アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現の道筋としてのTPP

政策提言研究

平塚大祐、鍋嶋 郁
2011年11月

※本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

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われわれは、2011年9月22日、23日に米国、サンフランシスコにおいて開催されたAPEC研究センターコンソーシアム会議(ASCC2011)に参加した。ASCCはAPEC議長国・地域(エコノミー)で毎年開催される学術会議である。2011年のASCCの主要課題は、APECで議論されている8課題と同じであり、その内の一つの課題としてアジア太平洋経済協力(APEC)と環太平洋経済連携協定(TPP)についての議論がなされた。

TPPについては、昨年のASCCでも議論し、アジア経済研究所は 2010年のASCCにおいてFTAAPを実現する道筋について議論を行い、ポリシー・ブリーフ「APEC ボゴール目標を超えて:新たなビジョンに向けての提案」(APEC Beyond the Bogor Goals: Proposal for a New Vision)としてとりまとめ、これを2010 年9 月の第3回APEC高級実務者会合(SOM3)に提出した。その後、2010年10月にASCCメンバーのうち米国、ニュージーランド、中国の研究者を招聘しアジア経済研究所主催の国際シンポジウム「東アジアの地域統合とAPEC」を開催し議論してきた。本稿では、これら一連の議論を踏まえ、TPPについて3点につき提言する。

1.TPPはFTAAP実現の現実的な道筋である
TPP交渉にはAPEC加盟エコノミー限定で参加しているが、交渉それ自体はAPECとは切り離され行なわれている。

そもそもTPPとAPECとはどのような関係があるのか。ロバート・スコレー(2010)が述べているように、APECは自発的協力枠組みとして貿易投資自由化を進めてきた。その結果、ある一定の成果を収めることが出来たが、全体として環太平洋の貿易自由化は遅々として進まなかった。その現状を打破し、より早いペースで前進させる方策として、TPPが誕生した。その発端は1998年頃から自由化に熱心なシンガポール、ニュージーランド、チリの「P3」が非公式に協議を始めたことに、TPPのルーツがある。2002年APEC首脳会議のタイミングで「P3」が交渉開始を宣言、最終的に2006年にブルネイを加えた「P4」でTPPを発効させた。TPPが注目されるようになったのは、2008年9月、米国がTPPへの参加に向けて交渉すると発表したからである。2010年3月には、米国、 オーストラリア、ペルー、ベトナムが「P4」との間でTPP参加交渉が始まり、その後、2010年10月にマレーシアが加わり交渉が進んでいる。

TPPはAPEC地域の貿易自由化を早めるために始まったが、これとは別に、FTAAPを実現しようという提案が、2004年にチリで開かれたAPEC首脳会議においてAPECビジネス諮問委員会(ABAC)により提言され、APECはFTAAPの実現を模索してきた。

われわれは、2010年9月の第3回APEC高級実務者会合(SOM3)に提出した政策提言の中で 1 、FTAAPは4つの要素(参加国がAPECエコノミー、拘束性、自由参加型、高水準)を持ち合わすべきであると主張した。APECは法的拘束力のない自発的な貿易投資自由化協力の枠組みであるため、法的拘束力のある枠組みへと移行するという問題が出てくる。この問題について、中国はあくまでもAPEC内で取り組んでいくべきと主張したが、FTAAP実現に向けた取り組みはAPEC外で行い、APECの役割はFTAAP実現に向けてのインキュベーターの役割を担うべきというのがASCCにおける大方のコンセンサスであった。

現在、提案されているFTAのなかでは、唯一TPPだけがFTAAPの4つの要素(参加国がAPECエコノミー、拘束性、自由参加型、高水準)を兼ね備えている。将来、APECの全てのエコノミーがTPPに参加すれば、FTAAPが実現されることになる。すなわち、TPPの拡大がFTAAP実現に向けた最も現実的な道筋と言える。

2.TPP交渉の内容開示を求めるべきである
2011年のASCC会議が現在のTPP交渉について問題とした点は、交渉に参加していないAPECエコノミーがTPP交渉の内容についてほとんど情報把握できていないことである。アジアのFTA交渉では、交渉の度に概要が公表される交渉もある。そのケースと比べるとTPP交渉は不透明であるという印象をTPP交渉未参加のエコノミーに与えている。

