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海外研究員レポート

ASEAN 憲章(ASEAN Charter)作成にむけた取り組み――賢人会議による提言書――

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050016

鈴木 早苗

2007年2月

(1)背景

東南アジア諸国連合(ASEAN)は1967年に設立され、今年で40周年を迎える。小国の集まりであるASEANは冷戦期・ポスト冷戦期において、米国、旧ソ連、中国等の大国の思惑に翻弄されながらも、加盟国間の強力関係を維持、発展させるだけでなく、域外地域との対話も積極的に推進してきた。

しかし、ASEANはその組織基盤の脆弱性のゆえに、組織として東南アジア地域が抱える諸問題を対処する能力を疑問視されてきた。特に、近年ミャンマーの軍事政権に対するASEANの建設的関与政策は、欧米諸国から不十分と非難されている。ASEAN諸国は、これから生じる域内外の諸問題に対処するため、ASEANを法的かつ実効的な国際組織であることを示す必要を感じた。そこで、ASEAN 諸国はこれまで合意してきたルールや組織原則を総体的に明文化し、国際組織としての「体裁」の充実を図る作業を開始した。「ASEAN憲章(ASEAN Charter)」の制定である。

(2)ASEAN 憲章作成の手続きについて

2005年末のASEAN首脳会議(クアラルンプール)で、ASEAN憲章制定のためのクアラルンプール宣言が発表された。この宣言の中で、ASEAN憲章はASEANの規範、ルール、価値を明文化するものだとし、より具体的には、ASEANに法人格を与え、ASEANの諸機関の機能や権限の範囲を特定するとしている1。この首脳会議で、ASEAN憲章制定に向けた取り組みとして、全 ASEAN 諸国の有識者十人から成る賢人会議(EPG)が設置され、ASEAN 憲章草案作成にむけた提言書提出が指示された。また、必要があれば、ASEAN 憲章草案を手がけるハイレベルタスクフォースの設置にも合意した。

続く、2007年1月にフィリピン(セブ島)で開催された ASEAN首脳会議(2006年末開催予定だったが延期された)では、ASEAN憲章草案についての宣言が発出された。ここでは、ASEAN憲章はASEAN共同体を実現するための基礎となるものだとされている2。この会議では、先のEPGによる提言が提出された。EPGによる提言を受けて、ASEAN高官からなるハイレベルタスクフォースが ASEAN憲章の草案を指示され、今年末のシンガポールでの首脳会議に提出し、首脳によって承認される予定になっている。

(3)EPG の提言書

EPGの提言書は三つの部分からなる3。第一部では ASEAN協力の現状を評価し、第二部で新たなASEANに向けて取り組むべき課題が示される、第三部ではASEAN憲章に盛り込むべき項目が、実際の憲章の形式で明記されている。本稿では、第三部の主要部分を紹介し、憲章制定に向けた問題点を指摘する4

目的(第一章)

ASEAN の40年の歴史の中で、ASEAN諸国は加盟国間関係を律する条約や協定、宣言を発出してきた。代表的なものを挙げれば、ASEAN設立宣言(the ASEAN Declaration:1967)、東南アジア友好協力条約(the Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia:1976)、東南アジア非核兵器地帯条約(the Treaty on Southeast Asia Nuclear Weapon Free Zone:1995)、ASEANビジョン2020(the ASEAN Vision 2020:1997)、ASEAN協和宣言II(the Declaration of ASEAN Concord II:2003)である。第一章では、これらの文書に収められた目的を列挙している。まず、第一義的な目的として、平和、安全、安定、民主主義、よい統治、平等に共有された繁栄を明記した。次に、政治・安全保障協力(域内紛争解決、域外協力におけるASEANの中心的な役割の確保、越境的問題への対処)、経済協力(統一市場の実現、経済政策協調、労働移民の待遇向上など)、社会・文化協力(人民中心の組織としての ASEAN、ASEAN加盟国議員からなる会合(AIPA)の開催、共通の ASEAN アイデンティティの構築、環境問題への対処など)などが挙げられている。

