広東省珠江デルタと東西北地域間の経済格差縮小に向けた政策提言(II)

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.59

丸屋豊二郎
2015年6月3日発行

本共同研究プロジェクトは、2009年にジェトロと広東省政府との間で締結された覚書における協力内容の中核事業に位置付けられている。2014年度は、広東省政府からの要請に従い、広東省の東西両翼北部と珠江デルタとの経済格差縮小を研究テーマとした。

本稿では、研究プロジェクトの最終成果の後半部分を紹介する。まず、ヒアリング調査による「広東省地域への日系企業の進出動機の類型化と事業再編」や「広東省における民間企業の構造転換と高度化の動向についての分析」と題する政策提言を説明し、最後に、日本の経験から得られた知見による「クモの巣型・鉄道主導6次産業クラスター形成の提案」を紹介する。

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  • 広東省の東西北地域に日系企業が工場を増設する際、一極集中生産リスクの回避、労務コストの削減、労働力の安定的確保、珠江デルタ地域の既存工場との物流上のアクセスが鍵となる。
  • 東西北地域でのサポーティングインダストリーや新市場開拓の優位性を高めるため、サポーティングインダストリーの整備を政策的に実施する必要がある。
  • 日本では、クモの巣状の鉄道網が中心地域の経済繁栄の維持と周辺への波及を可能にした。広東省でも文化や環境の維持・強化を前提に鉄道網整備を通じた食・農・観光産業の6次産業クラスター形成による経済成長が有用である。



広東省後進地域への日系企業の進出動機の類型化と事業再編
広東省内の東西北地域に進出する日系企業47社(うち46社が製造業)の地域分布と特徴、進出動機の類型化および投資環境上の課題と今後の投資に対する見方を整理した結果、同地域に進出する日系製造業の進出動機は、原料立地、合弁相手との関係、華人ネットワークの活用、珠江デルタ地域の環境規制の回避などであった。

特に近年は、珠江デルタ地域の工場での製造を補完するために、東西北地域に工場を増設(珠江デルタ・プラスワン)するケースが増加している。工場を東西北地域に増設する際の日系企業の検討事項は、一極集中生産リスクの回避、労務コストの削減、労働力の安定的確保、珠江デルタ地域の既存工場との物流上のアクセスなどである。

東西北地域の各市政府としては、珠江デルタ地域などの日系企業が抱える課題を緩和させる投資環境の整備が重要となる。そのため、上記の検討事項のほか、企業の将来ニーズに合わせたレンタル工場の紹介や地元政府の優遇や進出後のサービス、地域内の原料および地元の集団所有制企業、勢いのある民営企業の情報提供などが必要であろう。

広東省における民間企業の構造転換と高度化の動向
広東省における民間企業の構造転換と産業高度化の動きをマクロ的にみると、広東省では2000年代以降、顕著な産業構造の高度化を経験している。

労働集約的産業の全国シェアが低下し、技術集約的産業の全国シェアが拡大してきた。広東省の産業は主に珠江デルタ地域に立地しており、技術集約的産業ほどこの傾向が強い。近年、一定規模以上の企業に関して、珠江デルタ地域での生産高シェアが低下傾向にある。しかし、それ以下の企業の大部分が依然としてこの地域に立地していることを考慮すると、珠江デルタの広東省製造基地としての重要地位は、近年でも大きく変わりがないといえる。なお、長江デルタや環渤海経済圏と比べると、近年、珠江デルタの代表的な産業では、企業数が減少したものの、赤字企業数の減少と利潤総額の増加の面では、いずれも三地域のなかで最高の水準に到達している。企業レベルでは、広東省のほうが最も高度化が進んでいると指摘できる。

