金利低下と株高通貨安
ブラジル経済動向レポート(2019年9月)
前ブラジル・サンパウロ海外調査員 近田 亮平
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ブラジル経済動向レポートをお読みくださり、ありがとうございます。筆者は2017年10月より2年間、ブラジルのサンパウロに滞在し調査研究を行ってきましたが、2019年10月に日本へ帰国しました。拠点は日本に戻りましたが、ジェトロ・アジア経済研究所をベースに今後もブラジル研究を行っていく所存であり、引き続き宜しくお願い申し上げます。
貿易収支:9月の貿易収支は、輸出額がUS$187.40億(前月比▲0.1%、前年同月比▲2.6%)、輸入額がUS$164.94億(同+5.9%、同+16.8%)だった。貿易収支はUS$22.46億(同▲29.4%、同▲56.1%)の黒字額を計上したが、今年で3番目に少ない額であった。また、年初からの累計は、輸出額がUS$1,673.79億(前年同期比▲5.5%)、輸入額がUS$1,335.89億(同▲1.3%)で、貿易黒字額はUS$337.90億(同▲19.1%)だった。
輸出に関しては、一次産品がUS$94.45億(一日平均額で前年同月比▲14.5%)、半製品がUS$20.84億(同▲32.1%)、完成品がUS$72.11億(同+4.4%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む、US$48.93億、同▲14.7%)、2位がオランダ(US$23.55億)、3位が米国(US$20.91億、同▲31.4%)、4位がアルゼンチン(US$6.96億、同▲33.7%)、5位が日本(US$5.07億、同+44.8%)であった。輸出品目に関して、増加率では石油採掘プラットフォーム(同+8,876.5%、US$14.99億)が突出し、減少率では鉄鋼半製品(同▲59.3%、US$2.29億)が50%超で顕著だった。輸出額(「その他」を除く)では、鉄鉱石(US$18.46億、同▲5.5%)、原油(US$17.90億、同▲37.7%)、大豆(US$15.98億、同▲20.3%)、トウモロコシ(US$10.95億、同+67.8%)の一次産品に加え、前述の石油採掘プラットフォームがUS$10億以上の取引額となった。
一方の輸入は、資本財がUS$34.04億(一日平均額で前年同月比+95.1%)、原料・中間財がUS$94.50億(同▲3.9%)、耐久消費財がUS$4.49億(同▲23.0%)、非・半耐久消費財がUS$15.81億(同▲3.3%)、基礎燃料がUS$7.17億(同▲31.8%)、精製燃料がUS$8.89億(同+32.7%)だった。主要輸入元は、1位が中国(香港とマカオを含む、US$29.61億、同+5.0%)、2位が米国(US$24.74億、同▲7.6%)、3位がドイツ(US$9.18億)、4位がアルゼンチン(US$7.77億、同▲24.6%)、5位が韓国(US$3.965億、同▲15.4%)であった。
物価:発表された8月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.11%(前月比▲0.08%p、前年同月比+0.20%p)だった。年初累計は2.54%(前月同期比▲0.31%p)、3カ月連続でマイナスだった直近12カ月(年率)は3.43%(前月比+0.21%p)で4カ月ぶりにプラスに転じた。
分野別では、飲食料品分野が▲0.35(前月比▲0.36%p、前年同月比▲0.01%p)で、プラスだった前月から再びマイナスとなった。タマネギ(7月20.70%→8月7.05%)や果物(同2.51%→2.14%)が高い伸びとなった一方、トマト(同▲11.28%→▲24.49%)、ジャガイモ(▲9.11%)、青物野菜(同▲4.98%→▲6.53%)などは大きく値下がりした。また、航空運賃(同18.63%→▲15.66%)が大幅に下落した運輸交通分野(同▲0.17%→▲0.39%)、および、健康・個人ケア分野(同▲0.20%→▲0.03%)は前月に続いてマイナスを記録し、前月に高騰した通信分野(同0.57%→0.09%)も数値が大きく低下した。一方、電気料金(同4.48%→3.85%)が引き続き高い数値となった住宅分野(同1.20%→1.19%)が8月も1%超の伸びとなり、家財分野(同0.29%→0.56%)も上昇が顕著だった。
