東南・南アジアの重層的地域協力の展開――BIMSTECを中心に
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.92
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- これまでミッシング・リンクであったミャンマーの民主化や対外開放が進んだことで、東南アジアと南アジアを連結する地域協力機構であるBIMSTECに活性化の兆し
- 越境組織犯罪対策など連結性向上の負の側面への対応も焦点
アジアのグローバリゼーションのひとつの特色は、さまざまな「地域」を単位とする地域協力枠組みが重層的に形成され、相互に補完的に利用されていることである。ASEAN(東南アジア諸国連合)、SAARC(南アジア地域協力連合)といった各地域全体を包摂する組織がある一方、GMS(Greater Mekong Subregion)などサブリージョナルな枠組みが入れ子状に組織されており、それが相互補完的に機能することも多い。本稿で取り上げる「環ベンガル湾多分野経済技術協力」(Bay of Bengal Multi-Sectoral Economic and Technical Cooperation: BIMSTEC)は、東南アジアと南アジアという2つの経済圏をまたいで組織されたサブリージョナルな枠組みである点が特徴的である。
BIMSTECが創設されたのは、さまざまな地域協力枠組みが叢生する1990年代のことである。1997年のバンコク宣言によってバングラデシュ、インド、スリランカ、タイの4カ国の経済協力(BIST-EC)イニシアティブとして発足した。同年にミャンマーの加盟が認められたほか、2004年にネパール、ブータンが加わり名称が現在のBIMSTECへ変更された。BIMSTECは、ASEANを含む東アジアとの関係強化を狙ったインドのルックイースト政策(現政権ではアクト・イースト)と成長するインドとの関係強化を狙ったタイのルックウェスト政策がうまくかみ合ったものである。両国が現在もBIMSTECのイニシアティブをとっている。
BIMSTECの組織としては、首脳会議、閣僚会議、高級官僚会議などがある。首脳会議がこれまでに3回(2004年、2008年、2014年)開催されたほか、毎年とはいかないものの外相会議が継続的に開催されている。BIMSTECを通じた会議外交は地道に続けられてきたが、目に見える成果が上がっているとは言い難い。たとえば、2004年に枠組み合意されたBIMSTEC域内のFTAについては、貿易交渉委員会で議論が続けられ、2014年の首脳会議では同年中の締結に言及されたものの、現在も成立していない。すでにASEAN=インドFTAなどBIMSTECの加盟国を含む二国間または地域的なFTAの締結が進み、BIMSTEC枠内でのFTA交渉の優先度が低くなったことや、最貧国への配慮などがその理由だ。
東南アジアと南アジアという2つの経済圏の連結性向上のためのインフラ整備など経済協力の拡大への期待と関心が高まっていることもあり、BIMSTECの活動が活発化する兆しがある。BIMSTEC諸国は東南アジアと南アジアはもちろんのこと、中国とも結びつける。そうしたポテンシャルがようやく具体化する動きが出てきた理由には、ミャンマーにおける民主化と経済改革の進展がある。インド北東部やバングラデシュと国境を接するミャンマーは両地域のいわば結節点であって、軍政期はボトルネックとなっていた。ミャンマーの変化によって、ハイウェイ整備などインフラ整備の現実性を増してきた。
2014年の首脳会議を受けて、BIMSTECの機能強化が進んできたことも活性化の理由である。2015年にダッカにBIMSTECの常設事務局が設置され、初代事務総長にスリランカ外交官が任命された。また、各国のシンクタンクのネットワーク(BIMSTEC Network of Policy Think Tanks)も組織され、学術的な知見を活用する仕組みも整えられつつある。
2016年11月には、インドで開催されたBRICS首脳会議にBIMSTEC首脳を招聘したBRICS―BIMSTEC Outreach Summitが開催された。インド・パキスタン間で紛争のあるカシミール地域で2016年9月に大規模なテロがあり、パキスタンで予定されていたSAARC首脳会議が延期されたほか、インド政府はBRICS首脳会議にSAARCではなく、BIMSTECの首脳を呼ぶことに急遽変更した。結果として、東アジアとの連結性向上へのインドの関心の強さを示すものとなった。
