コロナ禍によるマイナス第1四半期GDP
ブラジル経済動向レポート(2020年5月)
地域研究センター 近田 亮平
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第1四半期GDP:2020年第1四半期のGDPが発表され、新型コロナウィルスの影響で成長率の前期比が▲1.5%と大幅なマイナスになった。前年同期(年初累計)比も▲0.3%の落ち込みで、直近4四半期比は0.9%、総額(名目)はR$1兆8034億であった(グラフ1)。ブラジル経済は労働者党政権下で大きく低迷したが、今回の第1四半期GDPの前期比のマイナス幅は最も景気が後退した2015年に次ぐものとなった。ブラジルでは新型コロナウィルスの感染拡大に歯止めがかからない状況となっており、第1四半期GDPの発表前に▲5%程度だった2020年のGDP成長率の予測は、大半が▲6%以上へと下方修正された。
グラフ1 四半期GDPの推移
(出所)IBGE (注)GDP成長率を示す折れ線グラフは左軸、名目GDP額の棒グラフは右軸(「B」は10億)。
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第1四半期GDPの需給面を見ると(グラフ2と3)、新型コロナウィルスの感染拡大により多くの州で外出規制が行われたため、家計支出(前期比▲2.0%、前年同期比▲0.7%)が大きく落ち込んだ。新型コロナウィルス対策で財政支出を増やした関係もあり政府支出(同0.2%、同0.0%)が前期比でプラスとなり、投資である総固定資本形成(同3.1%、同4.3%)は大幅な伸びとなった。また、輸出(同▲0.9%、同▲2.2%)がマイナスとなった一方、輸入(同2.8%、同5.1%)は前期比がプラスに転じた。
供給面では、飲食料品分野の物価が上昇しているようにコロナ禍で高まる食糧需要に支えられたこともあり、農牧業(同0.6%、同1.9%)は大幅な伸びとなった。一方、工場や商店の一時閉鎖など新型コロナウィルスの影響をより強く受けた工業(同▲1.4%、同▲0.1%)とサービス業(同▲1.6%、同▲0.5%)では、前期比と前年同期比ともマイナスを記録した。サブカテゴリーに関して、工業では鉱業(▲同3.2%、同4.8%)、建設業(同▲2.4%、同▲1.0%)、製造業(同▲1.4%、同▲0.8%)、サービス業では商業(同▲0.8%、同0.4%)など、軒並みの落ち込みとなった。
グラフ2 2020年第1四半期GDPの需給部門の概要
(出所)IBGE
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グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比
(出所)IBGE
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貿易収支:5月の貿易収支は、輸出額がUS$179.40億(前月比▲2.0%、前年同月比▲13.1%)、輸入額がUS$133.92億(同+15.3%、同▲10.5%)で、貿易収支はUS$45.48億(同▲32.1%、同▲20.0%)の黒字額だった。年初からの累計は輸出額がUS$853.01億(前年同期比▲7.0%)、輸入額がUS$689.52億(同▲2.5%)で、貿易黒字額はUS$163.49億(同▲22.2%)だった。
表1 2020年5月の分野別輸出入
(出所)経済省
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表2 2020年5月の地域・国別輸出入
(出所)経済省
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物価:発表された4月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は▲0.31%(前月比▲0.38%p、前年同月比▲0.88%p)で、インフレを収束させた1994年のレアル計画後で1998年8月(▲0.51%)に次ぐマイナス幅を記録した。また、年初累計は0.22%(前年同期比▲1.87%p)、直近12カ月(年率)は2.40%(前月同期比▲0.90%p)だった。
分野別では、飲食料品分野が1.79%(前月比+0.66%p、前年同月比+1.16%p)で、新型コロナウィルスの感染拡大により外出が自粛され家庭内での飲食料品(3月1.40%→4月2.24%)が前月よりさらに高騰したことが影響した。消費量の多い牛肉(同▲0.30%→▲2.01%)は4カ月連続で値下がりしたが、タマネギ(同20.31%→34.83%)、ジャガイモ(22.81 %)、フェイジョン豆(carioca同17.29 %)が2桁も値上がりするなど全体として高い伸びとなった。一方、それ以外の分野では新型コロナウィルスの影響で消費が落ち込んだため、運輸交通分野(同▲0.90%→▲2.66%)、家財分野(同▲1.08%→1.37▲%)、保健・個人ケア分野(同0.21%→▲0.22%)など、9分野中6分野でマイナスを記録し、飲食料品に次いで高い衣料分野(同0.21%→0.10%)でも低い伸びにとどまった。
