田中 修

中国経済レポート

上海浦東新区におけるハイレベル改革開放

新領域研究センター 田中 修

2021年9月7日


はじめに

7月15日、「浦東新区でのハイレベル改革開放により、社会主義現代化リード地区を作り上げることに関する党中央・国務院意見」(以下「意見」)が公表された。本稿では、「意見」の概要と、その政策意図を紹介する。

1.総体要求

新華社北京電2021年7月15日は、次のように要約している。

「意見」は、次のことを指摘した。

習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想を導きとし、第19回党大会、党19期2中全会・3中全会・4中全会・5中全会精神を深く貫徹し、安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、新たな発展段階を科学的に把握し、新発展理念を断固貫徹し、新たな発展の枠組をサポートし、これに融け込んで、浦東が最も重い任務に大胆に挑み、最難関に取り組み、更にハイレベルの改革開放の道を開く先鋒、社会主義現代化国家を全面建設する先兵、「四つの自信」1を顕彰する実践模範例となるよう努力し、世界に向けて中国の理念、中国の精神、中国の道を展示する。

「意見」は、次のことを強調した。

浦東のハイレベルの改革開放を推進し、国内・国際の2種類の市場・2種類の資源を更に好く利用するために、重要なルートを提供し、国内大循環の中心・節点と国内・国際の2つの循環の戦略的なリンクを構築し、長江デルタ一体化発展における牽引・照射作用を更に好く発揮させ、社会主義現代化国家を全面建設する窓口を作り上げる。

「意見」は、次のことを明確にした。

浦東新区のハイレベルの改革開放を支援し、社会主義現代化リード地区の戦略的位置づけとしては、更にハイレベルの改革開放のために道を開く先鋒、自主的なイノベーションを発展させるための時代の旗頭、グローバルな資源分配機能の高地、内需拡大のための典型的リード役、現代都市ガバナンスを展示する見本を作り上げる。

「意見」によれば、2035年までに、浦東の現代化した経済システムが全面的に構築され、現代化した市街地が全面的に建設され、現代化したガバナンスが全面的に実現し、都市の発展レベルと国際競争力が世界の前列に躍進する。

2050年までに、浦東建設は、世界で強大な吸引力・創造力・競争力・影響力を備えた重要な受け皿(キャリヤー)地区、都市ガバナンス能力とガバナンス成果の世界の模範、社会主義現代化強国の「きらめく真珠」にする。

2.重大措置

「意見」は7方面の重大措置を提起し、これには以下のものが含まれる2

(1)全力でイノベーションのエンジンを強め、自主的なイノベーションの新たな高地を作り上げる

世界の科学技術の先端に向け、経済の主戦場に向け、国家の重大需要に向け、人民の生命・健康に向けて、基礎研究と基礎研究の応用を強化し、カギ・コアとなる技術堅塁攻略戦をしっかり闘い、科学技術の成果を現実の生産力へ早急に転化し、産業チェーンの水準を高め、全国産業チェーン・サプライチェーンの安定確保のために、多くの新たな貢献を行う。

①カギとなる技術の研究開発を加速する。

張江総合国家科学センターの建設を加速し、集積回路・生命科学・AI等の分野に焦点を絞り、国家実験室の建設を早急に推進し、国家テクノロジー研究センター、国家技術革新センター、国家臨床医学研究センター等の国家科学技術イノベーション基地を配置・建設する。

②世界レベルのイノベーション産業集積群を作り上げる。

中国(上海)自由貿易試験区臨港新片区の実施経験を総括した基礎の上に、浦東特定区域で、条件の合致した集積回路・AⅠ・バイオ医薬・民間用航空機等のカギとなる分野・コアとなる部分を生産・研究・開発に従事する企業について、設立日から5年内は15%の税率で企業所得税を課す。

③科学技術イノベーションの体制改革を推進する。

イノベーション・起業の生態環境を最適化し、基礎研究・応用研究と産業化の双方向をつないだ高速道を開通する。中央財政資金・地方資金・民間資本が共同参加する重大科学技術インフラ建設と運営投入メカニズムを模索する。ハイレベルの知的財産権保護制度を確立し、更に強力な知的財産権侵犯への懲罰的賠償制度を実施する。

(2)改革のシステム統合を強化し、質の高い発展の新たな動力を奮い立たせる

基礎的な、重大牽引作用を備えた改革措置に焦点を絞り、総合的な改革テストの展開を模索し、事物の発展の全プロセス、産業の発展の全チェーン、企業の発展の全ライフサイクルから出発して、改革を計画・設計し、重大制度の刷新との十分な連動とリンク・組合せを強化して、各方面の制度の一層の整備を推進する。

