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開催報告

オンライン講座「『アジア動向年報2021』刊行記念セミナー――東南アジアの政治動向と見通し」

オンライン講座の様子

アジア経済研究所では、基幹事業のひとつである『アジア動向年報 』の刊行を記念し、2021年6月8日(火曜)と23日(水曜)に『アジア動向年報2021 』の刊行記念セミナーを開催しました。6月8日のセミナーではタイ、ミャンマー、マレーシアの3カ国の政治動向をそれぞれの国の専門家が分かりやすく解説しました。このページでは、各講演の要旨に加え、講演動画を無料で公開しています。ぜひご覧ください。

2020年のタイ政治とその展望(講師:青木まき(アジア経済研究所))

2020年初頭に発生した反政府運動は、「王政を含む画期的な体制改革要求運動」と形容することができる。民主化を求める同様の運動はこれまでにもあったが、2020年の運動が特徴的な点は、これまで不可侵とされてきた王室に対し公に批判を行ったことだ。タイでは、1990年以来、軍と枢密院が政治干渉し、政権交代の手段として選挙と同様にクーデターを用いることが既成事実化されてきた。国王は、国軍と民主化勢力の仲介者として振る舞うことで国民からの支持を得てきたが、2000年代の政治対立の中で、王室こそがクーデターによる政治の既成事実化を図ってきたとの考え方が台頭してきた。2020年の反体制運動に参加した若者たちは、このような見方が出てきた2000年代の政治状況を見ながら成長した世代であり、古い政治制度の限界を意識して改革を叫び始めた。

彼らの運動の目的はプラユット首相率いる現政府、そして政府を支える国軍や国家公務員、特権階級の支配を終わらせることだ。そして現在の政治体制を支えている2017年憲法に代わる新憲法の制定も主張している。ただし2021年6月現在では、反体制派の主だった主張は憲法改正と政治的行動に対する政権の厳しい取り締まりを停止すること、の2点に集約されてきている。

今後のタイ政治を占ううえで重要となる注目点のひとつが地方と都市、そして若年層と中高年層とのギャップだ。2020年12月に実施された地方自治体首長・議会選挙の結果から見てもわかる通り、2020年の反政府運動が多くの国民にまで浸透しているとは言い難く、結局は「地元のボスを支持するか否か」という従来通りの投票行動に収斂していく可能性がある。また、憲法改正にどの程度の時間を要するかも注目点だ。仮に憲法改正に向けた手続きが本格化していくとしても、改正には2年以上の期間が必要であり、その間に現政権の任期はほぼ満了になるので、反政府運動が求めている政府の退陣や政治改革などの争点が散逸し、改革の機運がそがれていくことも考えられる。また、新型コロナウイルス対策をめぐる政府への不満が政府への圧力につながる可能性もあり、この点も今後注視していくべきポイントだ。

ミャンマーの政治動向(講師:長田紀之(アジア経済研究所))

2021年2月にクーデターが発生したミャンマーは混乱のさなかにある。ミャンマーでは、50年以上にわたって軍の政治関与がつづき、2011年に「民政移管」が起きた。後述する2008年憲法の問題に加え、2010年の総選挙で勝利した連邦団結発展党(USDP)は軍の外郭団体が衣替えをした政党であったことや、同党の党首として大統領に就任したテインセインが軍事政権のナンバー4だったこともあり、この政治的変化を「民政」や「民主化」という言葉で評価することには留意が必要だが、テインセイン政権下で政治や経済の自由化が進んだ。この過程で、長く反体制運動を指導してきたアウンサンスーチーと軍とのあいだで妥協が成立し、前者が公的な政治の舞台に復帰した。

この「民政移管」をもたらした2008年憲法は、軍が自ら起草したものであり、三権分立を謳いつつも、立法府と行政府の規定に軍の影響力を残す仕掛けが組み込まれていた。具体的には、上下両院の議席の4分の1は選挙によらない軍人議員が占め、3人の正副大統領のうちひとりは軍人議員が選出し、重要な閣僚ポストである国防大臣、内務大臣、国境大臣は現役の軍人が就く。さらに、憲法改正には連邦議会の全議席の4分の3を超える賛成が必要であり、全議席の4分の1を占める軍が憲法改正に対する実質的な拒否権を握る。

アウンサンスーチーおよび彼女の率いる国民民主連盟(NLD)は、当初2008年憲法の正統性を否定したが、テインセイン政権下で同憲法をひとまず受け入れ、その枠内で政治に参加するという選択をした。NLDは2015年の総選挙で地滑り的な大勝利を収め、議会の議席の過半数を獲得して、2016年から政権を担当した。しかし、2008年憲法のもとでは様々な権益が軍に担保されているため、実際はアウンサンスーチー率いるNLDとミンアンフライン最高司令官率いる軍が権力を分有する体制であったといえる。2020年11月の総選挙で再びNLDが圧勝を収めたが、コロナ禍であったことや西部ラカイン州での内戦激化という特殊事情下での選挙だったこともあり、選挙プロセスの全体を通じて、多方面から選挙に対する異議申し立てが出された。軍は、選挙後に不正選挙であったとの主張を強め、これを理由に2021年2月にクーデターを実行した。

