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海外研究員レポート

最近の米国における中国経済研究

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050045

大原 盛樹

2006年6月

本報告では、米国における最近の中国経済研究(地域研究)のあり方について簡単に述べる。次いで米国の主な中国研究機関および研究者を概観する。最後に、筆者が最近見聞した主なシンポジウムの内容について紹介し、大まかな傾向を指摘する

1.地域研究を巡る米国の一般的状況

中国に関する研究成果には、中国をある程度、専門的に研究している学者によるものと、ディシプリナリーな研究のケーススタディとして中国を対象にした成果の二つがある。経済・ 経営の分野においては、米国において近年増加しているのはどちらかというと後者であるようだ。また両者を担う人材として、中国人(中国系米国人を含む)研究者の役割は重要である。 現地語の習得を含め、ある程度長期間をかけて発展途上国にコミットをしながら研究を行う研究者を「地域研究者」と呼ぶならば、米国では中国経済を研究する「地域研究者」は日本ほど多くない。「地域研究」は冷戦時代、国家の戦略的な目的に資するための活動として1970年代から厳しく批判された影響から、現在、米国の大学では不当に低い位置に置かれている感がある。「研究者のキャリアとして、地域研究をしているというのは、米国の大学ではdisadvantageでしかない」とまで言われる(カルフォルニア大学バークレー校中国研究センター長)。また米国では(日本以外ではと言うべきか)、地域研究は言語、歴史、文学と言った人文科学を含めた総称であり、多くの大学の地域研究を行う機関は、むしろ歴史学、文学、言語学が研究者の数的には主流を占めている。社会科学分野では政治学が多く、次いで社会学、文化人類学をバックグラウンドとする者が多いようだ。一方、経済学、経営学の分野で中国を専門に研究してきたという研究者は、学術界全体の規模から言えば、驚くほど少ないと言うべきである。

近年、急速に増加しているのは在米国の中国人研究者である。もとより彼等は米国の中国研究の重要な担い手であったが、この10年でその重要性を増しつつあると言える。彼等は、現地語の習得や文化的背景を自然に身につけている。また中国国内で人的ネットワークを有する場合が多く、現地調査も比較的行いやすい立場にある。

現在の米国における中国経済に関する研究の大半は、「地域研究者」ではなく、経済学部あるいはビジネススクールでディシプリナリーな研究に従事する者が行っている。彼等は、往々にして中国以外の様々な地域に関して研究を行っており、自ずと共通のモデルを使って異なる諸国を分析するスタイルをとる。そのため、彼等の研究から何か新しい事実が発見されるということは少ないが、比較研究およびそれを応用した政策研究で、新しい視角を提供 するという意味では優れた成果を数多く生み出している。

米国での中国経済の研究のスタイルとして目立つのは、分析枠組みを編み出す米国人研究者と、現地理解に強みを持つと見なせる中国人研究者がタッグを組んだ共同研究である。その場合、中国人研究者は米国の大学で学位を取得している場合が多く、元来、研究手法において米国人研究者と親和的である。中国的背景の理解とデータ収集、分析は中国人が行い、全体の方向づけ、ディシプリンにおける意味づけを米国人が行うという分業を行う場合が多いようだ。特に、米国の一流研究機関は、世銀、IMFを筆頭とする国際機関もからめて、中国政府や中国の有名大学と大規模な共同研究を行うことができ、通常では入手が困難な大量のデータにいち早くアクセスすることができる。

この方式は、現地語の習得、現地調査を可能にするための人的ネットワークの構築、データ収集と整理、分析枠組みの構築と分析実施と、ほぼ全てを自ら行うようなスタイルをとる 「地域研究者」に比べて、着想から論文の完成までかなり短い時間で行うことができる。さらに国際比較を当初から念頭に入れている場合が多いので、往々に、特定地域に視角が固定されがちな「地域研究者」にとって斬新な研究成果が得られることが少なくない。特に近年、グローバル化の中で他国とのリンケッジという視角から中国経済を見ることが不可欠になり、かつ、中国の市場経済システムが急速に形成される中で、各国共通の枠組みで中国の現段階を捉えることの意義が高まっている。