①政府のサービス・管理方式を刷新する。

各部門・各分野は、権限委譲の協同、開放と管理のリンク、サービスの連動を強化する。商事登記確認制と市場参入・営業承諾即参入制のテストを模索し、浦東市場参入緩和特別措置リストを制定する。「一業種・一証明」改革を深化させ、業種総合許可・総合監督管理制度を率先して確立する。行政体制改革を深化させ、手続に従い各種編成・資源の統一使用方面で浦東に更に大きな自主権を賦与する。専門家・精緻化した管理水準を高め、経済発展水準に適応した報酬制度を実行する。

②競争政策の基礎的地位を強化する。

外資参入前の国民待遇にネガティブリストを加えた管理制度を全面実施する。条件を備えた国有企業の混合所有制改革と整理合理化・再編を積極かつ適切に推進する。公平を原則とした健全な財産権保護制度を整備し、全面的に法に基づき民営経済の財産権を平等に保護し、全面的に法に基づき外資の合法な権益を平等に保護する。反不当競争の法執行を強化し、企業のビジネス機密保護を強化する。

③(生産)要素市場を一体化した健全な運営メカニズムを整備する。

国土空間計画の編成と結びつけ、建設用地の構造・配置を最適化する。国土空間計画編成の完成後、計画期間に応じて実施する総量管理・コントロール方式を模索する。

建設用地を地上・地表・地下に分けた使用権設置の推進を支援し、海域に応じた水面・水中・海床・底土に分けた使用権の設置を模索する。産業用地譲渡方式の「基準化」改革を深化させ、混合産業用地の供給を増やし、異なる産業用地類型の合理的転換を模索する。

エネルギー消費強度を核心とし、エネルギー消費総量の適度な弾力性を維持したエネルギー使用コントロール制度を実施する。国際データ港・データ取引所を建設し、データの権利所属の画定、開放・共有、取引・流通、監督管理等の基準制定とシステム建設を推進する。

(3)ハイレベルの制度型開放を深く推進し、国際協力・協調の新たな優位性を増加・創造する

ルール・規制・管理・基準等の制度型開放に力を入れ、ハイレベルの制度供給・質の高い制度供給・効率の高い資金供給を提供し、国際協力・競争に更に好く参加する。

①中国(上海)自由貿易試験区及び臨港新片区の先行モデルを推進する。

中国(上海)自由貿易試験区及び臨港新片区の「試験田」作用を更に好く発揮させ、最高基準・最高水準をベンチマークとし、更に大きい程度のストレステストを実行し、若干の重点分野でブレークスルーを率先して実現し、関連成果を条件が備わった後に浦東全域に率先して普及・実施する。浦東において制度型開放テストを展開し、全国で制度型開放を推進するために経験を模索する。更に多くの国際経済組織と企業を勧誘し、中国(上海)自由貿易試験区に本部を設立させる。

②世界に照射する輸送ハブの共同建設を加速する。

長江デルタと世界に照射する輸送ハブの共同建設を加速し、全体の競争力・影響力を高める。上海港・浦東国際空港と長江デルタ港湾群・空港群の一体化した発展を強化し、長江・海・陸・空港・鉄道の緊密なリンクを強化し、一体化した管理体制メカニズムの刷新を模索する。

③グローバルなハイエンド人材勧誘の「直行便」制度を確立する。

浦東において、更に開放的で更に便利な人材勧誘政策を率先して実行する。浦東において、投資活動に関係するハイエンド人材の審査・認可権限の下方委譲を更に検討し、勧誘した「ハイレベル・精緻・先端・不足している」海外人材のために、入出国・短期滞在・居留の便宜を提供する。

(4)グローバルな資源配分能力を増強し、新たな発展の枠組の構築をサポートする

金融市場システム、製品システム、機関システム、インフラシステムを整備し、浦東が人民元のオフショア取引、クロスボーダー貿易・清算、海外融資サービスを発展させることを支援し、国際金融資産取引プラットフォームを建設し、重要な大口取引商品の価格影響力を高め、実体経済の発展を更に好くサポート・リードする。

①金融の開放を一層強化する。

浦東が資本項目の兌換化の実施方途を積極的に模索することを支援する。浦東において、「反マネーロンダリング、反テロ、反課税逃避」と貿易の真実性審査の要求の下、信義誠実を守りルールに合致した企業のクロスボーダー資金の収入・支払に、銀行が便宜を図ることを支援する。世界に目を向けて人民元金融商品を刷新し、国外人民元の国内での金融商品投資の範囲を拡大し、人民元資金のクロスボーダー双方向の流動を促進する。

中国外貨取引センター等において、人民元・外貨先物取引テストを展開することを検討・模索する。金融先物市場と株式・債券・外為・保険等の市場の協力を推進し、投資家需要に適応した金融市場の商品・手段を共同開発する。上海国際金融センターと釣り合ったオフショア金融システムを構築し、リスクがコントロール可能である前提の下、浦東が人民元オフショア取引を発展させることを支援する。