クーデター後、軍は権力奪取の合法性と正当性を主張し、矢継ぎ早に統治の既成事実化を進めた。しかし、軍の論理には無理があり、すぐに全国民的規模での大きな抗議運動が発生した。抗議運動のなかで、NLDの当選議員たちが中心になって立ち上げた組織が象徴的な中心性を帯びていった。これらの組織は、選挙で国民から信託を得たことを根拠に国家の正当な政府であると主張し、現に国民から広範な支持を得ている。ミャンマーはいま、いわば「政府の二重化」のような状態に陥っている。

軍の市民に対する苛烈な暴力行使のみならず、抗議運動の一環としての職務ボイコットが行政機能や経済活動の麻痺・停滞をもたらし、それに伴って貧困層の拡大と困窮化が進んでいること、また、新型コロナウイルス感染症の再拡大や新たな武力紛争の発生など、クーデターに端を発する様々な問題が表面化している。しかし、これらの問題をもってミャンマーを「失敗国家」とみなすのは早計だ。ミャンマーの人々はこれらのリスクを取って行動しているのであり、「失敗国家」という言説はそのような人々の姿勢を見えづらくしてしまう。他方、ミャンマーが「正常化」したといった言説にも注意を要する。軍は一刻も早く経済を回復するために、事態の鎮静化をアピールするが、そのような安定的な状況には程遠いのが実情だ。

マレーシア政治(講師:谷口友季子(アジア経済研究所))

1957年から2018年まで国民戦線による長期政権が続いてきたマレーシアでは、2018年に初めて政権交代が起こった。これは、資金流用疑惑の渦中にある当時のナジブ首相と対立したマハティールやムヒディンなどが国民戦線の中心政党であるUMNOから離党し、支持を拡大していた希望連盟に合流したことで可能になった。

そして、2020年に連立の組み替えによって政権交代が起こり、国民同盟政権が成立した。国民戦線は国民同盟政権に加わることで、再び政権復帰するに至っている。この連立の組み替えは、希望連盟からムヒディン率いるBersatuやPKR内のアズミンを支持する派閥が離反したことがきっかけだ。離反のきっかけは与党内の政策の方向性の違いや権力闘争である。2019年には政策をめぐって与党内で議論が紛糾することもあり、これが世論の支持率急落を招き、このまま希望連盟に属していても次回総選挙では勝利できないとの考えから、Bersatuやアズミンらが離反した。

つまり、UMNOが政権復帰を果たしたのは、人気や支持を自らの手で取り戻した訳ではなく、「たなぼた」的な要素が大きかった。そのため、国民同盟政権内でUMNOは政治的な主導権を握ることができておらず、政権交代では協力したUMNOとBersatuも政権発足後は与党内で対立関係にある。下院の議席数ではUMNOがBersatuよりも多いが、首相のムヒディンはBersatuだ。また、大臣の数もBersatu2人、UMNO1人、サラワク政党連合1人であり、与党内でのバランスを維持しつつも、Bersatuが多くの閣僚ポストを獲得している。また、Bersatuの新型コロナウイルス対策や予算案などの政策に対してはUMNOが批判を展開している。

さらにマレーシア政治を混沌とさせているのが与野党間の対立だ。国民同盟政権を支持する下院議員は過半数にわずか2人をプラスした113人に過ぎない(2020年5月時点)。つまり、野党が結集し、与党から3人を離反させることができれば、再度、連立組み替えによる政権交代が可能になる。したがって、与野党間による多数派工作が継続している。

今後のマレーシア政治を見る上で重要なポイントのひとつは、新型コロナウイルスへの対応だ。最近では新規感染者数が急増しており、非常事態宣言が出されている。その結果、議会が停止したり選挙が延期されたりしており、これに伴って政界の混乱も一時的にストップしている。つまり、非常事態宣言を継続できる限りは、国民同盟政権が無理矢理にでも政治の安定を維持できる状況だ。しかし、コロナ対応に対する反発も出ている中、感染拡大の状況とそれへの対策、そして非常事態宣言の扱いが政権の安定を左右していくものと考えられる。また、最近では国王が政変時に調停役を担う機会が増えていることから、国王の判断や仲介も注視していくポイントになる。次回総選挙の趨勢も注目される。現在の構図のまま選挙に突入すれば与党が有利だ。しかし、与党の連立が崩れた場合は、選挙前だけではなく、選挙後にも多数派工作が行われる可能性がある。この場合、有権者は、どことどこが組んで政権を取るかが分からない状況で投票をしなければならず、益々混迷が深まっていくと考えられる。

※解説はすべて講演時点のものです。