東アジア広域FTAとTPPの競合

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.12

平塚 大祐・鍋嶋 郁
2012年9月20日

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われわれは、拙稿「 アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現の道筋としてのTPP 」(平塚・鍋嶋[2011])において、(1)TPPはFTAAP実現の現実的な道筋である、(2)TPP交渉は不透明であり内容開示を求めるべきである、(3)TPPへの早期参加が日本の国益となる、という3点について提言した。


その後、TPPの動きに触発され、アジアにおいて広域な経済統合を推進するという動きが始まっている。2011年11月のASEAN首脳会議が「東アジア包括的経済統合に向けたASEAN枠組み」を合意、続いて開催された東アジア首脳会議は日本と中国の共同提案による物品貿易、サービス貿易、投資に関するASEANプラス作業部会の設置を承認している。

1. TPPの拡大
2012年3月現在、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ(「P4」)に加えて米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの9カ国によるTPP拡大交渉が進んでいる。

2011年11月APEC 首脳会議の際には、日本、カナダ、メキシコがTPPの参加に向け協議に入ると表明した。新規に参加表明した3カ国はTPP拡大交渉を進める9カ国と個別に二国間の協議を行い、全ての国から交渉参加の承認を得なければならない。
他方、9カ国はTPP拡大交渉を同時並行で行っている。

2. 中国はTPPへの参加は困難、議論に関しオープン、国際的孤立を回避
中国は、米国主導のTPPは新しい戦略とアプローチを備えた新規の交渉であり、新たな項目を交渉範囲としていると評価し、さまざまなレベルにおいてTPP関連情報を収集している。その上で、現在の中国は、開放経済の標準からは離れており、例外なく関税率を撤廃する高度なモノ及びサービスの貿易自由化に中国が適応するには時間がかかり、現時点でTPPに参加するのは困難と判断しているが、TPPに対して自ら孤立するという立場を採るのではなく、TPPのルールメーキングに影響を与えたいと考えている。具体的には、中国は、TPPは全ての国が参加可能になるようなものでなければ、アジア太平洋地域全体の統合にもならないし、FTAAPも実現できないと主張し、拡大交渉を牽制していきたいと考えているようである。中国は、米国等のTPP拡大交渉メンバーが日本等の新規参加を表明した国をどのように取り扱うのかについて注目している。

3. TPP拡大交渉はASEANの分裂を招いていない
ベトナムがTPP交渉への参加を表明した時には、高度なFTAを目指すTPPに本当に参加できるのかという懸念があった。しかし、現在、交渉国の間ではそうした懸念は完全に払拭されているし、ベトナム自身もTPP拡大交渉に自信をもっている。ベトナムは、TPPはベトナムの米国市場進出効果と米国企業にベトナム市場を認識してもらう効果があり、さらにはベトナムと主要国との連携関係がベトナムに大きな発展機会をもたらすと評価している。ベトナム政府が実施した企業調査では、94%の企業がTPPへの参加から得られる経済発展と輸出拡張の利益が大きいと支持している。ベトナムは、開発途上国として差別的特別待遇を受けようとは思っていない。ベトナムは、海外からの直接投資を呼び込み、輸出を拡大し経済成長を持続させ、それにより同国の国際的地位を高めることができると考えている。

インドネシアは、2011年10月に米国におけるGSP供与の延長が決定しおり、米国はインドネシアからの輸入の約3割相当が無関税となっている。インドネシアがTPPに参加しないのは自国の弱いサービス産業が外国企業と競争できないからである。現在のインドネシアの関心は、中国-ASEAN FTAが2010年に完全実施されたことで、中国からの輸入が増加していることへの懸念である。

タイは、米国とのFTA交渉を2006年以来中断しており、サービス産業の脆弱性を考えると、米国が参加するTPPへの参加は困難と判断している。タイの国内産業は脆弱であり、タイは米国とのFTAには慎重になっており、当面、TPPには参加しない。このように、ASEANのなかでも、TPPへの交渉参加については意見が分かれているが、TPPへの参加の是非をめぐってASEANの間に分裂は起きておらず、ASEANの結束に大きな影響を与えていない。

4. 東アジア広域FTAとTPPのどちらが21世紀のFTAのモデルとなりえるのか
国際生産ネットワークの発達を考えると、二国間FTAよりは複数国間によるFTAが適切である。企業は多数の国が参加する広域のFTAを望んでいる。

現在、ASEAN+3、ASEAN+6、日中韓といった東アジア広域FTAは、全ての国が参加可能(inclusive)という点において、また、経済協力を優先させている点において、漸進かつ柔軟性のあるアプローチであり、さらに新項目については選択的に扱っているという点で合理性があり、広域FTAの雛形(template)となりえる。この点では、同様なアプローチを採りながらも最終的には高度なFTAを実現したAFTA、ASEAN経済共同体が東アジア広域FTAのテンプレートとなり得るであろう。

他方、TPPは高度な自由化と包括的な交渉分野を柱とした厳格なFTAを目指している。米国の目標は、TPPを21世紀のFTAの雛形にし、それによりアジア太平洋地域の経済統合を推進し、アジア太平洋地域に貿易環境において共通の土俵を構築したいと考えている。Petri, Plummer and Zhai(2011)の試算によれば、日中韓FTAが2012年に合意されASEAN+3が2015年に合意したと想定したアジアFTAと、TPP9が2012年に合意、新規加盟4 カ国が新たに加わった拡張TPP13が2015年に合意した場合を比べた場合、後者の方が世界の厚生水準を増大する効果があるとしている。

厳格さを重視するのか、それとも全ての国が参加可能とすることを重視するのか。TPPと東アジア広域FTAとは、当初、競合せざるを得ない。しかし、東アジア広域FTAが、AFTAがそうであったように、時間とともに低レベルFTAから高レベルFTAとなるのは間違いない。他方、TPPも拡大のステージに入ることで、TPPと東アジア広域FTAは遠い将来には一本化する可能性がある。


参考文献
平塚大祐・鍋嶋郁(2011)「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現の道筋としてのTPP」アジア経済研究所( http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Seisaku/1111_TPP.html )2011年11月
Petri, Peter; Michel Plummer and Fan Zhai (2011) “The Trans-Pacific Partnership and Asia-Pacific Integration: A Quantitative Assessment,” East-West Center Working Papers, No. 119, October 2011.

(ひらつか だいすけ/ジェトロ理事、なべしま かおる/新領域研究センター技術革新・成長研究グループ長)
本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。