エジプト新政権の経済運営

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.39

2014年5月7日
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  • 2014年半ばに発足予定の新政権は、民主化よりも「安定と成長」を優先課題とする。
  • 新政権成立以降も、経済支援と投資の両面において、湾岸アラブ諸国(サウジアラビア、UAE、クウェート)が主要なパートナーである状況が続く。
  • 経済活動における軍と国有企業の存在感が高まる。とくに大規模インフラ・プロジェクトへの軍・国有企業の関与が増える。
  • エジプトとの経済協力・経済関係の強化には、政府間の対話および協力が重要となる。民間事業においても、円滑な事業実施に日本政府の支援が有用となる機会が増える。



エジプトでは、2014年5月終わりに大統領選挙、それに続いて議会選挙が実施される予定である。大統領選挙では、2012年の大統領選挙にも立候補したサッバーヒーに続いて、3月26日に軍司令官で副首相兼国防大臣だったシーシーがついに出馬を表明した。その結果、シーシー大統領の誕生がほぼ確実な情勢である。

他方、議会選挙の構図は、現時点では全く予想がつかない。前回の議会選挙では、自由公正党(ムスリム同胞団)とヌール党(サラフィー主義)で合わせて約7割の議席を獲得したが、次回の議会選挙でそれらの党が再び過半数を獲得するとは考えられない。一方で、それらに代わるような組織を持つ政党は現在のところ存在しない。そのため、現時点において、新しい議会の勢力図は全く不透明である。しかしながら、どの政党が与党になるにせよ、シーシー大統領の意向が全面的に反映された内閣になることは間違いない。
 
大統領選挙委員会は、3月30日、大統領選挙の日程を公表した。第1回投票は5月26、27日に実施し、過半数を獲得する候補者がいなかった場合は6月16、17日に決選投票が行われる。選挙プロセスが予定どおりに進めば、新大統領の誕生は、早ければ6月5日、遅くとも6月26日となる。

大統領選挙では、シーシー候補が国民の圧倒的な支持を得て当選することが確実視されている。一部で軍の政治支配を警戒する声が聞かれるものの、国民の大勢がシーシーの大統領就任を待望しているからである。現在の混乱を収めるには強く信頼できるリーダーが必要であり、その適任者がシーシーだという認識が共有されている。

シーシー政権の政策は、国民の期待に応えるべく、「安定と成長」を優先したものになるだろう。それは現在の暫定政権と同様の方針であり、治安活動と再分配政策によって政治・社会の安定を達成し、同時に投資拡大によって経済回復を達成する政策である。

しかしながら、その実現は容易でない。治安面ではシナイ半島を拠点とするイスラーム過激派によるテロ活動が活発化しており、また経済面では財政赤字とインフレの悪化が懸念されているからである。

経済面における「安定と成長」の達成には、財源が必要である。社会政策および公的部門の賃金引き上げを可能とするための財政収入と、経済成長のための資本である。その両面において期待されているのがサウジアラビア、UAE、クウェートの3カ国である。すでに2013年7月に3カ国で計120億ドルの経済支援が表明され、その後さらに追加支援も実施されている。また、2014年3月にはUAE企業と軍との間で400億ドル規模の住宅建設プロジェクトが発表された。これら湾岸アラブ3カ国は現在の移行プロセスを全面的に支持しており、シーシー政権の最も重要なパートナーとして、新政権成立後も支援を継続するだろう。

湾岸アラブ3カ国は、エジプト政府への財政支援だけでなく、有望な投資先としてもエジプトに注目している。高級住宅地の開発や大規模ショッピングモールの建設など、中高所得者向けのプロジェクトを次々に発表しているのである。土地開発にかかわる投資は、エジプト政府(および軍)の許認可が必要となるが、政府間の良好な関係によって、多くのプロジェクトの実施が見込まれている。

他方、インフラ開発プロジェクトでは、国有企業および軍関連企業の存在感が高まるだろう。例えば、軍は、2013年9~12月の間に、少なくとも6件で計15億ドル以上のインフラ・プロジェクトを受注したと言われている。さらに、国立大学の施設改修や学内サービスなどへの軍関連企業の進出もみられる。軍および軍関連企業の民生事業への進出は以前から知られていたが、昨年以降その存在感が高まった。

現在の暫定政権は、早期の対内直接投資の拡大を目的として、投資法の改正や二国間経済協力の強化を進めている。その傾向は、新政権で本格化するだろう。現在模索されている投資促進に向けた取り組みは、工業地区の造成、政府間での開発協力への合意、官民パートナーシップの推進など、政府がイニシアティブを取るものが多い。すでに中国やロシアとの間で政府間の開発協力計画が進んでいるが、本格的な取り組みは新政権の成立後に加速することが予想される。大規模な経済開発プロジェクトは、政府間での合意に基づいて実施されるものが増えており、経済協力にあたっては、支援する側の官民連携も重要になりつつある。

これから始まる大統領選挙において、シーシー陣営はその公約として、中長期的な経済開発政策を提示するだろう。その方針は、これまでと同様に民間部門の役割を重視しつつ、公正で包括的な社会経済開発を目指すものとなることが予想される。その一方で、実際の開発プロジェクトにおいては、政府の役割が大きくなるだろう。経済開発を加速するために、政府の積極的な関与が模索されているからである。
 
シーシー新政権では、「安定と成長」が重視され、経済開発が優先課題となる。その方策のひとつとして、政府間での協力関係の強化が模索されるだろう。それは新たな政府間関係の構築とともに、民間事業にも影響するだろう。政府間での対話・合意が民間事業を円滑に進める推進力となり得るからである。日本政府には、戦略的な経済協力の枠組み構築に加え、エジプト政府と日本企業の架け橋としての役割が期待される。

(つちや いちき/地域研究センター)





本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。