注目されるのは、民主主義、市民社会団体との協議の必要性に言及したことである。人権については、第二部で EPGがASEAN 加盟国に属する個人の人権を扱うASEAN人権メカニズム設置の可能性について協議したとしている。ASEAN人権メカニズムは 1993年のASEAN外相会議で設置検討が合意されているが5、まだ実現の目処は立っていない。

原則(第二章)

ASEANの組織原則として、独立、主権、平等、領土保全、国家アイデンティティの保全がまず示された。また、外からの干渉からの自由、人権・基本的自由の促進、加盟国間関係にお ける武力の不行使・侵略の放棄、国連憲章等の国際条約で明記された原則、域内経済統合に向けた相互協力など、これまでの ASEAN の文書で示された原則が繰り返された。

注目されるのは、加盟国に以下の原則を義務付けた点である。1.違法かつ非民主主義的な 政治体制変更の拒否、2.加盟国の発展に深刻かつ敵対的な影響を及ぼす政策や阻止実施を慎むこと、3.加盟国の主権、領土保全、政治的・経済的安定に脅威となるような活動を慎むこと、である。これはミャンマー問題への取り組みの反省から生まれたものと考えられるが、問題はこの原則に違反した場合の制裁措置である。この点については次の章で触れる。

構成員(第三章)

地理的に東南アジア地域と認識されるすべての国家はASEANの加盟国になりうる。ASEAN盟国はASEANのすべてのルール、規範、価値やASEANの宣言や条約、協定に示された目的、原則、約束等を遵守する。加盟の承認は、ASEAN外相たちの提言を受け、ASEAN首脳会議によって承認される。加盟国のASEANの目的や原則、約束の違反があった場合、被害を受けた加盟国の要請と全 ASEAN 外相の提言を受けて、ASEAN首脳会議が全会一致で、当該国の参加なしに、その国のASEAN加盟国としての権利や特権の一時停止を決定する。加盟国の脱退については、例外的な状況においASEAN首脳会議が決定しない限り、脱退請求権は認められない。

すでにASEAN加盟国となったミャンマーに対して向けられたものだといってよい。「加盟国の権利や特権の一時停止」とは、具体的に、会議に参加する権利の停止や議長権限の一時停止などが検討されているという6。また、脱退を要請する手続きの策定を主張する加盟国もいたが、基本的には加盟国の脱退を前提としないということで議論が落ち着いたようだ7

いずれにしても、第二章・第三章の項目は、ASEANが加盟国の国内問題を理由に何らかの制裁を課す可能性を意味しており、これまでのASEANの組織原則である加盟諸国間の「不干渉原則」の変更につながるものとして注目される。

さらに、注目するのは、加盟国承認や加盟国の権限の一時停止は首脳会議において「全会一致」で決定されるとしている点である。全会一致はコンセンサスによる意思決定とは意味合いが異なる。全会一致は全員が賛成であることを意味し、加盟国の積極的賛成を条件とする。一方、コンセンサスによる意思決定は反対者がいない状態を意味しており、積極的賛成を条件としない。積極的賛成を引き出す全会一致のほうが、コンセンサスよりも合意に達しにくい可能性がある。ASEANはこれまでコンセンサスによる意思決定を採用してきたが、(反対する加盟国が存在した場合)反対者が「反対である」と表明しない状態まで決定を先送りするため、なかなか合意に達しないとの批判を受けていた。

問題は意思決定方式の解釈と運用はASEAN政策決定者にゆだねられている。彼らが、この二つの方式を峻別しているかは定かではない。区別しているとすれば、ミャンマーに対する政策を全会一致で決定する場合、(ミャンマー以外の)全加盟国に積極的賛成を得られるかどうかは疑問である。

組織構造(第四章)

主要機関として、ASEAN Council(首脳会議)、Councils of ASEAN Community(政治・安全保障を扱う外相会議、経済を扱う経済閣僚会議、社会・文化を扱う閣僚会議)、ASEAN Secretary-General(ASEAN事務総長)の三つを挙げている。

