責任あるサプライチェーン 日本企業はいかに自らを語れるか

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.70

2016年8月1日発行
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  • 「責任あるサプライチェーン」は世界の消費者、企業、政府の関心事である。
  • EU、米国は「ビジネスと指導原則に関する国連指導原則」を実行する‘スマートミックス’をNAPにて具体化しつつある。
  • コンプライアンス思考の日本企業は、各国で求められるサプライチェーンにおけるデュー・ディリ・ジェンスの情報開示の規制に対応するため、自らを説明できる市場競争力をつける必要がある。



2015年6月、G7エルマウ・サミット首脳宣言において、重点的に取り組むべき政策課題のひとつとして、「責任あるサプライチェーン」が挙げられた。同宣言は、G7各国は「ビジネスと人権に関する国連指導原則」を強く支持し、民間部門が人権に関するデュー・ディリジェンスを履行することを要請すると明言された。これは、先進国政府間の協議の場において、民間部門のサプライチェーンのあり方が言及され、それに対して政府としての支援が必要であることが明記されたものであり、グローバルビジネスにおける、そして日本のビジネスにおける実務のあり方へのインプリケーションは大きい。

「我々(G7各国)は、透明性の向上、リスクの特定と予防の促進及び苦情処理メカニズムの強化によってより良い労働条件を促進するために行動する。我々は、持続可能なサプライチェーンを促進し、ベスト・プラクティスを奨励する、政府及び企業の共同責任を認識する」と明記され、さらに「我々は、サプライチェーンの透明性及び説明責任を向上させるため、我々の国で活動し又はそこに本拠を置く企業に対し、例えば自発的なデュー・ディリジェンス計画又はガイドなど、そのサプライチェーンに関するデュー・ディリジェンスの手続を実施するよう奨励する」と宣言している。

この宣言に表れているように、「責任あるサプライチェーン」は、世界の消費者、企業、政府の関心事である。製品やサービスがどのような原材料からどのように生産され、どのような流通過程を経たのか、そのチェーンの中でどのような人権課題があるのか、世界の消費者、取引先、投資家が着目する先にもちろん日本企業がある。

人権デュー・ディリジェンスの開示
サプライチェーンの自主的監査については、例えば米国カルフォルニア州サプライチェーンにおける透明性に関する法律(Transparency in Supply Chain Act)や、英国現代奴隷法(Modern Slavery Act)がある。英国現代奴隷法では、一定の売上以上の商品やサービスのサプライヤーに対し、そのサプライチェーン及びそのビジネスの一端において、奴隷及び人身取引が起きないようにどのような措置をとっているかを毎年の会計年度終了時に公表することを求めている。

また2014年6月、強制労働を禁止するILO第29号条約の議定書と同時に出された「強制労働の実効的廃止のための補足的な措置に関する勧告」では、「強制労働を廃止するための条約に基づく義務の実行において、使用者および企業がその事業又は製品、サービス、若しくは直接的に関連する事業における強制労働のリスクを特定し、防止し、軽減し、それに対処する方法を説明する実行的な措置をとるための指針及びサポートの提供」を加盟国は講じるべきと勧告している。つまり、企業の自主的プライチェーン監査に対し、政府による支援を求めているのだ。

このように世界各地でサプライチェーンにおけるデュー・ディリジェンスの情報開示が求められている中で、日本企業は自社のビジネスが関わるそれぞれの規制に対応することを迫られている。デュー・ディリジェンスに関する情報開示は、企業に自らを説明し、語ることを要請している。日本企業はその「語る力」を向上させなければ、国際市場、外国の政府調達において不利な立場に置かれる可能性がある。