中国経済、ビジネスに対する関心がこれまでになく高まっている米国であるが、しかし「地域研究者」として中国経済を研究することは、思いの外困難なことであるようだ。

ただし、そのような研究体制にも弱点があると考えられる。中国に関する相当部分の情報収集を中国人研究者に頼っていること、そして中国研究者が必ずしも、中国の潜在的に重要な問題を認識しているとは限らない点である。というのも、現状では中国人研究者の多くが研究方法の点で米国に頼っているという側面が強く、それでは米国の学問的潮流とは異なる性質の問題を抽出することは難しい。結局「地域研究者」は、物量やスピードで勝負するのでなく、外国人として中国人が見落とすような重要点を、先見性を持って現地調査によって自ら拾い出し、そのユニークさと作り込みのよさ(総合性、現実性、直接論じるトピック以外の諸要素への配慮等)で勝負してゆくしかないのではなかろうか。

2.米国における主要な中国研究機関と研究者

以下に米国における主要な中国研究機関と研究者をリストアップする。米国では、地域研究機関は、通常、「センター」として所長等の数名の幹部と数名の事務職員が勤務している。「センター」は研究会の主催、研究プロジェクト主催、学生指導(学位を授与する場合がある)、客員研究員の受け入れ等の国際交流事業、出版事業や奨学金事業、企業の研修生受け入れ事業等の、諸々のプロジェクトの受け皿である。ただし、通常、その大学の学部に所属する正教員(「ファカルティ」)でその地域に関心を持つ者が、「センター」の研究員として登録され、幾つかの事業に何らかの形で関わっている。なので、各大学の「センター」(およびそれに相当する機関)に登録されている正教員を見渡すと、その大学における地域研究 の規模や傾向などがわかる。

(1)カルフォルニア大学バークレー校中国研究センター(CCS)

リベラルな校風で有名なバークレーは米国の発展途上国研究で独自の地位を築いている。US News and World Report社の大学ランキングでは、発展途上国研究に深く関連する分野である開発経済学で1位、アジア歴史学および文化歴史学で1位、比較政治学で2位、文化社会学で2位という評価を受けている。外国の異なる価値観の理解を重視する学風を持つためか、地域研究が盛んである。東アジア研究所<中国、日本、韓国研究センター>、東南アジア研究センター、南アジア研究センター、欧州研究所、中東研究センター、アフリカ研究センター、スラブ・東欧・ユーラシア研究所、ラ米研究センターを有する。

Center for Chinese Studies:同大学の正教員67人が参加。西海岸最大の中国研究拠点。言語・文学、政治学、歴史学が中心。Kevin J. O'Brien、Stanley Lubman など。経済・経営関連の専門家は少ない。経済学部に制度分析で著名なQian Yingyiがいる。

The Berkeley Roundtable on the International Economy(BRIE):グローバルな経済開発と産業競争に関するプロジェクトチーム。カルフォルニア大学を中心にしたイノベーション研究や産業研究者が参集する。1990年代のアジアの IT 産業を米国との関わりで解明した功績が大。中国経済のプロパーはいない模様。D. Teece、D.Mowery 等、ビジネススクールに籍を置く研究者が中心。

その他に、シリコンバレーの産業集積と台湾、中国との関係に関する研究で著名なA. Saxenian(School of Information)がいる。

(2)その他のカルフォルニア大学

UC San Diego:同校のGraduate School of International Relations and Pacific Studiesは米国におけるアジアの政治経済研究の中心の一つである。国際的に著名な中国研究者として、経済のBarry Naughtonと中国政治のSusan Shirkがいる。同大学の正教員27人が参加。彼等のほとんどが政治学、経済学、経営学、イノベーション研究等の専門家で、アジアを中心とする発展途上国に対する造詣が深い。Stephan Haggardはアジアの産業、イノベーション研究者として著名である。彼等は同校が主催するInstitute on Global Conflict and Cooperationというプロジェクトにおける中心人物でもある。Journal of East Asian Studies(編集代表Stephan Haggard)、Journal of the Japanese and International Economics(編集代表Takeo Hoshi)を主催している。

UC Los Angels:Center for Chinese Studies:同大学の正教員25名(経済系0名)が参加。歴史学部に Philip Huang(黄宗智名誉教授:The Peasant Economy and Social Change in North China)がいる。

