民主主義国家の元首として

ブラジル経済動向レポート(2019年7月)

海外調査員(サンパウロ大学客員教授)近田 亮平

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貿易収支:7月の貿易収支は、輸出額がUS$200.54億(前月比+11.3%、前年同月比▲11.0%)、輸入額がUS$177.61億(同+36.3%、同▲4.8%)と今年最大だったため、貿易収支の黒字額はUS$22.93億(同▲54.1%、同▲40.8%)にとどまった。年初からの累計は輸出額がUS$1,298.96億(前年同期比▲4.7%)、輸入額がUS$1,015.27億(同▲0.9%)で、貿易黒字額はUS$283.69億(同▲16.1%)であった。

輸出に関しては、一次産品がUS$110.54億(1日平均額の前年同月比▲16.7%)、半製品がUS$23.97億(同▲4.6%)、完成品がUS$66.04億(同▲12.3%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$60.02億、同▲16.6%)、2位が米国(US$26.72億、同+5.9%)、3位がアルゼンチン(US$8.36億、同▲31.0%)、4位がオランダ(US$7.85億)、5位が日本(US$6.03億、同+67.2%)だった。輸出品目に関して、増加率ではトウモロコシ(同+426.5%、US$112.7億)とガソリン(同+159.1%、US$17.0億)が3桁も増加し、減少率では原油(同▲61.2%、US$14.07億)が60%以上のマイナスとなった。輸出額(「その他」を除く)では、一次産品である大豆(US$27.88億、同▲34.6%)と鉄鉱石(US$25.60億、同+35.2%)がUS$20億以上、前述のトウモロコシと原油がUS$10億以上の取引額を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$23.41億(1日平均額の前年同月比▲53.0%)、原料・中間財がUS$110.66億(同+4.9%)、耐久消費財がUS$4. 91億(同▲16.1%)、非・半耐久消費財がUS$18.16億(同+6.9%)、基礎燃料がUS$8.17億(同▲7.9%)、精製燃料がUS$7.35億(同▲6.8%)であった。主要輸入元は、1位が米国(US$31.43億、同+19.7%)、2位が中国(香港とマカオを含む)(US$ 28.68億、同▲37.4%)、3位がドイツ(US$9.74億)、4位がアルゼンチン(US$9.07億、同▲8.8%)、5位が日本(US$5.47億、同+32.6%)で、久々に日本が輸出入とも5位にランクインした。

物価:発表された6月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.01%(前月比▲0.12%p、前年同月比▲1.25%p)で、前月に続いて今年最も低い数値を記録した。年初累計は2.23%(前年同期比▲0.37%p)で前年同期の値を下回り、直近12カ月(年率)は3.37%(前月同期比▲1.29%p)に低下した(グラフ1)。

分野別では、前月マイナスだった飲食料品分野が▲0.25%(前月比+0.31%p、前年同月比▲2.28%p)と2カ月連続で下落した。トマト(5月▲15.08%→6月5.23%)や牛肉(同0.25%→0.47%)など値上がりしたものもあったが、フェイジョン豆(carioca:同▲13.04%→▲14.80%)や果物(同▲2.87%→▲6.14%)が前月よりさらに値下がりしたことが影響した。非飲食料品では、健康・個人ケア分野(同0.59%→0.64%)と教育分野(同▲0.04%→0.14%)で価格が上昇した。ただし、前月値上がりした電気料金(同2.18%→▲1.11%)がマイナスに転じたため住宅分野(同0.98%→0.07%)は落ち着いた数値になった。また、燃料価格が下落した運輸交通分野(同0.07%→▲0.31%)と通信分野(同▲0.03%→▲0.02%)はマイナスを記録した。

グラフ1 物価(IPCA)の推移:2016年以降

(出所)IBGE


金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は31日、Selicを0.50%p引き下げて6.00%にすることを全会一致で決定した。Selicは16カ月間6.50%のままだったが、1996年の創設以来最も低いレベルに引き下げられることになった(グラフ2)。最近物価が落ち着きを見せている一方(グラフ1)、景気回復の足取りは依然として鈍いため、今回のSelic引き下げは市場関係者の間で予想されていたが、引き下げ幅に関して0.25%pまたは0.50%pで見解が分かれていた。Copomがより大きな引き下げ幅を全会一致で決めたことや更なる金利引き下げを示唆していることから、今年中にSelicが5%台になることはほぼ確実と見られている。