「ビジネスと人権に関する国連指導原則」を巡る動向
ビジネスと人権に関する国連指導原則が採択された翌年から、この指導原則をいかに実行していくかを議論する、国連ビジネスと人権フォーラム(United Nations Forum on Business and Human Rights)が、国連ジュネーブ事務局で毎年開催されている。2015年11月16—18日に行われた第4回フォーラムにおいては、指導原則がISO、GRI、UNGCなど他の国際的フレームワークや実務に取り込まれている現状や、指導原則がどのように具体的な効果を発揮しているのか、それをどのように測るか、ILOの法制度指標による労働市場へのインパクト調査なども報告された。さらには、企業がそのサプライチェーンにおいて人権デュー・ディリジェンスに取り組む一方、政府調達における人権デュー・ディリジェンスのあり方として、米国連邦政府の政府調達規則についての説明や、それに対する電子産業界の取り組み、そして英国現代奴隷法や米国カリフォルニア州サプライチェーン透明性法などの影響も議論された。

当該フォーラムにおける最大の議論は、この指導原則よりも法的拘束力をもった国際条約をつくるべきとの主張にどう応えるかということである。指導原則はあくまで原則に過ぎず、企業は法規制がなければ何もしようとしないとの考えの下、多国籍企業の行動を規制するために法的拘束力のある国際条約が必要であるとの主張は、途上国そして国際NGOから根強くある。

2014年6月、国連人権理事会において、エクアドル、南アフリカ政府によって提出された、多国籍企業を規制するために法的拘束力をもつ文書の作成を目的とする政府間ワーキンググループの新設を求める決議が、賛成20、反対14、棄権13で可決され、この決議を受けて2015年には法的拘束力のある国際文書案について議論するワーキンググループの初会合が開かれた。多国籍企業を規制する法的拘束力をもつ新たな国際条約が必要であるという主張に、ビジネス界は大きな懸念を抱いている。

NAPに見る各国の戦略的政策
したがって、当該フォーラムにおけるメインテーマのもうひとつは、指導原則に従って、各国政府が立案し執行する政策文書である「ビジネスと人権に関する政府行動計画」(NAP)である。各国のNAPによって指導原則の有効性が明らかになれば、法的拘束力をもった条約起草の動きを牽制できるからである。2013年に英国が世界に先駆けてNAPを公表し、EU加盟国はCSRに関するEU新戦略で示されたように、オランダ、デンマーク、フィンランドなどが発表している。2014年の人権理事会での上記の決議の直後に米国が、そしてドイツがNAP作成のコミットメントを表明したことは、指導原則の有効性を支持する意味がある。

米国国務省はすでに2013年に「ビジネスと人権に対する米国政府のアプローチ」を公表しており、そのアプローチは、「米国企業の利益をサポートし、この課題に取り組んでいる国際機関の効率性を強化し、世界中の人々の人権を促進することにある」と謳っている。そこでは、ビジネスと人権双方に関わる米国の法律(ドッド・フランク法や人身取引被害者保護法など)、規則(責任ある投資のためのビルマに関する報告義務や政府調達における児童労働、強制労働によらない製品の調達を定めたExecutive Order 13126など)、政策の例を紹介しながら、米国政府がどのようにビジネスと人権にアプローチしているか、そして米国企業がグローバルな展開において人権を尊重するために知るべきことを示している。このアプローチをふまえて、さらに国連指導原則およびOECD多国籍企業指針に合致する、「責任あるビジネス行動に関する国家行動計画」を作成すると2014年9月にオバマ大統領は宣言し、米国内で企業、市民組織団体、アカデミアなどとのマルチステークホルダーとのダイアログが行われ、草案された行動計画は2016年中に公表される予定である。またドイツは、2016年7月にドラフトを公表し議論が重ねられている。

ビジネスと人権の指導原則の枠組みを提唱したラギー博士のいうスマートミックスをどのような具体的な形にするか、自国企業の競争力強化にいかにつなげていくか、例えば、2017年から開始されるEUによる非財務情報開示指令のもとEU各国で模索が続いている。日本企業はこれら各国で求められるサプライチェーンにおけるデュー・ディリジェンスの情報開示の規制に各々対応しなければならず、コンプライアンス思考の日本企業は自らを説明するできる市場競争力をつける必要がある。

(やまだ みわ/新領域研究センター 法・制度研究 グループ長)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。