UC Davis:East Asian Studiesに同大学正教員27人が参加。うち社会科学系の中国研究者は4、5人。William Skinner(名誉教授、社会学、文化人類学)、Scott Rozelle(中国の農業・農村経済、2006 年からスタンフォードに転任か)、Shu Xiaoling(ジェンダー)がいる。発展途上国経済論にWing Thye Woo(Sachs 等と1990年代に活躍)がいる。

UC at Irvine:アジア研究センター Susan Greenhalqu(人口社会学)

UC Santa Barbara:東アジア研究所に同大学の正教員27名が参加。ほとんどが語学、文学、歴史学。

(3)スタンフォード大学

Asia Pacific Research Center(APRC)は西海岸における主要なアジア研究拠点の一つ。政治、国際関係、経済・経営が中心。同大学の正教員21人が参加。客員研究員、ポス トドクター、アドミニストレーション等を含めると70人近い規模を有する。経 済・経営を専門とする研究者が7名おり、青木昌彦やマッキノンといった経済学の大家を含む。中国研究の専門家として Jean Oi(Harvard Business School で客員)とAndrew Walter(中国政治)がいる。アジ研から川中氏が客員として滞在中。

Hoover Institute on War, Revolution, and Peace:米国で最も著名な国際戦略に関するシンクタンクの一つ。政治学、国際関係論、経済学等を中心に200名近い研究者が登録され、5名のノーベル経済学賞受賞者も含まれる。中国研究者は6名。

Center for East Asian Studies:同大学の正教員46名が参加。言語、文学、歴史、文化人類学等が中心。うち中国研究者15人、経済・経営研究者3人。社会科学専攻の多くがAPRCと兼任。 ビジネススクールにはJohn Robertsがいる。

(4)ミシガン大学

Ann Arbor Center for Chinese Studies:有名な中国研究の拠点。参加する同大学の正教員32人。経済・経営系は2名。著名な研究者に R. Dernberger(中国経済)、Kenneth Lieberthal(中国政治)がいる。 同校は、他に日本研究、南アジア研究、東南アジア研究、ロシア・東欧、アフリカ等の地域研究センターを持つ。

(5) シカゴ大学

Center for East Asian Studies:同大学の正教員42名が参加。うち中国専門家は約13名。Alwyn Young(中国マクロ経済)、Dali Yang(政治学)は中国の地方統治研究で有名。

(6)ハーバード大学

Harvard Yen-ching Institute:東海岸における中国研究の拠点。中国から多数の研究者を受け入れている。40人近い中国系の客員研究員を擁する。

The Fairbank Center for East Asian Research:ハーバードのもう一つの東アジア研究拠点。セミナー等の主催、奨学金事業等。東部を中心に外内外の73名のアソシエート研究者をネットワーク。 同大学には著名な Perkins, Dwight(経済学部)、Ezra Vogel がいる。

(7)コロンビア大学

Weatherhead East Asian Institute:同大学の正教員32名が参加。Thomas P. Bernstein(政治、農村問題)、Andrew J. Nathan(政治)、Xiaobo Lu(政治)。客員が18人。Katharina Pistor(比較法、移行国のガバナンス)も。

(8)ペンシルバニア大学

Center for East Asian Studies:正教員の他、客員、アドミを含め73名。ただし政治・経済に関する中国専門家はほとんどいない。

(9)トロント大学(カナダ)

Asian Institute:Department of East Asian Studies を中心に、同校で東アジアに関心をよせる正教員が 110人。Loren Brandt(経済)、Xiaodong Zhu(金融、経済)、Benjamin, Dwayne(農村経済)、Xie, Jia-Lin(経営、文化・行動論)、Wong, Joseph (政治、台湾等)、Salaff, Janet(社会学、ジェンダー)。

(10)その他大学に所属する著名な中国研究者
  • Carl Riskin(経済、ニューヨーク市立大学)
  • Yan Sun(政治経済、汚職論、ニューヨーク市立大学)
  • Nicholas R. Lardy(経済、The Institute for International Economics:シンクタンク)
  • Huang, Yasheng(経済、MIT)
  • M. Taylor Fravel(政治、MIT)
  • Lisa Keister(企業間分業、オハイオ州立大学社会学)
  • Gary H. Jefferson(企業論、Brandeis University、TUFTS フレッチャーでも教える)
  • Klein, Donald W(政治、TUFTS)
  • Schena, Patrick J(企業統治、金融、TUFTS)
  • Lynn White(政治学、プリンストン大学)
  • Donald Clarke(比較法、ワシントン大学)
  • Neil J. Diamant(国家と社会、Dickinson College)
  • Scott Kennedy(政治経済、インディアナ大学)
  • Ethan Michelson(政治、インディアナ大学)
  • Andrew Wedeman(政治、ネブラスカ大学)
  • Andrew Mertha(政治、ワシントン大学)
  • Margaret Pearson (政治経済、University of Maryland)
  • Marc Blecher(政治、Oberlin College)
  • Mark Frazier(政治、福祉論、Lawrence University)
  • Kellee Tsai(政治経済、John Hopkins University)
3.最近のいくつかの中国関連シンポジウムから