金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は6日、3.75%だったSelicを3.00%に引き下げることを全会一致で決定した。新型コロナウィルスの感染拡大の影響からSelicの引き下げ自体は予想どおりだったが、引き下げ幅に関して多くの市場関係者が0.50%pを予測していたのに対して、それを上回る0.75%pだったため驚きをもって受け止められた。Copomの直前に発表された3月の鉱工業生産指数が前月比▲3.7%、前年同月比▲9.1%の大幅な落ち込みだったことも影響したとみられ、Copomは次回6月の会合でもSelicを最大で0.75%p引き下げる可能性に言及した。ブラジルでは5月に入り新型コロナウィルスの新規感染者数が10万人、死亡者数が1万人を超え急拡大し、これから冬を迎えるため感染のピークに達するまでにまだ時間がかかるとみられている。そのため、6月の次に開催される8月のCopomでもSelicは引き下げられるとの見方もされている。
為替市場:5月のドル・レアル為替相場は、月の前半にドル高レアル安、月の後半にドル安レアル高が進む展開となった。月のはじめ、新型コロナウィルスの感染拡大の責任が中国にあると米国が非難し経済をはじめ両国の関係が悪化したことや、Bolsonaro大統領が自身の息子たちの汚職疑惑隠蔽とも捉えられる連邦警察長官の交代を行うとともに、それに反発する議会や司法との対決姿勢を鮮明にしたことからレアルは売られた。その後も、格付け会社Fitchによるブラジルの格付け見通しの引き下げ、政策金利Selicの予想を上回る幅での引き下げ、新型コロナウィルスの感染が収まりつつあったアジアでの第2波の発生などにより、レアル安が進行した。Bolsonaro大統領が警察人事に政治介入した可能性に関する裏付けが進み、政権にとって政治的な危機が深まったことも材料視された。そして、14日にUS$1=R$ 5.9372のレアル創設以来の最安値を記録した。
月の後半になると、中央銀行が連日為替介入を行うなか、米国の新型コロナウィルス向けワクチンの臨床試験で有効な結果が得られたことを好感し、売られていたレアルを買う動きが強まった。また、先月の法務公安大臣の辞任の切掛けとなったBolsonaro大統領の政治介入疑惑に関して証拠となる会議のビデオが公開されたが、特に新しい事実がなかったことで安心感が広がりレアル高となった。新型コロナウィルス対策で外出自粛令を敷いているサンパウロ州が、6月から段階的に経済活動を再開する方針を発表したこともレアル買いの要因となった。ただし、ブラジルでの新型コロナウィルスの新規感染者数が2.6万人超となり米国を上回り世界最多となるとレアルは売られ、月末はドルが前月末比▲0.01%と4月末とほぼ同じレベルのUS$1=R$ 5.4263(売値)で5月の取引を終えた。
株式市場:5月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、月の前半はほぼ横ばい、月の後半は値を上げる展開となった。月のはじめ、新型コロナウィルスをめぐり米国と中国の対立が鮮明化したこと、Bolsonaro大統領が支持者の集会で軍部の政治介入を訴えたこと、3月の鉱工業生産指数が前月比▲3.7%、前年同月比▲9.1%と大幅に落ち込んだこと、格付け会社のFitchがブラジルの格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げたことなどから、株価は緩やかに下落した。その後、米国と中国が通商協議を行ったことで新型コロナウィルスをめぐり悪化していた関係が改善に向かうとの期待から上昇。ただし、中国や韓国で新型コロナウィルスの第2波の感染が発生したこと、Bolsonaro大統領が強行した連邦警察の長官や地元のリオデジャネイロ監督長の交代に関して、大統領の息子たちの汚職隠蔽を目的とした政治介入だった可能性が高まったことで、株価は弱含みの展開となった。新型コロナウィルス対策をめぐるBolsonaro大統領との意見の対立から保健大臣が先月解任されたばかりだが、着任して1カ月経たない新任の保健大臣も大統領との意見相違により自ら辞任したことも、株価の値下げ要因となった。
月の後半、米国で新型コロナウィルスのワクチン開発が進展したことを受け、株価は上昇。新型コロナウィルスに関してブラジルの感染者数が世界で3番目に多くなったり1日で1000人以上の死者が出たり、蔓延が止まらない状況への懸念から下落する場面も見られた。ただし、Bolsonaro大統領が警察人事に政治介入したとされる閣僚会議のビデオが公開されたが、以前から指摘されていた問題以外に新たな材料が特になかったため、大きな政治的混乱は起こらないだろうとの観測が広がり、株価にとって好材料視された。ブラジルでは新型コロナウィルスの感染拡大が続いているが、経済の中心であるサンパウロ州知事が外出自粛後の出口戦略を発表したことも、値上げ要因となった。1日の新規感染者数が2万人を超える新型コロナウィルスの影響で、ブラジルでも雇用状況(3月と4月の正規雇用数が▲100万人超、2-4月の失業率が▲12.6%)が悪化したが、月末の株価は前月末比で8.57%の上昇となる87,403pで5月の取引を終了した。