米中の通商協議や年金改革で一喜一憂

ブラジル経済動向レポート(2019年10月)

地域研究センター(元ブラジル・サンパウロ海外調査員)近田 亮平

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貿易収支:10月の貿易収支(速報値)は、輸出額がUS$182.31億(前月比▲2.7%、前年同月比▲16.9%)、輸入額がUS$170.25億(同+3.2%、同+5.7%)で、貿易収支はUS$12.06億(同▲46.3%、同▲19.4%)の黒字額を計上したが今年では最少額だった。また、年初からの累計は、輸出額がUS$1,854.37億(前年同期比▲6.8%)、輸入額がUS$1,506.14億(同▲0.6%)で、貿易黒字額はUS$348.23億(同▲26.8%)だった。

輸出に関しては、一次産品がUS$100.24億(一日平均額で前年同月比▲15.3%)、半製品がUS$23.79億(同▲20.6%)、完成品がUS$58.28億(同▲26.5%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$54.15億、同▲14.0%)、2位が米国(US$24.20億、同▲25.5%)、3位がアルゼンチン(US$6.88億、同▲35.1%)、4位がオランダ(US$6.37億)、5位が日本(US$5.42億、同+50.0%)であった。輸出品目に関して、増加率ではトウモロコシ(同+83.0%、US$10.22億)と銅カソード(同+53.9%、US$0.32億)、減少率では鉄鋼半製品(同▲62.9%、US$3.17億)、大豆油(同▲59.8%、US$0.22億)、原油(同▲51.7%、US$16.01億)がそれぞれ50%超で顕著だった。輸出額(「その他」を除く)では、鉄鉱石(US$19.61億、同▲9.5%)と大豆(US$17.54億、同▲18.1%)、および、前述の原油とトウモロコシの一次産品4品目がUS$10億以上の取引額を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$20.67億(一日平均額で前年同月比+7.5%)、原料・中間財がUS$109.64億(同+9.3%)、耐久消費財がUS$4.58億(同▲20.9%)、非・半耐久消費財がUS$18.24億(同▲5.3%)、基礎燃料がUS$5.03億(同▲62.3%)、精製燃料がUS$11.77億(同+13.4%)だった。主要輸入元は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$34.91億、同+6.4%)、2位が米国(US$28.32億、同+6.2%)、3位がアルゼンチン(US$9.78億、同▲0.7%)、4位がドイツ(US$9.30億)、5位が韓国(US$4.35億、同▲4.4%)であった。

物価:発表された9月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は▲0.04%(前月比▲0.15%p、前年同月比▲0.52%p)だった。年初累計は前年同期比が4カ月連続でマイナスの2.49%(前年同期比▲0.85%p)、直近12カ月(年率)は2018年5月(2.86%)以来の2%台となる2.89%(前月比▲0.54%p)まで低下した(グラフ1)。

分野別では、飲食料品分野が2カ月連続の下落となる▲0.43%(前月比▲0.08%p、前年同月比▲0.53%p)だった。トマト(8月▲24.49%→9月▲16.17%)とジャガイモ(同▲9.11%→▲8.42%)が前月に続いて大きく値を下げ、タマネギ(同7.05%→▲9.89%)と果物(同2.14%→▲1.79%)は前月のプラスからマイナスに転じた。ただし、低脂肪乳(1.58%)や牛肉(0.25%)など値上がりした品目もあった。また、前月高騰した住宅分野(同1.19%→0.02%)をはじめ多くの分野で伸びが大幅に低下し、家電製品(▲2.26%)とAV情報機器(▲0.09%)が値下がりした家財分野(同0.56%→▲0.76%)と通信分野(同0.09%→▲0.01%)ではプラスからマイナスに転じた。ただし、前月マイナスだった保健・個人ケア分野(同▲0.03%→0.58%)と運輸交通分野(同▲0.39%→0.00%)は上昇した。

グラフ1 物価(IPCA)の推移:2011年以降

グラフ1 物価(IPCA)の推移:2011年以降

(出所)IBGE


金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は30日、5.50%だったSelicを0.50%p引き下げて5.00%にすることを全会一致で決定した。Selicの引き下げは3カ月連続で、前月に続きSelic創設(1996年)以来の最低値を更新することになった。ブラジル経済に関して、10月後半に政府財政の改善につながる年金改革法案が可決されたことに加え、最近は物価が落ち着いて推移しているなどプラス材料もあるが、景気回復の足取りは依然として鈍い状況が続いている。そのため、多くの市場関係者の間では今回のSelicの引き下げとその幅は予想どおりであり、12月10日と11日に開かれる今年最後のCopomでSelicは更に引き下げられるとの見方がなされている。