金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は18日、6.00%だったSelicを0.50%p引き下げて5.50%にすることを全会一致で決定した。Selicの引き下げは2カ月連続で、1996年の創設以来最も低いレベルを更に更新することになった(グラフ1)。物価が落ち着いて推移している一方、ブラジル経済の回復は依然として鈍いことに加え、米中の貿易摩擦などを要因として世界的な景気後退への懸念が高まっているため、今回のSelicの引き下げは市場関係者の大方の予想どおりであった。現在の状況に大きな改善が見られない場合、Selicは年末までに5.00%へと引き下げられるとの見方が多くされている。
グラフ1 政策金利Selicの推移:過去10年間
(出所)ブラジル中央銀行
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為替市場:9月のドル・レアル為替相場は、月の前半はドル安レアル高となったが、月の後半はブラジルや米国での利下げなどによりレアルが売られる展開となった。月のはじめ、経済の悪化するアルゼンチンが自国通貨ペソの急落を防ぐべく為替取引規制を導入したためレアル安に振れたが、その後は中央銀行の為替介入や上院に回された年金改革法案の審議が開始されたことで、レアル高へ転じた。また、米中の貿易協議が再開される見通しになったことに加え、貿易協議の再開前に双方が関税に関する追加措置の延期などで譲歩が見られたため、リスクテイクの動きが強まった。さらに、米国FRBのPowell議長による更なる金利引き下げを示唆する発言や、ブラジルの7月の小売売上高が1.0%と予想を大きく上回ったことも、ドル安レアル高にとって材料視された。
しかし月の半ば、ブラジルの7月の中央銀行版GDP(IBC-Br)が前月比▲0.13%だったためレアル売りが強まるなか、サウジアラビアの世界最大の石油施設が空爆を受け中東地域での緊張が高まり有事のドル買いとなった。また、米国が追加利下げに踏み切ったものの、その要因である世界経済の減速への懸念を背景としてリスクテイクの動きは弱まった。さらに、ブラジルの政策金利Selicが史上最低値の5.50%へ引き下げられ、レアル安進行の要因となった。そして、国連総会でBolsonaro大統領が演説を行い、アマゾンの大規模森林火災をめぐりブラジルを非難する欧州諸国などを批判するとともに、アマゾン地域に関するブラジルの領土主権を主張したことが嫌気され、25日に年内のレアル最安値となるUS$1=R$4.1827(売値)を記録した。その後レアルは若干値を戻したものの、月末はドルが前月末比で0.63%の上昇となるUS$1=R$ 4.1644(売値)で9月の取引を終えた(グラフ2)。
グラフ2 レアル対ドル為替相場の推移:2019年
(出所)ブラジル中央銀行
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株式市場:9月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は月のはじめ、為替相場でドル高レアル安が進行したこともあり値を下げて始まった。しかし、年金改革法案の審議が上院の憲法司法委員会で始まったこと、米中が貿易協議を10月に行うことで合意したこと、ブラジルがアルゼンチンとの間で自動車に関する新たな貿易協定を締結したこと、8月の米国の雇用統計が予想を下回ったがこのことで金利引き下げの可能性が高まったことなどを背景にして上昇。一時、ブラジルで進められている税制改革に関して、新税導入を主張していた国税庁長官が解任され、改革の先行き不透明感が高まり下落する場面も見られた。ただし、中国が米国への追加関税措置から一部の品目を対象外にするとともに米国も中国への関税引き上げを延期したことも影響し、株価は月の前半ほぼ右肩上がりで上昇した。
月の後半は、ブラジルのGDPの予測指標(IBC-Br)が7月に前月比でマイナスだったことや、サウジアラビアの石油施設が攻撃され原油の国際価格が急騰したことで、株価は下落。ブラジルや米国での金利引き下げを好感して上昇した後、国連総会で米国のTrump大統領が貿易に関して中国を批判したため両国の関係が悪化するとの懸念や、ブラジルの上院憲法司法委員会で予定されていた年金改革法案の採決が延期されたことが、株安要因となった。ただし26日、8月の正規雇用数(新規雇用数マイナス失業者数)が今年3番目に多い12万人超を記録すると、月内最高値となる105,078pまで株価は上昇した。そして月末は若干値を下げたものの、前月末比3.57%の上昇となる104,745pで9月の取引を終了した(グラフ3)。
グラフ3 株式相場(Bovespa指数)の推移:2019年
(出所)サンパウロ株式市場
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