②内外の重要投融資プラットフォームを建設する。

浦東において、国際金融資産取引プラットフォームを設立し、適格国外機関投資家の人民元を使用した、科学創業ボードの株式発行・取引への参加を試みに認めることを支援する。

浦東において、外債登記簡略化改革テストを展開することを支援する。外債管理制度を整備し、クロスボーダー融資の余地を拡大する。上海における債券市場インフラの相互連結を推進する。インターバンクと取引所・債券市場を含む中国債券市場の統一的な対外開放を早急に推進し、適格国外機関投資家の中国債券市場への参加を一層円滑化する。

③金融のインフラ・制度を整備する。

全証券市場で情報開示を核心とした登録制を着実に実施し、科学創業ボードでマーケットメーカーを引き入れる制度を検討する。上海保険取引所の積極的役割を発揮させ、国際一流の再保険センターを作り上げる。

上海先物取引所が場内に全国的大口取引商品の倉庫証券登録センターを設立し、先物保税倉庫証券業務を展開することを支援し、かつ付帯するクロスボーダー金融・租税政策を与え、ないし実施する。国家レベルの大型場内貴金属備蓄倉庫を建設する。

国際石油・ガス取引・価格決定センターを建設し、上海石油・天然ガス取引センターの更に多くの品目取引推進を支援する。貿易金融ブロックチェーンの基準体系を構築し、法定デジタル通貨のテストを展開する。関連テストの経験を総括・評価した基礎の上に、浦東において、法・規定に基づき私募株とベンチャーキャピタル持株の譲渡プラットフォームの開設を適時検討し、私募株とベンチャーキャピタル持株の二級取引市場の発展を推進する。浦東において、国家レベルのフィンテック研究機関、金融市場学院の設立を支援する。全金融市場をカバーした取引報告データベースの建設を支援する。

(5)都市ガバナンスの現代化水準を高め、「人民都市」建設の新たな局面を切り開く

ガバナンス手段・ガバナンス方式・ガバナンス理念の刷新を推進し、スマートシティの建設を加速し、経済ガバナンス・社会ガバナンス・都市ガバナンスが統一推進され有機的にリンクしたガバナンスシステムを率先して構築し、都市を人と人、人と自然の調和がとれ共生した美しい故郷として建設する。

①都市ガバナンスシステムを刷新・整備する。

全ライフサイクル管理の理念を、都市の計画・建設・管理の全プロセス・各段階に貫徹させ、都市の「1ネットワーク統一管理」による運営を深く推進する。浦東が経済社会の発展需要に適応した人口管理メカニズムを模索することを支援する。

②時代の特色のある都市の風貌を作り上げる。

建築の形体・色彩・容量・高度・空間環境等の方面について、指導・規制を強化する。旧工業地区の改造プロジェクトを実施し、文化の創意とレジャー消費の場所を建設する。旧市街区と連動し、浦東の有機的都市再開発を統一的に推進し、老朽化した住宅団地の改造を加速し、歴史的建築・文物の保護を強化し、中国の特色豊かな建築群を作り上げ、現代化都市との有機的融合を推進する。

③調和のとれた優美な生態環境を構築する。

最も厳格な生態環境保護制度を実行し、根源から予防し、プロセスをコントロールし、損害を賠償し、責任を追及する健全な生態環境保護システムを整備する。企業のエコ情報取集・評価基準を最適化し、生態信用システムを構築する。

④庶民の生活の質を高める。

長江デルタ地域と、質の優れた教育・医療・高齢者介護・文化等の公共サービス資源を統一配分し、質が高く国際化した教育・医療などの質の優れた資源供給を増やし、公共サービスの均等化・質向上の水準を不断に高める。常住人口に依拠した、公共サービス資源の配分制度を確立する。

(6)供給の質を高め、強大な国内市場の優位性に依拠して、内需の質向上・拡大を促進する

上海国際消費センター都市の建設を加速し、「上海サービス」「メイドイン上海」「上海ショッピング」「上海カルチャー」「上海トラベル」のブランドを育成し、うまくスタートさせ、質の高い供給によって新たな需要に適応し、新たな需要をリードし、新たな需要を創造する。

①質の高い商品・サービスの供給を増やす。

浦東の先進的製造と貿易・輸送ハブの優位性を発揮させ、消費プラットフォームと流通センターの建設を推進する。電信サービス、医療・ヘルスケアなどのサービス消費市場への外資参入制限を緩和し、サービス供給システムのグレードアップを促進する。高齢者介護・託児保育、家事サービス、文化・観光などのサービス性消費の基準体系を確立・整備する。