筆者の目にとまった最近のいくつかの中国関連のシンポジウム(うち二つに参加)の概要と感想を紹介する。 総括としては、中国に対する関心が非常に高まっており、多くの学者を引きつけていること、関心を満たすために多くのシンポジウムが企画されていること、一流大学ではスポンサーをつけて第一線の高官や企業家を交え、アピールしようとしていること(アピールすることは研究環境を確保することである)、現状では必ずしも日本に比べて情報量という意味で米国が優れているわけではなさそうなこと(特にミクロベースの「実態」について)、しかし地域に関する知識を政策やビジネスにどう活かすかについては、恐らく米国のほうが真剣なこと(スポンサーに対する還元を常に考えているから)、それとも関わるかもしれないが、比較研究の視点が米国の方が豊富なように感じられること(特にインド)、政治学、社会学、歴史学のほうが人的に多く、政治経済の議論にもそれらの成果がよりよく盛り込まれているように感じる(日本ではお互いにそれぞれの成果を活用していない感がある)、後発国の先輩としての日本の経験(に関する過去の知的成果)があまり有効活用されていない場合が多いようだ(その点では日本人は潜在的に有利かもしれない)、等の感想を持った。

(1)Corporate Governance in East Asia(Berkeley Center for Law, Business and the Economy, UC Berkeley、2006年5月4~5日)

バークレーのロースクールが中心になって行われた東アジアの企業統治に関する学際的なシンポジウム。(1)文化・心理学的基礎、(2)経済学的視角、(3)企業統治の原理、(4)法的環境、(5)企業の実践から、という5つのセッションからなる。26名の専門家が報告者、ディスカッサント、パネリストとして参加した。

このシンポジウムの最大の特色は、東アジア諸国の企業統治の特色を、経済や法律の形式的な制度の違いとしてだけでなく、文化・社会心理学の成果を活用しながら、西洋と異なる価値・認識体系を強調しつつ、文化・社会的な基礎から企業統治のあり方を比較検討しようと試みた点にあった。また従来、このテーマは経済・経営学を主要な舞台として展開されていたと思うが、このシンポは法学者が中心的役割を担いながら展開された。

野心的な試みであったが、しかし内容的には問題点も少なくなかった。大きな疑問点として、①東アジアの価値や認識体系が西洋社会と異なることはいいが、それが企業統治にどう関わるのかに触れられていない、②アジア諸国の企業統治に対して抱かれる否定的な側面(例えば政府の介入・保護、有力者によるクロニズム、ファミリー支配、透明性・アカウンタビ リティの不足、株式市場による監視の不足等)が、西洋とは異なる価値に基づくかもしれないという理由で、半ば肯定されていた感がある、③東アジアといいつつ、実際にはほぼ中国、中国系社会、および韓国に関する議論であった。日本の経験(実践的および知的な)が全く触れられていなかった。中国と日本には、企業統治の現実から社会的価値まで大きな相違があるが、全く触れられていなかった。④この分野では経済学・経営学にこれまで膨大な知的蓄積があるが(特に日本について)、それが無視されていた、というものがある。

中国等の東アジア諸国のビジネスの現実を、ミクロ的基礎から学際的アプローチで解明しようという試みはいいが、いかんせん、それを実行するための学術的蓄積が乏しかった。部分的には優れた論者もいたが、全体としては、安易な文化論に流れがちだった感がある。経済・経営学の成果と日本の成果を積極的にとりあげようとしなかったことに最初の問題があったように思う。この問題は、日本が数十年の間、まさに自らのアイデンティティをかけて追求しいてきたテーマであるからだ。また、長年、中国研究を続けている本当に中国研究者が、一人として報告者として参加していない。確かにこのような比較研究は、地域研究者が不得手とするところで、ある程度素人であることが、新しい視点を提供する上で大きな武器になることがある。しかしあまりに素人すぎてもいけない。今回のシンポジウムでも、バークレーのベテランの中国研究者のコメントには、うなずけるものが多かった。やはり既存研究を、それなりに敬意を払って勉強することは大事であろう。

