国際協力の現場から —開発にたずさわる若き専門家たち—
他社で出版した研究成果
岩波書店
貧困削減,難民支援,紛争解決,開発援助…….世界各地で起きている問題に取り組む若きフィールド専門家たちの現場報告.開発途上国が抱えるさまざまな困難やその支援の方策を現場の視点から具体的に語ります.国際協力の道を志す人はもちろん,現在の国際開発の課題を理解するうえで必読の入門書です.
■ 国際協力の現場から —開発にたずさわる若き専門家たち—
■ 山本一巳、 山形辰史 編
■ 858円(本体価格 780円)
■ 新書判
■ 224pp
■ 2007年5月
■ ISBN978-4-00-500564-2
研究会の成果を岩波書店から"アジア経済研究所叢書"として発信しています。ご購入・お問い合わせは、岩波書店またはお近くの書店へお願いします。
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Contents
第1部 逆境に立ち向かう
貧困削減(萩原烈)
食糧(高田美穂)
ジェンダー(寺園京子)
セックス・ワーカー(松野文香)
難民(帯刀豊)
第2部 子どもたちの未来のために
子どもの人権(本田涼子)
子どもとエイズ(末廣有紀)
教育(荻野有子)
児童労働(松野文香)
第3部 平和な世界を目指して
保健(北原直美)
兵士と武器(瀬谷ルミ子)
犯罪防止(ラッセルまり子)
第4部 国際協力のアプローチ
開発援助(堀金由美)
技術協力(又地淳)
農業開発(藤田達雄)
環境保全(堤理恵)
法整備支援(山田美和)
開発のための調査(牧田りえ)
コラム・インフラストラクチュア(轟由紀)
おわりに
はじめに
人は誰かの助けを必要とすることがあります。助けてくれるのは、親だったり兄弟姉妹だったり友達だったりするでしょう。時には、災害や何かで周囲の人々全てが被害にあって、市町村や国、はたまた外国から救いの手が差し伸べられることがあるかも知れません。皆さんは、見ず知らずの人からの暖かい支援が身に染みた経験があるでしょうか。
開発途上国の人々は、日本に住む我々より高い頻度で、誰かの手助けを必要とします。それは、天災や人災が起こりやすい自然条件や社会条件で生活していたり、あるいはそのような災害に備える余裕がその社会になかったり、あるいはそもそも、必要最低限の生活を送るだけの資源や資金が不足していたりするからです。
いくつかの開発途上国で起こっている深刻な人災の一つに武力紛争があります。紛争地域に生まれた人は、好むと好まざるとに関わらず、戦いの場に身を置かれます。また天災といってよいか人災といってよいかわからない深刻な災害として、感染症の流行があります。エイズや結核、マラリアといった感染症は、開発途上国における感染率が高いのが実状です。またこのような苦境は、社会的に弱い立場の人々の生活条件をより悪化させます。親を亡くした子ども、虐待を受ける女性、稼ぎ手を失った老人、そしてそのような苦境から逃れるために、自らも望まないやり方で生活の糧を得ようとする人、そして、その行為によって周囲の人々から差別される人、などです。このように一つの肉体的・精神的苦しみは他の苦しみと密接に結びついており、それをどのように解きほぐしていけばいいのか、途方に暮れるほどです。
しかし世界の多くの人々が、様々な立場から、これらの問題を解きほぐす努力を続けています。紛争、感染症、差別、貧困、飢饉、犯罪、汚染、といった問題の原因と発生メカニズム、そして対策の研究が進められ、それらを扱う専門性が磨かれています。様々な分野の専門家が、現在得られる最大限の知識を援用し、相互に協力して、開発途上国における問題を解決しようとしています。その行為が国際開発です。
本書はそのような国際開発に取り組む18人の若い専門家達に、それぞれの現場での取り組みを語ってもらったものです。「現場」とは、苦境に陥った人々が生活する場所であることもありますし、そのような人々の生活を左右する人々や国々の代表者同士の交渉の場であることもあります。「駕籠(かご)に乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人」と言いますが、国際開発においては、支援を必要とする人々に直接働きかける人のみならず、その人達を支える多くの人々が必要です。それら全ての人々が働く場をここでは「現場」と呼びます。それぞれの分野の専門家が、まさに一所懸命に働くことで、他の専門家の力が十二分に発揮されることになるというわけです。
本書の執筆者達は決して国際開発のベテランではありません。それぞれの道に志を立て、専門性を磨きながらも、未だ解決できない多くの難問や困難に直面し、悩みながらも、その時々にベストと思われるやり方で挑戦を続けている人たちです。世界にはまだまだ多くの肉体的・精神的苦しみがあり、それらの中には理不尽と思える社会・政治・経済的構造に根ざしているものがあります。本書に登場する若い専門家達は、それぞれの専門性からこのような構造を変えようとしています。本書を通じて彼らの姿を垣間見た読者の皆さんには、自分に合ったそれぞれのやり方で、国際開発に協力していただきたいと思います。それが私たちの願いです。
おわりに
本書を読み終えられたみなさんは、国際協力の最前線で活躍されている若い専門家たちの臨場感溢れる報告に新鮮な息吹を感じ取られたのではないかと思います。彼らは、途上国の人たちの生活はどうしたら改善されるのか、国の経済発展はどうしたら達成できるのかを相手国の人たちと一緒に考えながら、それぞれの分野で開発にたずさわっているわけです。そこで最も求められているのは、自分たちが持っている技術・専門的知識を相手国の人たちに単に伝えるだけにとどまらず、途上国の人たちが自らの力で生活改善や経済発展のための制度構築、環境整備を行えるように、どうしたら側面から支援できるかということです。そういう意味では相手国の実情を踏まえた一過性ではない息の長い協力が欠かせないわけです。さらに途上国での生活は過酷なものがあり、現場での仕事は決して生易しいものではないことは随所から読み取れると思います。
本書の執筆者たちの多くは、1990年にアジア経済研究所(現在は日本貿易振興機構アジア経済研究所)が設立したアジア経済研究所開発スクール(略称イデアス)の卒業生たちです。イデアスは、日本の途上国への政府開発援助(ODA)が1980年代に急増していく中で、開発・援助に従事する人材(専門家)の養成が緊急の課題とされた時代の要請を受けて設立されたものです。自分の夢を国際開発・協力にかけた志の高い、厳しい競争試験で選抜された11名前後の若者が国内1年、海外1年の研修を終え、毎年国際協力の現場に巣立っていっています。2006年までに180名近くの人たちが卒業し、国連の専門機関などの国際機関、日本の援助機関、調査研究機関、大学などの教育研究機関、コンサルティング会社などの実務機関などで働いています。その活躍の場は世界に広がっており、彼らはこれから国際協力分野での活躍を志している人たちに格好の手本となっています。
本書は、2002年8月から2004年9月まで日本貿易振興機構アジア経済研究所の月刊誌『アジ研・ワールドトレンド』に連載された記事を加筆修正したものを中心に、一部本書用に書き下ろしたものを加えて出来上がったものです。本書の執筆にはイデアス卒業生以外の方としては、瀬谷ルミ子さん、松野文香さんに加わって頂きました。ここに改めて御礼を申し上げます。最後になりましたが、本書の出版にご尽力くださいました岩波書店の高橋弘さん、山本慎一さんに謝意を表したいと思います。