今年開催された政府レベルのSOM3会議においてさえ、TPP交渉については簡単な報告が行われただけである。これでは、APECはFTAAP実現に向けたインキュベーターの役割を担っているとはいえない。APECは、FTAAP実現に向けたインキュベーターの役割を果たすためにも、TPPの交渉内容の開示を求めるべきだと考える。

現在、TPPについて適切な情報が伝えられていないため、日本においても、TPPで実際に議論されている項目とは関係がない団体にまでTPPの反対運動が広がっている。日本政府としても、今後のTPP参加の議論を正しい情報の下で進めていくためにも、APECの場において関係各国に交渉内容の開示を求めるべきである。

3.TPPへの早期参加が日本の国益となる
現在の見通しでは、今年のAPEC首脳会議ではTPPの交渉が遅れており、TPPの枠組み合意が発表されるに止まると予想されている。

TPP交渉の遅れとは裏腹にAPEC加盟エコノミーはTPPに対する関心を高めている。中国は、昨年までのTPP反対という立場から、TPPの交渉国が増えているという現実を直視し、今後TPPが拡大し環太平洋地域における主力のFTAとして発展する可能性も含め、TPPが中国にとって利益になるかどうか総合的に検討するという姿勢に変化している。中国の太平洋経済協力会議(PECC)委員会は、2011年12月8-9日、北京においてTPPに関する国際セミナーの開催を計画している。

ロシアは、貿易面における協力パートナーとして米国をあげ、ロシアが将来的に米国主導のTPPに参加する可能性を指摘した。チャイニーズ・タイペイ(台湾)の参加者も、TPPへの関心を示している。現在、日本ではTPPに参加すべきか否か国論が分かれ、政府もTPP参加の決定が困難な状況にある。

こうした状況のなか、われわれは、日本はTPPに早期に参加すべきと考えている。

理由の第1に、日本がTPPから最大の受益者となり得るからである。例えば、Kim et al. (2010)は、APECの全てのエコノミーが参加するFTAAPから最大の恩恵を受けるのは日本というシミュレーション結果を試算している 2 。日本の関税率が他国より低いことを考えると、TPP参加によって他国の関税が引き下げられ、日本が最大の利益を受けるという推計結果は妥当と考えられる。この点で重要なことは、日本が中国と二国間交渉しても、あるいは、日中韓の3カ国で交渉しても、中国の自動車市場を自由化することはできないが、日本がTPPに参加すれば、中国がTPPに参加する可能性も高まり、TPPの枠組みで中国の自動車市場を開放するという戦略を日本は立てることが出来るという点である。

第2は、TPPがFTAAP構築への道筋であるためにドミノ効果が働いて、将来的にTPP参加エコノミーが増えていく可能性があるからである。EEC、EUはドミノ効果により拡大した(Baldwin and Wyployze, 2003、Baldwin, 2004)。TPPは米国が交渉に参加しているため、未参加国の企業は自国政府への参加圧力を徐々に高め、その結果、ドミノ効果が働くと考えられる。米国も、TPPを通商政策の最重要課題と位置づけ、FTAAP構築のため、日本を含むAPECエコノミーにTPPへの参加を働きかけている。実際、マレーシア、ベトナムがTPP交渉に参加した理由は、両国が米国にFTA交渉を呼びかけたことに対し、米国は両国に対しTPPへの参加を逆提案したという経緯がある。未参加国の企業の自国政府に対する圧力によるドミノ効果と米国の積極的なアプローチにより、APECエコノミーの中で日本だけがTPPに参加しない状況が生まれるとも限らない。

第3に、Baldwin(2004) が理論的に議論し、現実でも観察されているように、参加が遅れるほど交渉条件は不利になり、利益が小さくなるからである。これは、例えば、WTO加盟条件についても同じで、新規加盟国ほど参加条件が厳しくなっている。TPP交渉が合意に至っていない今のうちなら、日本も参加条件を交渉する余地は残されているが、TPPが交渉合意した後での参加となると、日本が交渉する余地はなくなり、日本のTPP参加条件は厳しくなる。そうなると、時間をかけて自由化しなければならない農産物についても早期の自由化を求められることになりかねない。更に言えば、TPPが交渉段階である今のうちなら早い段階の参加によって、今後のTPPの方向性そのものにもある程度の影響力を発揮することが出来るであろう。