「東アジアの企業統治」というテーマで、日本がほとんど触れられていなかったのは驚いた。聞くところによれば、このシンポジウムはロースクールの中国系の学者が企画し、中国系企業から資金を獲得していた。そのような背景もあったであろうが、米国において、中国やインドに対する関心が高まるにつれ、かつて非常な注目を集めた日本に対する関心が、現在ではほとんど感じられないことにもよるだろう。思えば、米国の社会科学において日本が注目を集めたのは、70年代から80年代にかけて日本の経済的プレゼンスが高まったことと密接な関係がある。特に学術が実業界経由の基金で成り立つ米国においては、ビジネス界の関心を取り入れねば、研究機関および個々の研究者自らの存在そのものが危うくなる。今後、中国が米国にとっての最大の関心国になるにつれ、日本に対する関心が薄れるとともに、日本に関する研究そのものも乏しくなるだろう。中国を説明するための学術的営みが中国人と米国人を中心になされる中で、日本の諸問題も中国のそれと一緒くたにされてしまうのであろうか。

(2)Challenges of Economic Policy in Asia(Stanford Center of International Development, Stanford University, 6月1~3 )

スタンフォード大学で行われたこのシンポジウムは、実質的にはインドと中国に焦点を当てたものだった。青木昌彦、R. MaKinnonといった世界的に著名な経済学者、著名なインドの政治・経済学者、インドの前大蔵・外務大臣、現環境大臣や中国の現中央銀行副総裁という中央の政治家、さらにはIT企業トップやインドの州政府高官までプレゼンテーションを行うという、非常に大規模かつ学術的にも政策実務的にも高度なレベルの人々による会議であった。3日間で総勢70名に上る学者、政治家、高級官僚、企業家が意見交換を行った。中身の 大変濃い議論が行われたが(そうでないセッションもあったが)、これだけのリソースを集めながら、会議場で聴講した人数は、初日でも100名に満たなかったと思われる。無論、このテーマが関心を集めないということはあり得ない。参加者を専門家のみに抑え、できるだけ濃密な議論をしたいということだったと思われる。非常に贅沢なことだと感じた。

セッションと報告は以下の通りである。

①中国とインドの生産性:中国、インドともTFPが低いが、資源を効率的に活用していないからである。効率的に活用すれば、生産は2倍になる。②連邦制と分権化:大国中国において「市場保持型連邦制market-preserving federalism(MPF)」が経済成長を促した。インドでも事実上そうなっている、という議論に対し、中国がMPFだというが、本当にそうか、中央集権化に向かっているのではないか、という議論がされた。③アジアの経済見通し:インド、中国、パキスタンの高級経済官僚の講話。④アジアのビジネス環境:Cisco 等の米中印のIT関連企業およびコンサルタント幹部の講話。⑤地域金融と金融:中国の金融改革および人民元改革、そしてアジア地域金融協調策の紹介と日本の役割について紹介。アジアと米国の貿易アンバランスや、90年代の通貨危機は、結局、為替とはあまり関係なかったのではないか、という議論がされた。⑥貿易と地域統合:アジア域内の貿易は諸産業の垂直統合によりネットワークが強化されてきたが、2000年以降は、各国の統合促進政策がネットワークを強固にする役割を果たしており、「制度が促進する統合」と言っていい、という議論がされた。⑦小規模・農村企業への金融:小規模金融制度が中国で官民を挙げて進んでいる。既存の金融機関が退去として取り組んでいる。しかし貯蓄率の高い中国農村で本当に必要なのか。⑧中国とインドの農村発展:インドの土地改革は、政治的なイデオロギーでなく、政治的な競争から生まれたという。もう一つは中国の税制改革と農村改革の進展について紹介。⑨中国とインドの健康。⑩技術と知的財産権、⑪エネルギー、環境、持続可能な成長、⑫州レベルの改革(インド):3つの州の高官が経験を紹介、⑬高等教育、⑭人口問題。

