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中東情勢分析シリーズNo.2 湾岸アラブ諸国の食料問題と食料安全保障

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.144

2021年3月31日発行

PDF (771KB)

  • 食料生産に不向きな気候条件を持つ湾岸アラブ諸国にとって、食料安全保障は長年の課題である。
  • 湾岸アラブ諸国の食料安全保障上の最大の懸念材料は、周辺諸国の不安定性である。
  • 日本は、食品の品質管理・向上や食品サプライチェーンへの投資などの面で貢献できる。

湾岸アラブ諸国は、食料生産に不向きな地理的環境と急速な人口増加に伴う食料需要の増大に対応するため、国内における食料生産の拡大と海外からの安定的な食料調達に取り組んできた。本稿では、湾岸アラブ諸国の食料問題と食料安全保障政策について整理する1

湾岸アラブ諸国の食料問題

湾岸アラブ諸国を含め、多くの発展途上国は食料安全保障の問題に直面している。この背景には急速な人口増加や食料調達の困難さがある。また、食料価格の高騰は、途上国にとってさらに食料へのアクセスを困難にする。途上国の人口増加やバイオエタノールに対する需要増加などを要因として、2007-08年に穀物の国際価格が高騰した際には、湾岸アラブ諸国も食料確保のための農地開拓や輸入先の確保に乗り出したが、食料価格は長期的なトレンドでも上昇傾向にある(図1)。国連食糧農業機関(FAO)によると、国際食料価格は2020年12月に6年ぶりに高水準に上昇し、2021年に入っても値上がりが続く可能性が高いと報告されている2

アラビア半島は、多くの地域が乾燥気候の下にあり淡水資源も限られているため、耕作に適した土地が希少である。FAOの統計によると、湾岸アラブ諸国で最も広大な耕作可能面積を有するサウジアラビアでも362万haで、国土面積の1.7%に過ぎず、成長する国内人口の食料を確保するには不十分である。

また、湾岸アラブ諸国の急速な人口増加とそれに伴う食料需要の増大は、この地域の食料自給をさらに難しくしている。湾岸アラブ諸国の人口は、2018-23年の5年間に年平均2.3%で成長し、2023年には6340万人に達するとされている。それに伴い、湾岸アラブ諸国の食品需要は、2018-23年に年平均3.3%増大すると予想される3。国内人口の増加と同時に、国民生活の質の向上は食料需要の質も変化させ、近年、生活習慣病の蔓延が問題になっており、国民の健康意識も高まっている。


図1 国際食料価格の推移(ドル、2010年を100)

図1 国際食料価格の推移(ドル、2010年を100)

(出所)World Bank Commodity Price Data

他方で湾岸アラブ諸国は食料の総消費量の約85%を海外からの輸入に頼っているため、周辺の農産物輸入相手国の安定と陸上・海上のロジスティックスの確保は、食料安全保障上、重要な問題となる。近年でも、シリア内戦(2011年以降)やカタル断交(2017-21年)などによる貿易相手国の大幅な転換、イランによるペルシャ湾封鎖の危惧やイエメン紛争の長期化に伴うバーブ・アル・マンデブ海峡のリスク増加など、物流経路の変更を迫られることが多い。

湾岸アラブ諸国の食料安全保障政策

湾岸アラブ諸国は、国内の食料需要の増加と限られた農業生産能力を認識し、経済開発計画のうえでも食料安全保障を重要な問題として捉えてきた。UAEでは2018年11月に「食料安全保障のための国家戦略 2051」、カタルにおいても2018年に「国家食料安全保障戦略 2018-23」を策定し、食料安全保障を重点課題としてきた。

湾岸アラブ諸国では、大規模な灌漑設備を整備し乾燥地でも可能な限り農地を開拓してきた。また、近年では植物工場企業の展開も見られる。UAEでは、屋内型施設でバジルなどの各種ハーブが栽培されており、主に国内のスーパーマーケットに供給され、高所得者層を主要なターゲットとしている4。こうした国内における農業生産の拡大は一定の成果を収め、湾岸アラブ諸国の国内食料生産量は、2011-16年で年平均2.8%の増加を見せた(Alpen Capital, 2019)。

国内食料生産の不足分を補填するためには、海外からの食料調達を拡大させる必要がある。湾岸アラブ諸国の食料品の純輸入量は2011-16年の6年間に5.2%増加している。

また外交関係が大きく変動した場合には、食料調達手段も大きく転換せざるを得ない。サウジアラビアがカタルの唯一の陸路であるサルワ国境ゲートを閉鎖した際には、このゲート経由の食料供給の38%が断たれた。封鎖発効2日後には、トルコ語ラベルの乳製品と鶏肉がカタルのスーパーマーケットの棚に陳列されるようになり、イランも空路・海路を通じて約440トンの食料品・物資をカタルに送り、封鎖が解除されるまでこれらの出荷を続けると発表した5。2017年11月には、カタルはイラン、トルコとの間で三国間の貿易を促進することを目的とした輸送協定に署名し、食料品の確保は担保された。

加えて湾岸アラブ諸国は、アフリカなどの海外農地に対する投資を進めてきた(表1)。例えば、ケニアの総土地面積5800万ha(耕作地は約10%)のうち、カナダが最大の投資国で16万haの農地を取得しているが、サウジアラビアの4万ha、UAEの200haがそれに続く6

表1  GCC諸国による海外土地取得状況(2021年1月時点、契約済み)

表1 GCC諸国による海外土地取得状況

(出所)The Land Matrixデータより筆者作成
まとめ

食料生産に不向きな気候条件を備える湾岸アラブ諸国にとって、食料安全保障は長年の課題であった。近年では、植物工場企業など近代的な農業設備による食料増産の動きも見られるが、国内生産は期待したほどの成果を挙げていない。食料需要の大半を輸入に依存する構造は大きく変わっていない。また、2000年代後半以降、サウジアラビアやUAEは、海外農地の開発に積極的に取り組んできたが、食料調達の拡大のためにはさらなる時間と投資が必要である。

湾岸アラブ諸国の食料安全保障上の最大の懸念材料は、周辺地域の不安定性である。対イラン経済制裁やイエメン・レバント諸国の政情不安による食料供給元へのダメージやロジスティックスの途絶、また、湾岸アラブ諸国間の外交関係の悪化は、湾岸アラブ諸国の食料調達に深刻なダメージを与える。

日本は、湾岸アラブ諸国の食料安全保障に対して、農業支援や食料輸出などの直接的な支援だけでなく、食品の品質管理・向上や食品サプライチェーンへの投資などの面でも貢献することができよう。 

  1. 本稿は、齋藤純(2021)「〔研究レポート〕湾岸アラブ諸国の食料安全保障政策」日本国際問題研究所、を加筆修正したものである。
  2. Bloomberg, "Global Food Prices at Six-Year High Are Set to Keep On Climbing," January 7, 2021.(2021年3月26日アクセス)
  3. Alpen Capital. (2019). "GCC Food Industry," Alpen Capital.
  4. 齋藤純(2019)「アラブ首長国連邦の農業政策と海外農業投資」『中東レビュー』Vol.6, pp.23–26.
  5. Amery, H. A. (2019). "Food Security in Qatar: Threats and Opportunities," Gulf Insights Series No. 7.
  6. Land Matrix. (2020). "Large-Scale Land Acquisitions in Kenya."

(さいとう じゅん/地域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。