為替市場:10月のドル・レアル為替相場は、米中の通商協議や年金改革法案の行方をめぐり一喜一憂し乱高下した。月のはじめ、懸案である年金改革法案が上院本会議での1回目の採決で可決されたことに加え、米国で更なる金利引き下げの可能性が高まったため、リスクテイクの動きが強まりレアル高ドル安が急激に進んだ。

しかし、米中の通商協議の再開前に交渉の行方をめぐる懐疑的な見方とともに、ブラジルで上院本会議による年金改革法案の2回目の採決が延期されるのではとの憶測が強まると、再びドル高レアル安に転じた。通商協議に関して米中が部分的な合意に至り、レアルが一旦上昇する場面も見られたが、中国が部分的な通商合意の署名前に更なる協議を希望していると報じられたことや、英国のEU離脱をめぐる不透明感が増したことから、安全通貨のドルが買われ月初とほぼ同じUS$1=R$4.17レベルまで戻った。

その後、米中当局が通商協議の部分的合意の実現に向け取り組んでいると発言したり、英国とEUが離脱条件で合意に至ったりしたことで、リスクテイクの動きが再び強まった。国内に関しても、中央銀行のCampos Neto総裁が民営化や過度なレアル安への為替介入について積極的な姿勢を表明したことに加え、上院本会議において年金改革法案の2回目の採決が行われ、同法案が反対19票に対して賛成60票で可決されたことでレアル買いとなった。そして、年金改革法案が細部をめぐる最終的な採決で可決されると、税制改革など他の法案の今後に対しても楽観的な見方が強まった。また、英国のEU離脱が再度延期されたことに加え、ブラジルと米国の金融当局が共に政策金利を引き下げたが、米国FRBのPowell議長が当面の金利据え置きを示唆し利上げの可能性を否定したこともあり、28日にはUS$=R$3.9786(買値)までドル安レアル高が進んだ。そして、月末はドルが若干値を戻したものの、前月末比▲3.85%のドル安となるUS$1=R$ 4.0035(買値)で10月の取引を終えた。

株式市場:10月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は月のはじめ、年金改革法案成立への期待から上昇し史上最高値を更新して始まった。しかし、上院本会議での1回目の採決で同法案が可決されたものの、原案でR$1兆超だった支出削減額が約R$8000億に減額され、財政赤字の削減効果への期待が低下したため株価は下落した。また、米国が中国の企業や団体を禁輸リストに追加するなど、米中の貿易戦争の長期化および世界経済への悪影響をめぐる懸念が高まり、株価は急激に値を下げ8日に99,981pまで下落した。

その後、開始された米中の通商協議で部分的な合意に至り、米国のTrump大統領が「中国との交渉は上手くいった」と発言したことや、ブラジルの9月の物価(IPCA)が▲0.04%で今年初めてマイナスを記録したことから、株価は上昇に転じた。一時、Bolsonaro大統領と所属政党の社会自由党(PSL)の関係が悪化し、政治的な混乱が年金や税制の改革法案に悪影響を及ぼすとの懸念から下落する場面もあった。ただし、9月の正規雇用数(新規雇用数マイナス失業者数)が15.7万人で前月8月に続き10万人超だったことや(グラフ2)、英国とEUが離脱に関して修正案で合意したことがプラス材料となった。特に、米中の通商協議に関して両国の当局者が交渉に前向きな発言を行ったこと、および、年金改革法案が上院の憲法司法委員会を通過し、本会議による2回目の採決で可決したことが好感された。

27日(日)にアルゼンチンで大統領選挙が行われ左派のFernandez候補が勝利し、経済的な関連性の強い隣国ブラジルへの影響が懸念された。しかし、米中の通商協議への楽観的な見通しや英国のEUからの再度の離脱延期などの外的要因に加え、年金改革法案の実質的な成立、為替相場での過度なドル高レアル安の是正、政策金利Selicの更なる引き下げといった国内要因から、株価は30日に108,408pの史上最高値を再び更新した。月末は若干値を下げたが、前月末比+2.04%の上昇となる107,220pで10月の取引を終了した。

なお、10月の株式相場は米中の通商協議や年金改革法案の影響を大きく受けたが、ブラジルのカントリー・リスクも同様の展開となった(グラフ3)

グラフ2 正規雇用状況の推移:2017年以降

グラフ2 正規雇用状況の推移:2017年以降

(出所)経済省労働局  (注)「M」は「百万」、単位は人。

グラフ3 ブラジルのカントリー・リスクの推移:2019年

グラフ3 ブラジルのカントリー・リスクの推移:2019年

(出所)J.P.Morgan