広東省珠江デルタと東西北地域間の経済格差縮小に向けた政策提言(I)

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.58

丸屋豊二郎
2015年6月3日発行

本共同研究プロジェクトは、2009年にジェトロと広東省政府との間で締結された覚書における協力内容の中核事業に位置付けられている。2014年度は、広東省政府からの要請に従い、広東省の東西両翼北部と珠江デルタとの経済格差縮小を研究テーマとした。

本稿は、最終成果の前半の内容に相当し、「経済地理シュミレーションモデル(IDE‐GSM)を用いた政策提言」や、アンケートを用いた「広東省東西北地域の投資環境評価とその改善に向けた政策課題」と「日本企業のASEANシフトとチャイナ・プラスワンの行方」についての調査、計量分析による「広東省珠江デルタ・東西北地域間の企業生産性格差の要因分析」からなる。

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  • 広東省政府の一人当たりGDPの増大に向けた目標を達成するためには、高速道路の建設のみならず工業団地の建設やその質の向上および様々な政策を動員し、各市で操業する企業の生産性を大幅に改善する必要がある。
  • 多くの日系企業は労働者確保に向けた量的確保と質の改善に向けた協力体制の構築と、省内の先進地域でない東西北地域のインフラ整備状況に懸念があるため、現地政府及び開発区はインフラの整備状況について一層のPRを行う必要がある。
  • 日本企業のASEANシフトは2000年代中頃には既に顕在化し、リーマン・ショック後には一段と加速している。同様に、チャイナ・プラスワンの動きも年々加速しており、再編される機能も汎用品の生産から高付加価値品の生産までASEANへシフトする傾向にある。
  • 珠江デルタ地域では産業高度化が進展する一方、労働集約産業は困難な状況にあることが浮き彫りにされ、労働集約産業の東西北部地域への移転は企業の生産性を向上させるためにも有利に働く。



経済地理シュミレーションモデル(IDE‐GSM)を用いた政策提言
IDE-GSMによる数値計算の結果から、高速道路の建設は広東省内の一人当たりGDPの格差を縮小させる効果があることが明らかになった。また、広東省政府が策定した高速道路の建設計画をスケジュールどおりに実施した場合と前倒しした場合とでは、一人当たりGDPの広東省内格差にほとんど違いがないことが分かった。

中国共産党広東省委員会の文書によると、東西北地域12市の一人当たりGDPが中国全体の一人当たりGDPを2020年までに上回ることを目指している。この目標を達成するために、工業団地の新設と珠江デルタからの企業誘致による地域振興政策が実施されている。工業団地の建設に加えて、広東省の中心部で採用されている政策的な優遇措置を中心部以外の地域でも受けられるような政策的な後押しが各市のGDPに及ぼす効果を調べた。その結果、広東省内各市の一人当たりGDPが中国全体の一人当たりGDPを追い抜くには、高速道路の建設だけでは不十分であり、工業団地の建設やその質の向上および様々な政策を動員して各市の企業の生産性を大幅に改善する必要があることが明らかになった。

広東省東西北地域の投資環境評価とその改善に向けた政策課題
珠江デルタ地域に比べ後進地域である広東省東西北地域の振興政策に寄与するため、広東進出日系企業に進出先の投資環境評価についてアンケート調査を実施し、東西北地域の投資環境評価とその改善に向けた政策課題を明らかにした。

まず、東西北部の優位点として、人件費が珠江デルタと比べて2~3割程度安く、インフラ(ハード面)の整備状況も総じて良好であることが分かった。特に電力供給の安定性への評価は高く、また珠江デルタと東西北を結ぶ高速道路も整備され、物流の便もかなり改善されている。他方、法制度、行政サービス、生活環境など広範な分野で投資環境の遅れが指摘されたが、最大の課題は、期待に反して評価が低かった労働者の量的確保と質、それに優遇政策(税制)であった。

労働者確保に向けた量的確保と質の改善に向けた協力体制の構築と、多くの日系企業は東西北のインフラ整備状況について懸念をもっていることから、現地政府及び開発区はインフラの整備状況について一層のPRを行い、日系企業の懸念を払拭することが必要である。

日本企業のASEANシフトとチャイナ・プラスワンの行方
ジェトロが実施した日本企業の国内・海外拠点の再編に関するアンケート調査から分析した結果、日本企業のASEANシフトは2000年代中頃には既に顕在化し、リーマン・ショック後には一段と加速している。同様に、チャイナ・プラスワンの動きも年々加速しており、再編される機能も汎用品の生産から高付加価値品の生産までASEANへシフトする傾向にあることが明らかになった。

こうした動きの背景には、日本企業のアジア向け直接投資の要因として、従来の市場規模、コスト削減に、一極集中リスクの回避が新たに加わったことがある。今後を展望しても、中国に限らず、他のアジア諸国においても投資リスクが高まっていることから、アジアの市場拡大と経済統合の深化、コスト削減・効率化、それにリスク分散化を睨んでのアジア事業展開の再編が進み、業種別にそれぞれ需要近接型で複数の生産拠点(産業集積)からなる生産ネットワークへと再編されようとしている。

広東省珠江デルタ・東西北地域間の企業生産性格差の要因分析
広東省の珠江デルタ地域と東西北地域に立地した企業間の生産性格差の要因を分析し、両地域間の格差是正に向けた政策的インプリケーションを提示した。まず、両地域間の経済格差を概観するために、両地域に立地した企業の生産性に影響を与える諸要因のプレミアを計算した。さらに諸要因が具体的に企業生産性にどんな影響を与えるかを調べ、両地域の比較優位をそれぞれ確認し、格差是正に向けた政策課題を提示した。

回帰分析によれば、珠江デルタ地域企業は東西北部地域企業より生産性上昇効果は総じて高いが、輸出に従事する企業は東西北部企業の方が生産性上昇効果は高いという結果が得られた。また、珠江デルタでは人件費の高騰などで産業集積の混雑効果が既に顕在化し、企業生産性を低減させている。このほか、設立年数、労働者数、平均賃金と企業生産性との相関関係から、珠江デルタ地域では産業高度化が進展する一方、労働集約産業は困難な状況にあることが浮き彫りにされ、労働集約産業の東西北部地域への移転は企業の生産性を向上させるためにも有利に働くという政策的インプリケーションが得られた。

まとめ
高速道路の建設だけでなく、工業団地の質の向上および様々な政策の動員などにより、各市の生産性を大幅に改善させることが重要である。また、現地政府及び開発区はインフラの整備状況について一層のPRを行い、日系企業の懸念を払拭する必要がある。さらに、労働集約産業の東西北部地域への移転は企業の生産性を向上させるためにも有利に働く。

《参考文献》
粤発[2013]9号「中共広東省委 広東省人民政府 関於進一歩促進粤東西北地区振興発展的決定」(2013年7月25日発行)

(まるや とよじろう/福井県立大学教授)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。



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