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開催報告

オンライン講座「『アジア動向年報2021』刊行記念セミナー――東アジアの政治動向と見通し」

アジアの政治・経済・社会の動向をまとめた『アジア動向年報2021』が刊行されました。
刊行を記念したセミナーの第一弾では、タイ、ミャンマー、マレーシアの政治動向を徹底解説しました(詳しくはこちら)。
今回は、中国、香港、韓国の3カ国・地域を解説したアジア動向年報刊行記念セミナーの第二弾の報告です。

中国の政治動向(講師:内藤寛子(アジア経済研究所))

これまで、中国では指導者の交代が制度化されてきたが、習近平は2018年の憲法改正で連続二期を超えての国家主席就任を制限する規定を削除するなど、長期政権を目指す動きを見せている。2021年6月15日に68歳を迎える習近平が2022年に3期目に突入するのかが注目される。ここでは、習近平の長期政権実現に向けた準備を、①新型コロナウイルスへの対応、②政法組織に対するコントロール強化、③法制定、の3つの観点から論じる。

中国政府の新型コロナウイルス対策は、初動の遅れは見られたものの、その後の政策運営は迅速に行われており、他国と比較しても早い段階で経済政策に着手できていた。2020年の実質GDPの成長率は2.3%であり、主要国のほとんどがマイナス成長の中、プラス成長を達成した。また、感染症対策の有効性を外交にも利用している。米中関係が先鋭化する中、EUや一帯一路参加国に対する外交を積極的に推進した。また、2021年に入ってからはワクチン外交を積極的に展開しており、これに対して日米豪印の「Quad」は連携して対抗していくことを表明するに至っている。

習近平にとっての法治とは、集権化を法律や制度に基づいて推進することを意味している。習近平は、政法委員会のトップに公安部長経験者を登用するなど、公安部を重視した党建設を進めている。一方で公安部および司法部の上海閥関係幹部を汚職などの容疑で一掃しており、政法組織の地盤固めを進めている。

さらに、6月21日に施行された人民武装警察法により、戦時の指導・指揮体系が明確化され、2021年2月1日の海警法の施行により外国船に対する武器の使用も可能になった。このような法律の制定によって統制手段の正当性を獲得するという動きは米中関係の文脈でも見られる。例えば、国防法において軍事力の動員を進める対象に「発展の利益」に反する場合、などという文言が追加された。「発展の利益」の定義は不明瞭だが、この言葉は反外国制裁法などでも使用されており、中国が軍事力や報復措置を取る際の法的な根拠になる可能性がある。

今後は、19期6中全会において、2022年開催予定の党大会に向けた下準備がどの程度進むのか、そして李国強首相の後任人事やバイデン政権下での対EU外交の変化などが注目される。

香港の政治動向と見通し(講師:倉田徹(立教大学))

2020年は、「香港国家安全維持法」(国安法)が制定され、大規模な弾圧が開始された香港史に残る一年であった。年明け当初は、大規模な抗議活動が行われていたが、新型コロナウイルスの流行が確認されると、感染防止のために街頭でのデモを控えざるを得なくなった。政府も感染拡大防止のために集会制限令を発出し、警察の取り締まりも厳しくなるなど、デモや集会が起こせない状態になった。

そのような中、5月21日に香港版の国家安全法が審議されることが突如発表され、異常な急ピッチで制定作業が進められた。国安法は6月30日に制定され、取り締まり対象が曖昧なため、多くの民主派政治団体が活動の停止や解散に追い込まれた。

国安法は、人権法よりも国家の安全を優先すると読むことができるため、同法が香港の既存法に優越すると解釈することもできる。罪の定義が曖昧なため、何をしたら罪に問われるかが分からない一方で、最高刑は終身刑である。そのため、政治的な報道や言論、表現、学術などの活動は自己検閲が余儀なくされており、民主派の活動や言論・報道の自由が猛烈な勢いで委縮している。

国際社会は国安法に強く反発している。米国は、「香港の一国二制度が壊された」として制裁を開始した。しかし、米国はまだ手加減をしている。おそらく最大の制裁効果を期待できるのは、香港ドルの米ドルとの固定相場制を崩壊させることであるが、まだそこまでは踏み込んでいない。イギリスなどは香港を脱出する移民の受け入れ拡大に動いている。

また、選挙制度の改定も行われ、選挙の出馬には政府の資格審査を経ることや、親政府派の委員からの推薦を得ることなどが義務付けられ、民主派にとって極めて不利な選挙制度になった。

これまで民主派は「議会」「街頭」「国際」の3つの戦線で成果を挙げてきた。しかし、コロナ禍によって「街頭」デモの手段を失い、国安法により外国との結託が禁じられたため、「国際」戦線も失った。さらに選挙制度改定により「議会」からも締め出されることになった。現状、民主派はなす術がないのが現状であり、一国二制度による間接統治から北京の直接統治へと大きな転換を迎えたと言える。

政権末期の韓国政治――コロナ禍と注目すべき変化――(講師:奥田聡(亜細亜大学))

2020年、韓国政府はコロナ禍の第一波を適切に抑えたことで世論からの支持を拡大することに成功し、同年4月の議会選挙では与党が圧勝した。しかし、これは「コロナバブル」とでも言うべきものであり、その効果はすぐに消えていった。支持率低下につながったのは、不動産価格の高騰と検察改革の失敗である。

進歩派である文政権は、不動産を複数持っている人に対する増税や借家人が契約延長をできるようにするといった政策を導入したが、これが裏目にでて不動産価格の高騰を招いてしまった。これが世論からの反発を招き、支持率低迷につながった。

検察改革の目的は、検察の政治介入を排除して長期政権を確立することであったが、検察総長の尹錫悦(ユン・ソギョル)が政権を摘発する側に回ってしまうという誤算が発生した。そして尹検察総長を更迭しようとしたことで、政権と検察の泥仕合に陥ってしまった。結局、尹氏が2021年に検察総長を辞職するに至っている。

次期大統領選の行方だが、与党の有力候補は李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事である。李氏は「韓国のトランプ」や「戦闘型廬武鉉」と称されほど物言いの「キツイ」人物であり、対日姿勢も厳しい。一方の野党有力候補は検察総長を辞職した尹氏であるが、内政、外交、経済をどのように舵取りするのかは不透明な部分が多い。また、保守で若手の李俊錫(イ・ジュンソク)がすい星のごとく現れた。憲法規定により満40歳に達していない李俊錫は2022年の大統領選には出馬できないが、2027年選挙での去就が注目される。いずれにしても、保守改変と党の若返り戦略が韓国政界全体に波及していく可能性がある。

文政権の対日姿勢は変化している。日本は2018年の徴用工判決、2021年の第一次慰安婦訴訟で敗訴した。しかし、第一次慰安婦訴訟の判決に対して、文大統領は「困惑」していると発言したことで、その後の対日訴訟の風向きが変わることになる。2021年4月の慰安婦第二次訴訟、同年6月の徴用工訴訟では原告が敗訴した。これは、対中包囲網の拡充を目指す米国に忖度した結果であると見られている。しかし、韓国側からのアプローチに対して日本の反応は冷淡である。

※解説はすべて講演時点のものです。