既存の機関の明文化(名称変更も含む)である。ASEAN事務総長は閣僚級から大使級によって担われる、首脳会議や閣僚会議をアシストする、とする点は1992年の改革以来変更がなく、事務総長に新たな権限を付与する内容ではない。しかし、新たに、1.ASEAN 首脳会議を最高意思決定機関とし、年二回以上の開催とする、2.ASEAN 副事務総長を現在の二人から四人に増やす、点を提言した。これまで形式的には ASEAN 外相会議が最高意思決定機関となっていたため、首脳レベルへの格上げしたことになる。

そのほかの機関としては、ASEAN委員会(ASEAN首脳会議、閣僚会議の準備組織)、ASEAN 事務局、ASEAN 常設代表、ASEAN国内事務局、非ASEAN諸国・国際組織に常設する委員会、ASEAN基金、ASEAN Institute である。

今回新たに導入を提言した機関は、ASEAN常設代表と ASEAN Institute である。前者はASEAN事務局のあるインドネシアにASEAN加盟国が常設代表を置き、ASEANの諸委員会に加盟国を代表して参加するというものだ。しかし、常設代表は駐インドネシア大使が兼務してもよい、となっており、ASEAN の諸協力におけて常設代表として何らかの権限が付与されたわけではない。後者は、ASEAN事務総長の下に置かれつつ、事務局の外に設置されるもので、調査、政策提言、戦略的計画などを立案するものとされている。この ASEAN Institute の財政的基盤は民間セクターや ASEAN諸国以外のソースとしており、域外諸国から財政的援助を募るものとされている。2006年、日本政府は東アジアサミット構成国である ASEAN 諸国、日中韓、豪州、NZ、インドの16カ国からなる東アジア版 OECD 構想を立ち上げ、東アジア・アセアン経済センター(ERIA)として設置準備を進めている。ASEAN Institute がこのような動きとどう関係していくのか(あるいはいかないのか)は今後の議論の対象となろう。

意思決定過程(第五章)

一般原則として、協議とコンセンサスに基づく意思決定を採用する。特に、安全保障や外交政策における敏感な諸問題についてはこの一般原則を厳密に適用する。そのほかの問題領域において、コンセンサスに達しなかったときに、表決による決定も許容する。表決は、単純多数決、三分の二の多数決、四分の三多数決のいずれかで、表決に付す問題領域の特定は首脳会議で行われる。

ある特定の協力プロジェクトについては、ASEAN-X、2+Xという柔軟な参加方式を採用する。これらの方式を採用する分野の特定は首脳会議が行う。加盟国に対する特権や権利の一時停止に関する決定は全会一致で行われる。

以上の方式が列記されていることに違和感がある。コンセンサスによる意思決定、全会一致、多数決などの表決制は意思決定方式だが、ASEAN-Xや2+Xという方式は厳密には意思決定方式ではなく、ある合意(たとえば、プロジェクト)を実施する方式である。「○○プロジェクトの実施」あるいは「○○プロジェクトを2+Xの方式で実施」を決定するために、コンセンサスか、表決制、どちらの意思決定方式を採用するのかという問題は別である。この点、提言書では触れられていない。

紛争解決手続き(第六章)

ASEAN 諸国はすべての分野において平和的解決を希求する。すべての分野において紛争解決手続きを取り決める。政治・安全保障の分野は東南アジア友好協力条約(TAC)の高官委員会(High Council)とその手続きを中核とする。同様に、経済関係の協定に関する紛争については、2004年の紛争解決に関する議定書(ASEAN Protocol on Enhanced Dispute Settlement Mechanism)を参考にする。そのほか、国連憲章33条1項の紛争解決方法を参考にする。

既存の手続きを踏襲したものである。TACの紛争解決手続きは一度も活用されず、インドネシア・マレーシアの領土紛争は国際司法裁判所に付されたほどである。国連憲章の紛争解決方法にも注意を払う点が示されたが、中核となる ASEAN の協定における紛争解決手続きが機能しない場合、どのような方策が次に考えられるか(第三者による仲裁や調停の可能性など) については触れていない。

法的基盤、免除、特権(第八章)