多大な注目を集め、かつ複雑な政治・経済・社会的課題を抱えるインド・中国両国の今後の経済政策の広範な重要課題について、それぞれの専門家がわかりやすく現状を紹介し、政策面でのアイデアを提出した。短いセッションにも関わらず議論の内容が濃いため、疲れさえしたが、しかし、効率よくこれらのセッションをこなしてゆくノウハウはさすがである。インド関係者主導で企画されたのか、会場はインド人学者が多く来ていた割に、中国人は、スタッフを除いて、少なかった。その分、筆者には新鮮であった。インド人研究者がこれだけ活躍している米国だから可能であったと思われる。インド人研究者の質問とコメントが多く、議論は活発であったが、その分、時間が短かった。

中国に関しては、新しい知見はそれほど多く得られなかった。しかし広範な内容を一度に行うことで、多面的な新しい全体像が浮かび上がった。

インド、中国の両国について、アジ研で得意なミクロの実態調査に基づく報告というのが、ごく一部を除いてなかった。政策研究に資することを目的としているという理由はあるが、米国において、それらがあまり重視されていないのかもしれないと感じた。一部のミクロ調査に基づく研究報告が非常におもしろかっただけに、アジ研的な調査結果も、工夫次第ではこのような場所で十分通用するように感じた。

同大学に名誉教授として滞在している青木教授の影響だと思われるが、同氏と関係の深い日本の著名な学者(速見佑次郎、浦田秀次郎、伊藤隆敏)が報告者、モジュレータとして参加していた。先のバークレーの会議と異なり、日本の経験や役割も紹介された。時間的な都合で日本の開発経験との比較が十分なされた訳でないが、議論を深めるのに役立ったはずだ。全体として、市場志向的、競争志向的な政策をとることで、両国の経済発展と社会改革は達成される、そして周辺国もそれによりチャンスを得るという楽観論が会場を支配していた。特 にインド人学者や政府高官の自信に満ちた様子が印象的であった。彼等が中国をベンチマークとして非常に注目しており、中国にやれたことは自分たちにもできると疑っていないよ うに感じた。ただし、その根拠はこのシンポジウムでも示されることはなかった。

(3)Capitalism with Chinese Characteristics: China's Political Economy in Comparative and Theoretical Perspective(Indiana University, 5月19,20日)

上記二つは筆者が直接聴講したが、このシンポジウムは残念ながら聴講できなかった。しかし企業のスポンサーをつけ、エスタブリッシュメントを招いて、多かれ少なかれ、プレゼンスや政策的アピールを目指したと思われる上記の二つのシンポと異なり、このシンポジウムはテーマを絞り、かつその道の専門家が結集して議論を交わした会議であったようだ。中国に関して政治経済学的アプローチをとる主要な米国在住の研究者(特に政治学者)が集まったようだ。

各セッションは以下の通り。①体制移行論――計画から市場へ:毛以後の改革のダイナミクス、財産権の遍在性と代替性、中国法制度の改革以前からの継続性、②中国の国家:階層的経済の規制政策、都市計画に見る開発主義と地方政府、なぜ汚職国家が民主国家より発展するのか、③公共政策:銀行が外資に売られるとき-中国、メキシコ、韓国、中国の通商・産業政策、権威主義開発国家における福祉政策(一国三制度)、④民衆の資本主義に対する政治的反応:中国的特色を持つ抵抗、中国のロビーイズム、共産党支配下の中国における市場主義メディアの矛盾、私営企業と適応的なインフォーマル制度。

いずれも、簡単には結論が出そうもないトピックを、様々な角度から吟味している様をかいま見ることができる。ここでは、中国的な国家のあり方と、移行期にあることの意味、そして現代の資本主義の性質が、相互に絡まりあって中国の現在が形成されているとし、それを全体的として見通したいという意志を見ることが出来る。そしてそれを、中国以外の他の後発国と比較することで、何らかの中国の特色を抽出しようとしている。おそらく、ここで全く新たになる事実は少ないかもしれないが、そのようなチャレンジ精神は明らかである。残念ながらこのシンポジウムの詳細はまだわからないが、地域研究が重視されないとされる米国においても、多数の報告者が集合してこのような野心的なシンポジウムが行われてい るということは、注目に値する。