グラフ2 政策金利Selicの推移:2012年以降

(出所)ブラジル中央銀行


為替市場:7月のドル・レアル為替相場は、月の前半はドル安レアル高で推移した。レアル買いの最も大きな要因は年金改革法案であり、同法案の更なる修正案の提出、審議を経た後での下院特別委員会での可決、下院本会議での審議および採決へと同法案成立に向けたプロセスが進むにつれ、レアルは買われていった。そして、依然として修正の可能性があるものの下院本会議で年金改革法案に関する第1回目の採決が行われ、事前の予想を上回る379票の賛成により可決されることになった。一方、米国のFRB議長や金融当局者が早期利下げの可能性や必要性に言及し、これらはドル売り材料となった。そして22日にはUS$1=R$3.7394(買値)と、今年3月以来となるUS$1=R$3.7台を記録した。

しかしその後、米国で債務上限の適用を2年間停止する旨の合意が得られたこと、市場で期待されていた金利緩和に関して欧州中央銀行の総裁が消極的な発言を行ったこと、月末最終日に米国が2008年以来となる利下げを行ったことなどにより、為替はドル高レアル安傾向に転じた。またBolsonaro大統領が、自身の息子であるEduardo下院議員を在米国大使に指名、ブラジルの飢餓問題はポピュリストの大嘘だと発言、政府機関の森林伐採のデータを虚偽だと批判、児童労働を擁護、軍政時代に行方不明となり死亡した活動家の真相を知りたければ教えると述べるなど、民主主義国家の元首として問題ある言動を頻発したことも、レアル売りにとって材料視された。ただし月末は、ドルが前月末比▲1.76%の下落となるUS$1=R$3.7643(買値)で7月の取引を終えた。

株式市場:7月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は為替相場と同様に月の前半、年金改革法案をめぐる進展を好感し、10日には105,817pまで上昇し史上最高値を更新した。同法案は更なる修正が加えられた後に審議が行われ、下院特別委員会での採決で可決された。その後、警察関係者を含むか否かなど今後さらに修正が行われる可能性があるものの、年金改革法案は下院本会議に回されて第1回目の採決が行われた。その結果、必要だった下院議員の5分の3に当たる308票を大きく上回る賛成票により可決された(写真)。喫緊の課題である年金改革法案が議会の第一関門を突破したことで、同法案だけでなく今後予定されている税金などの改革も進展するとの楽観的な見方が強まった。また、米国で早期の利下げ観測が強まり株価が史上最高値を更新したことも、Bovespa指数の押し上げ要因となった。

月の後半、退職などの際に利用可能な労働者の積立金である勤続年数補償基金(FGTS)に関して、政府が景気浮揚策として同基金の引き出しを認めたことや、Petrobrasが子会社BR Distribuidoraの株を大幅に売却したことで公社の民営化が本格化するとの期待から、株価は上昇する場面も見られた。しかし、欧州中央銀行が金利を据え置くとともに総裁が緩和策に消極的な発言を行ったことや、米中貿易戦争などによる世界経済の減速に対して予防的な利下げに米国が踏み切ったことは、株価の下落要因となった。また前述したように、民主主義国家の元首として疑問を抱かざるを得ない言動をBolsonaro大統領が連発したことも、株価動向に少なからぬ影響を与えたと考えられ、そのため政府要人は緊急会議を開きBolsonaro大統領の露出を控えるなどの対策に動き出した。そして月末は、前月末比+0.84%とほぼ同じレベルの101,812pで取引を終了した。

写真 年金改革法案の下院本会議での採決日にサンパウロで抗議する人々

撮影場所のサンパウロ美術館(MASP)周辺は抗議デモなどの“メッカ”であり、MASP前のパウリスタ大通りは閉鎖される場合もよくある。しかし、少なくとも筆者の撮影時においてMASP下での抗議デモ以外の周辺は平常と変わらず、年金改革法案への反発は小さかった(2019年7月10日 筆者撮影)。