インフラ整備以外の制度基盤も課題に
BIMSTECの協力分野は、貿易・投資、運輸・通信、観光、漁業、技術、エネルギー、農業、文化協力、環境・災害管理、公衆衛生、人と人とのコンタクト、貧困削減、反テロ・越境犯罪、気候変動の14分野である。BIMSTECは、「加盟国主導」(member-driven)を謳い、その活動を生産的で意義なものにするのは加盟国の責任だとする。各協力分野はいずれか1国がリーダーとなるが、その活動は担当国のリソースや事情に左右される面もある。
連結性向上に向けた道路、鉄道などインフラ整備はすでに動きつつある。開発の青写真としては、2007年にADBによってまとめられた輸送インフラ・ロジスティクス調査(BIMSTEC Transport Infrastructure and Logistics Study: BTILS)があるほか、国際機関等による調査や提言が行われている。また、ミャンマーの天然ガスやネパールの水力発電などエネルギー分野の協力も関心が高く、域内のエネルギー取引や電力網の整備が提言されている。
近年で活動の成果が出てきた分野として、「テロ対策・越境犯罪」がある。グローバリゼーションや人の移動の活性化がもたらす負の側面であると言えよう。国際テロ、越境的組織犯罪・違法薬物取引対策条約(BIMSTEC Convention on Cooperation in Combating International Terrorism, Transnational Organized Crime and Illicit Drug Trafficking)が署名された。また、刑事相互協力協定(BIMSTEC Convention on Mutual Assistance in Criminal Matters)の起草も終わり、近い将来の署名が予定される。
2017年にBIMSTECは創設から20周年を迎える。ネパールで開催予定の第4回首脳会談では、従来よりも積極的な協力に踏み込んでいけるか否かが問われるだろう。
インド主導で先行するBBINの連結性改善
BIMSTECをみていく上で、インドを中心とするBBIN協力にも着目していく必要がある。BBINとは、バングラデシュ、ブータン、インド、ネパール4国で1996年に開始したイニシアティブである。BIMSTECはBBINにスリランカ、タイ、ミャンマーを加えたものであり、インドからみると、外交ツールとしてのBBINの延長線上にBIMSTECがあることになる。BBINではインド主導で近年連結性向上に向けた画期的な合意が成立した。2015年6月に署名された自動車の乗り入れを相互に認めるため、規制についての基本枠組みを定める「自動車協定」(BBIN Motor Vehicle Agreement: MVA)である。もともとインドは国境を越えたMVAをSAARC首脳会議で提案したが、パキスタンがこれを拒否したため、BBINの4カ国で先行することとなったものである。ブータン議会で否決されるなど当初の想定通りには進んでいないが、北東インドとバングラデシュを結ぶ試験的なカーゴ輸送が行われるなど、実現に向けた模索が始まっている。今後、BIMSTECでもMVAを議論していくことが2016年10月のBIMSTEC首脳の声明のなかで示されており、今後の注目点である。
まとめ
これまで我が国においては東南アジア、とくにメコン地域における連結性向上により多くの注目が集まってきたが、今後、陸路および海路を含む東南アジアと南アジアの連結性向上に向けた協力案件の実施が加速することが予想される。その際には、メコン地域協力の経験も大事であるが、インドがBBINなどの枠組みで進める協力の深化の動きもおさえていく必要がある。
また、道路や港湾などインフラ整備が大きな課題となっていることは言うまでもないが、それと同時にソフトないしは制度面での連結性向上が大きな鍵となる。越境的な組織犯罪対策など連結性向上の負の側面への対応も必要である。
(いまいずみ しんや/ジェトロ・アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員)
本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。