ASEAN は法人格を持つ。ASEANはASEAN加盟国の領土内において特権と免除を享受する。加盟国は国内の法制度において ASEAN に法人格を与え、ASEAN、ASEAN 事務局職員、ASEAN 会議に出席する加盟国代表について特権と免除を付与する。ASEAN 事務総長はASEAN を代表して、加盟国以外で行われる会議の目的のために、特権と免除を求めることができる。

国際組織が法人格を持つとは、主に、第三国・組織に対する代表権を持つこと、条約の締結権などが想定されている。ASEAN事務総長が国連総会に代表として出席することなどは想定しているようだが、事務総長の条約の締結権については触れられていない。現行では、ASEANと日本との協定(たとえば、日・ASEAN 経済連携協定)は全ASEAN10加盟国代表と日本の代表の間で締結される。ASEAN の法人格を認めた場合、ASEAN の代表が全加盟国ではなく、ASEAN 事務総長(あるいは ASEAN を代表する権限のあるもの)となるかどうかが問題である。

対外関係(第九章)

域外からのASEAN加盟国へ不干渉を堅持する。域外協力における ASEAN の中心的役割 (centrality, driving force)を強調している。

第三章では、ASEAN 加盟国間の不干渉原則の変更に踏み込んだものの、域外の国々(非 ASEAN 加盟国)からの加盟国の内政問題への干渉には反対している。一方、ASEAN 諸国の脅威となるような域外の紛争に対して、ASEAN として不干渉主義を堅持するのかどうかについて言及がない(当然、干渉するというということかもしれないが)。

批准、効力の発生、登録(第十一章)

ASEAN憲章をUN事務局に登録する。

(4)今後の課題

以上にみてきたように、EPGの提言書にはASEANの設立条約に相当するような憲章を作る上で多くの問題点がある。

まず、ASEANの組織原則としてたびたび議論の的になってきた不干渉原則は、この提言書を読む限りでは、域内においては一部変更も止むを得ないという柔軟な解釈を採用し、域外諸国に対してはこの原則を堅持しようとしているように読める。さらに、域外の紛争に対してはこの原則をどのように適用するのか、あいまいさが残る表現である。

表決制度の導入、政治・安全保障分野、組織上の問題などの政治的にセンシティブな問題以 外についての決定に表決制導入の可能性が示された。しかし、どの分野に表決制(単純多数決か、三分の二多数決かなども含めて)を適用するかが問題である。提言書では、その決定は首脳会議でなされるとしているが、その決定の方式については特に言及がないため、おそらく従来のコンセンサスによる意思決定方式に依拠するであろう。この点についてさらなるルール化を図らないと、表決制導入の意義が薄れるような気がする。

組織構造については超国家機関を作るという方向は示されない一方、ASEAN加盟国から独立した立場にある ASEAN 事務局や事務総長についてもその役割や権限が強化されたわけではなさそうだ。基本的に既存の機関の存在を明示化するだけで、課題とされてきた合意の迅速な実施や、増加する諸会議、域外関係の処理などに処方箋が示されたとは考えにくい。また、法人格の付与は、条約の締結権など一部に主権の委譲を伴うものであるが、この点については言及を避けている。

これらの点に対する ASEAN諸国の政策決定者の了解を、今年末の首脳会議で提出される憲章草案で、確認したい。

脚注
  1. Kuala Lumpur Declaration on the Establishment of the ASEAN Charter, Kuala Lumpur, 12 December 2005. http://www.aseansec.org/18030.htm 2007年1月18日ダウンロード
  2. Cebu Declaration on the Blueprint of the ASEAN Charter, 13 January 2007. http://www.aseansec.org/19257.htm. 2007年1月18日ダウンロード
  3. Report of the Eminent Persons Group (EPG) on the ASEAN Charter. http://www.aseansec.org/19247.pdf. 2007年1月18日ダウンロード
  4. 第七章(予算・財政)、第十章(ASEAN アイデンティティとシンボル)、第十二章(改正)、第十三章(実施のための一般的約束)、第十四章(法的継続性)は省略した。
  5. JOINT COMMUNIQUE, Twenty-Sixth ASEAN Ministerial Meeting, Singapore, 23-24 July 1993.
  6. Ali Alatas, Jakarta Post 17 January 2007.
  7. Ibid.