IDEスクエア
海外研究員レポート
アルコール飲料広告規制
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050028
植竹 立人
2006年11月
飲酒の低年齢化、過度な飲酒が原因で発生する事故・事件が後を絶たないタイで、アルコール飲料の広告を全面禁止する決定が下された。保健省は、消費者保護法を根拠とした「食品薬事委命令」を10月17日に発令、12月3日に発効することとした。これは、テレビ、ラジオ、新聞・チラシ、看板類などアルコール飲料に関する全ての広告を禁止するという大変厳しい内容である。その後政府は「企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)活動かつアルコール飲料のブランドシンボルを使用しない広告に限りを許可する」と若干規制を緩和したものの、アルコール飲料メーカーはもちろん、流通業者、広告会社など関連業界からは当然のことながら一斉に反発の声が上がった。また、規制の例外として、①「タイ国内での販売・配布以外の目的で海外から持ち込まれた出版・印刷物」に印刷された酒類の広告、②「海外から配信される生中継のスポーツ及びニュース番組」で放送される選手のユニフォームや会場看板の広告ロゴ、が挙げられていることも業界団体などの不公平感を助長させているようである。
近年、タイのアルコール消費量は増加傾向にある【表①】。世界的にはさほど多く感じないが、アジア諸国では日本、韓国、中国を抜いてタイが最も多い【図①】。飲酒年齢の低年齢化や飲酒運転による交通事故、深酒による事件が大きな社会問題となっており、2003年10月に発効されたテレビCM放送時間制限(午前5時から午後10時まで不可)に続き今回の規制強化に至ったようである。昨年は、煙草について広告を全面禁止し、店舗内でも見える場所への陳列禁止を行なったところ、喫煙者減少の傾向が現れつつあり、アルコール飲料についても広告規制により煙草と同様の効果をねらった訳である。しかし、タイで最も売上高が大きい「ラオ・カーオ(焼酎)」は元来広告を行なっておらず、新たな広告規制を導入してもアルコールの消費量の削減効果は希薄であり、問題の根本的な解決には至らないとの意見も出ている。実際、2002年のビールの消費量は前年比13.6%増の15億リットル、国民一人当たりの年間消費量は約25リットルに達し(ジェトロ調べ)、 2005年7月に開催された第1回全国アルコール学術会議では、一人当たり消費量は13.59リットルにのぼったとの報告もあり、2003年のCM制限の効果が疑問視されている。もともとアルコール広告は、飲酒勧誘よりも新製品紹介に主眼が置かれるため、広告禁止は愛飲家が商品を選択する際の手間を増やす程度のこととの冷めた見方もある。
【表①】タイの成人(15 歳以上)一人当たりのアルコール消費量推移
年 | 消費量(ℓ/人) | ビール | ワイン | その他 |
---|---|---|---|---|
2001 | 8.47 | 1.31 | 0.04 | 7.13 |
2000 |
8.40 |
1.25 | 0.03 | 7.12 |
1999 | 8.31 | 1.13 | 0.03 | 7.16 |
1998 | 7.71 | 1.09 | 0.01 | 6.61 |
1997 | 7.89 | 0.99 | 0.04 | 6.86 |
1996 | 7.08 | 0.88 | 0.05 | 6.15 |
1994 | 7.85 | 0.57 | 0.01 | 7.26 |
1993 | 7.92 | 0.46 | 0.01 | 7.44 |
1992 | 6.95 | 0.37 | 0 | 6.57 |
1991 | 7.00 | 0.33 | 0 | 6.66 |
1990 | 7.46 | 0.31 | 0 | 7.13 |
(出所)世界保健機構(WHO)(http://www3.who.int/whosis/alcohol/)より
この措置に対し、アルコール飲料メーカーや観光、ホテル、レストランなどのサービス関連業界団体は「アルコール管理連合会(FACT)」を結成し、広告禁止が雇用に及ぼす影響は約3万人との推計を示したり、アルコール関連企業が社会奉仕的活動の後援も行なってきた点などを主張したりして対抗している。また、来年3月に津波災害からの復興を目指すプーケットにおいて開催予定のスコッチウィスキーを冠にした国際的ゴルフトーナメント「ジョニーウォーカー・クラシック」の中止が検討されており、国際社会からの批判を懸念する声も囁かれている。さらに、FACTは政府に対して、既存の規制の効果分析や飲酒による事故・事件を効果的に減らす策を講じることが先決であるとし、民間事業者との協議もなく一方的に官報公示を行なった政府を告訴することも検討する旨を明らかにしている。
地元紙の反応は、「経済やビジネス的視点から見れば商品広告による消費刺激は当然であるが、その行為が社会問題と密接に関連していることを考慮すると抑制もやむを得ない。」など概ね政府の決定を支持する論調である。しかし、いくつか違和感を覚える論調もある。「欧米諸国のアルコール広告や映画の酒場シーンの世界的普及が飲酒の価値観を増長」、「広告は西側の消費主義社会が生み出した飲酒を勧める効率的手段」との見解は「飲酒は悪」と誤解を与えるのではなかろうか。また、タイでは仏教儀式や新年、誕生日や結婚式など祝い事や娯楽行事に酒類を供すことが浸透しているため、生活様式を改め文化革命が必要とする意見やアルコールを飲まない価値観を植え付け、飲酒者は社会から嫌われるようにするべきとの発言もあるが、これは些か歪んだ見方ではなかろうか。反飲酒団体がアルコール消費量の削減、飲酒に起因する病気・事故の撲滅を唱える一方で、関連業界団体は若年齢層への販売抑制や過度な摂取を控え健康的でスマートな飲み方を推進するキャンペーンを施してきたこれまでの協力姿勢への評価を主張する。政府には、両者のバランスを考慮しつつ、ことの本質はアルコール消費の抑制なのか、飲酒による健康被害・事件・事故の抑制なのか、問題点を見誤らないことを期待したい。
タイは乾期に入り、野外ビアガーデンやレストランの商戦が行なわれている。各社とも従来のロゴを使用しつつ、アドレスに商品名が混在するURLをさり気なく記載したり、商品ブランド名の部分を別の言葉に入れ替えたりするなど巧みな広告戦術をとっているようである(例えば”Heineken”は”Green Space”としていた。)。当局と関連業者のイタチごっこにならぬよう、愛飲家もモラル向上に努めるよう肝に銘じなければいけない。
【図①】国別成人(15 歳以上)一人当たりのアルコール消費量
(出所)社会実情データ図鑑(http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1970.html)及び世界保健機構(WHO) (http://www3.who.int/whosis/alcohol/)より
【追記】
タイでは、買ったこともないデパートや、行ったこともないレストランからダイレクトメールが送られてきます。駐在中、私が職場や自宅の住所を登録したのは、提携レストランやショップの各種割引が効くカードの会員になった時のみなのですが……。日本では個人情報「保護」に対する関心が高まっていますが、どうやらタイでは個人情報は「共有」されるもののようです。