②グリーン・ヘルスケア消費の新たなモデルを育成する。

オンライン医療、オンライン文化・スポーツなどのオンライン消費業態を充実・豊富にし、オンライン・オフラインが融合した消費を双方向に加速する。

(7)リスク防止意識を牢固に樹立し、発展と安全を統一する

(最悪事態を想定して)最低ラインを保障する考え方を堅持し、改革・開放と更に大きな程度釣り合ったリスク防止・コントロールシステムを確立・整備し、リスク防止と発展促進を同歩調で手配し、同歩調で推進し、同歩調で実施して、システミックリスクを発生させない最低ラインをしっかり守る。

①金融リスクの健全な防止・コントロールメカニズムを整備する。

現代金融監督管理システムを整備し、健全なリスクのモニタリング・評価の枠組を確立し、国際金融システムに適応したインクルーシブなプルーデンス監督管理方式を模索する。現行の監督管理の枠組の下、法に基づき金融イノベーションテスト活動を展開する。クロスボーダー資金流動の健全なモニタリング・事前警告、マクロプルーデンス評価と協調・連動体系を確立する。企業・政府・第三者専門機関の情報共有プラットフォームを整備し、オフショア貿易の真実性の審査を強化する。

②公共衛生緊急管理システムを整備する。

公共衛生緊急専用施設の建設への投入を増やし、疫病の予防・コントロール、モニタリング・事前警告、突発的疫病の管理・コントロール、緊急物資の保障、重大疾病の救済、防止・コントロール・救済・治療の科学研究体系と能力の建設を強化する。

③安全生産等の分野の重大リスクを防止・解消する。

都市5G安全スマート大脳を確立し、港湾・空港の安全、大規模停電、自然災害等の健全な事前警告メカニズムを整備し、海上での危険化学品輸送の安全・リスク防止・緊急処理を強化する。

3.「意見」の政策意図

新華社の「意見」解説は、「意見」の「総体要求」部分を強調し、「重大措置」は7つの政策の表題を箇条書きにしているのみで、具体的内容には全く触れていない。通常であれば、重大措置の内容を詳細に紹介すべきであるのに、なぜあえてそれを避けたのであろうか。

それは、重大措置の表題と、具体的政策の内容の間に大きなギャップがあったからではないかと思われる。たとえば、重大措置のメインである「改革」の章に挙げられている措置は、政府のサービス・管理、競争政策、要素市場の3項目しかなく、「開放」の章も中国(上海)自由貿易試験区・臨港新片区、輸送ハブ、ハイエンド人材勧誘の3項目しか挙げられていない。これだけの内容であれば、「ハイレベルの改革開放」は有名無実である。

しかし、具体的措置を注意して見ると、重大な改革開放措置は、むしろ「グルーバル資源配分能力増強」の章に集約して記されていることが分かる。重要な改革・開放は金融分野に集中しており、実は、この「意見」の主たる狙いは、浦東新区で金融の市場化・人民元の国際化・金融インフラ整備を大胆に進めることにあったと思われる。

ならば、なぜ金融分野の改革・開放だけを「改革」「開放」の章に入れず、わざわざ中身が分かりにくい「グローバル資源配分能力増強」の章に入れ、しかも新華社はこれを全く報じなかったのであろうか。おそらくそれは、この「意見」の政策意図は、浦東新区を2035年までに香港と並ぶ第2の国際金融センターに育て上げることにあり、それを香港の経済関係者に気づかれたくなかったからであろう。

上海を国際金融センターにする構想は以前からあり、上海自由貿易試験区も設けられたが、それほど大胆な金融分野の改革・開放、インフラ整備は進んでいない。政治情況に大きな変化があったとはいえ、当面、香港の国際金融センターとしての位置は揺るがないものと思われる。

しかし政治面での香港の大陸化が急速に進めば、早晩香港の国際金融センターとしての魅力は色あせてくることになり、外国金融企業は他の国際金融の拠点を探すことになろう。その際、シンガポール等に拠点を奪われないよう、これまでの上海の国際金融センター化政策を練り直し、改革・開放を浦東新区に集中して新たな拠点を作り上げることにしたのではないか。逆にいえば、この計画が狙いどおりに進展すれば、2035年で香港は経済・金融面でも「用済み」ということになる。

ただ、金融リスクの増大を防ぎながら、金融分野の改革・開放を大胆に進めることは、決して容易ではなく、今回の浦東新区での試みが成功するかどうかは分からない。だが、当局の政策意図はしっかり把握しておく必要があろう。

  1. 中国の特色ある社会主義の道・理論・制度・文化への自信。
  2. ここは、「意見」本文の抄訳である。特に、改革・開放関連部分は詳しくしている。