるのだ。

おわりに

MENA地域における水不足と食料不足問題には、気候変動、人口増加、ガバナンスの欠如、武力紛争、水資源を共有する国家間の協力の欠如など、多様な要因が影響を及ぼしている。MENA地域の人口は2050年まで倍増すると予測されており、これは水需要の増加を意味する。気候変動の影響を考慮せずとも、人口増加という要因だけで今世紀の半ばまでに一人当たりの使用可能水量が減少することは明白である。また、水資源の汚染も深刻で、これも農業や飲料水として利用可能な水資源の量に影響している。

さらに、MENA地域では紛争などの不安定化要因もあり、これが水関連施設の管理を困難にしている。MENA地域の河川などの水資源は複数の国にまたがっているが、国家間の水資源管理の協力のための原則はないに等しく、ナイル川やヤルムーク川の例で見られるように、上流国は下流国のニーズを考慮せずに水資源を利用している。

MENA地域において最も水資源が使われているのは農業である。水不足と食料不足問題に向き合うためには、農業での水利用を見直すことが必要だ。より少量の水で生産可能な食物や品種に変えるなどの対策が求められている。さらに点滴灌漑の導入、農業用水の再利用、水資源の管理体制の見直し、武力紛争の終結に向けた努力など、取り組むべき課題は山積している。  MENA地域の水不足は単純な自然現象として起こっているのではない。人口の急激な増加と長年にわたる資源の不適切な管理によって引き起こされているのである。短期的な政策とガバナンスの欠如によって、過剰かつ急激な農業開発と地下水資源の過剰採取が行われたことが直接的に水不足問題につながっている。また、政府の補助によって水使用料が安く抑えられていること、地域的な水資源管理体制がないこと、緊急性のある問題であるという一般的認識が欠落していることも、問題解決を難しくしている。

MENA地域では、長年にわたる紛争と政治的情勢への不安から、政権の安定と安全が水の安全保障よりも優位に位置付けられ、水問題、食料問題、それに付随する多様な問題への対応がさほど重視されていないのが実情である。気候変動による水と食料問題は世界規模で起こっているが、特にMENA地域でこの問題に向き合い、改善策を考えるためには、問題の背景にある地域特有の要因を解決していくこと、そして水資源を共有する国家間の協力体制を構築することが何よりも重要である。

  1. Core Writing Team, Rajendra KP. "Climate change 2014: Synthesis report," Contribution of working groups I, II and III to the fifth assessment report of the intergovernmental panel on climate change 27 (2014): 408.
  2. "2020 closes a decade of exceptional heat," World Meteorological Organization” (24 December 2020): https://shar.es/aoKNHD (アクセス日: 2021年1月9日)
  3. "The world is on track to warm by 3 degrees Celsius," World Economic Forum (10 December 2020): https://www.weforum.org/agenda/2020/12/global-emissions-record-covid19-green-stimulus/ (アクセス日: 2021年1月20日)
  4. Pal JS, Eltahir EA. "Future temperature in southwest Asia projected to exceed a threshold for human adaptability," Nature Climate Change (2016 February) 6 (2):197-200.
  5. "Regional overview of food security and nutrition: Rethinking Food Systems for Healthy Diets and Improved Nutrition," Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO) (2018): https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/sofi_nen_2019.pdf (アクセス日: 2021年2月1日)
  6. Elhadj, Elie. "Camels don’t fly, deserts don’t bloom: An assessment of Saudi Arabia’s experiment in desert agriculture." Occasional paper, 48.6 (2004), School of Oriental and African Studies (SOAS), King’s College London, University of London.

(ダルウィッシュ ホサム/ 地域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。