第4に、何よりも重要なことは、韓国がEU、米国とFTAを先に締結している状況において、日本が国際競争上不利になっている状況をTPP参加によって相殺できるからである。仮に、日本がTPPに参加しないことになれば、日本企業は不利な状況を自ら克服しようと、より高度な機能・活動までも海外に移転し産業空洞化に拍車がかかるであろう。そういう状況に追い込まれることは目に見えており、将来的には日本企業は政府にTPP参加圧力を高め、最終的には日本はTPPに参加せざるを得なくなる。結末がわかっているからこそ、TPP交渉に早期に参加し、日本の農業に少しでも有利になるように交渉すべきである。

第5に、日本が中国と組んでTPP参加を見送ることも出来るが、そうなれば、日本は中国同様、自由貿易に反対するというレッテルを貼られてしまい、欧州等とのFTA交渉、中国とのFTA交渉あるいは日中韓FTA交渉にも悪影響を及ぼすことになるからである。TPPに参加すれば、日本はEU、中国、韓国との交渉でも交渉力を増強できる。日本にとって、TPPは最も重要な通商政策のカードである。

最後に、TPPによる日本農業への影響に関する問題である。市場競争については、価格競争力と品質競争力の二つの競争がある。日本農業は種子、肥料、燃料等の投入価格が高いため、一部で議論されているような大規模農業を実現できたとしても、価格競争では勝てないであろう。日本農業の生きる道は価格競争ではなく品質競争であろう。Hillberry and Hummels(2005)は、米国の出荷統計を用いて価格が高い財ほど地理的距離が遠いところに出荷できるという実証結果を提示している。この論文の日本の農業に対する政策含意は、輸送技術や冷蔵技術が進歩した今日、日本の農産物は価格が高くても品質が良ければ国内市場のみならず輸出市場においても競争できるという点である。日本農業は、TPPを契機に、品質競争力型へと転換していく必要がある。そのためには、政府は、農家の大規模化を進めると同時に、品質競争力のない農産物については、品質競争力のある農産物へと転作するに十分な時間的余裕を与えるため、10年かけて自由化するように交渉しなければならないし、同時に、そうした農業については技術的、経済的な転作支援を行う必要がある。


  1. アジア経済研究所は、 2010年のASCCにおいてFTAAPを実現する道筋について議論を行い、ポリシー・ブリーフ「APECボゴール目標を超えて:新たなビジョンに向けての提案」(APEC Beyond the Bogor Goals: Proposal for a New Vision)としてとりまとめ、これを2010 年9 月の第3回APEC高級実務者会合(SOM3)に提出している。
  2. TPPが日本に与える経済効果に関しては、内閣府経済社会総合研究所、経済産業省、農林水産省がそれぞれ独自の立場からシミュレーション分析を行っている。内閣官房(2011)がこれらを整理している。
参考文献
  • アジア経済研究所 (2010) 「アジア太平洋自由貿易圏実現に至る現実的道筋についての提言」(白石隆アジア経済研究所所長名で国家戦略室担当大臣宛に発信)、2010年10月25日。
    内閣官房 (2011)『EPAに関する各種試算』(http://www.npu.go.jp/policy/
    policy08/pdf/20101027/siryou2.pdf)2011年10月18日。
  • ロバート・スコレー(2010)「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定——始まり、意義および見通し」(『 アジ研ワールド・トレンド 』No.183[ 特集 :APECはどこにいくのか?——APEC研究センターコンソーシアム会議2010 ]2010年12月)。
  • Baldwin, R.E. (2004), “Stepping stones or building blocks? Regional and multilateral integration,” paper was prepared for the G-20 Workshop on “Regional economic integration in a global framework,” organized by the European Central Bank and the People’s Bank of China in Beijing, 22-23 September 2004.
  • Baldwin, R.E. and C. Wyplosz (2003), The Economics of European Integration , London: McGraw-Hill.
  • Hillberry, Russell and David Hummels (2005) “Trade Responses to Geographic Frictions: A Decomposition Using Micro-Data,” mimeo.
  • Institute of Developing Economies, JETRO (2010) APEC Beyond the Bogor Goals: Proposal for a New Vision , submitted to the APEC Senior Official Meeting, September 14, 2010.
  • Kim, Sangkyom, Innwon Park, and Soonchan Park, (2010) “A Free Trade Area of the Asia Pacic (FTAAP): Is It Desirable?” MPRA Paper No. 26680.