労働集約的産業に関しては、珠江デルタから広東省内の他地域への産業移転はあまり進んでおらず、むしろ現地にとどまるか、もしくは中国内陸部の大都市周辺への移転の傾向が見受けられる。中小零細企業の珠江デルタの産業集積への依存度が高い一方、サポーティングインダストリーや新市場開拓の面で、広東省の東西両翼と山間地域は内陸部の大都市近辺と比べると、あまり優位性がないためである。したがって、広東省における地域間格差を縮小させるには、珠江デルタ以外の地域において政策的にサポーティングインダストリーの整備を行う必要がある。

また、珠江デルタにとどまった労働集約的産業の民間企業は生き残りを図るために、主に2つの面においてしのぎを削っている。一つは、先進国の経営資源や技術資源を吸収しながら、経営の高度化を図ることである。もう一つは、新しい販売チャンネルを構築して、新興市場を開拓していくことである。企業は主に市場原理に基づいて経営戦略を打ち出しているが、政策的には先進国の研究開発資源へアクセスしやすいようにしたり、企業の海外進出の障壁を引き下げたりするような仕組みを構築することが求められる。

技術集約的産業に関しては、コンシューマー・エレクトロニクス産業に代表されるように、新しい業種が続出しており、珠江デルタ地域での関連産業のプレゼンスが大きくなる一方である。このことを可能にしているのは、珠江デルタにおける発達した中間財調達と情報交換ネットワークの存在である。中間財をめぐっては、エレクトロニクス製品の生産に必要な製品の関連業者(一部は販売業者)はすべて域内に集積しており、他方ではイノベーションに関して、同業者、もしくは川上、川下の取引先の間で情報交換の強力なネットワークが存在している。このことは新しい業種への進出と集積の拡大を容易にしているだけでなく、現地でのイノベーション活動の活発化をも促している。技術集約的産業のさらなる高度化を促すうえでも、こうした産業集積の強みを活用する方向で政策手段を講じる必要がある。

「クモの巣型・鉄道主導6次産業クラスター」形成の提案——所得格差是正と「中進国の罠」からの脱却——
広東省住民の福祉水準の向上のために消費の質の高度化に向けての政策が必要であり、農・食・観光産業クラスターというクラスターの形成が考えられる。観光産業クラスターの形成は、交通インフラ、特に「鉄道」の建設から始まる。

鉄道は短時間に大量の人を運ぶことが可能であり、日本の場合は、近距離の地下鉄、中距離の私鉄開発、長距離の公共鉄道の3種類が有効に機能した。鉄道の建設は、住宅地域の開発とシークエンスを持つことが不可欠であり、これによって鉄道事業が初期時点の採算性を確保できる。また継続的な鉄道の運営を確保するためには、鉄道沿線での文化事業が必要となる。

この鉄道網がクモの巣状になることで中心地域の経済繁栄を維持し、それを周辺へ波及できる。この沿線に沿って始点(中心部)から百貨店、スポーツスタジアム、郊外住宅地、学園都市、郊外大型商業施設、都市近郊農業、保養地などの終点まで発展する。こうした「クモの巣型・鉄道主導型6次産業クラスター」の形成が広東省にとって有効である。

このクラスターの部門形成のシークエンスは、「鉄道、住宅、文化」である。このクラスターは、日本では、始点から終点までを200㎞程度とし、クモの巣状になると2倍の400㎞が全長の距離となった。中国では、国土の大きさから600㎞程度も可能である。このクモの巣型クラスターの形成により経済成長と「所得格差の是正」の2つの目標を同時に達成することが可能である。

まとめ
広東省の東西両翼と北部山間地域への企業の移転を促すためには、労務コストの削減、労働力の安定的確保、珠江デルタ地域の既存工場との物流上のアクセスが鍵となる。また、同地域において政策的にサポーティングインダストリーの整備を行う必要がある。最後に、日本の経験から、鉄道網をクモの巣状に整備し、鉄道沿線に沿って農・食・観光産業のクラスター形成が有効と考えられる。

(まるや とよじろう/福井県立大学教授)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。



No.58 広東省珠江デルタと東西北地域間の経済格差縮小に向けた政策提言(I)