年金改革法案などに左右される金融市場

ブラジル経済動向レポート(2019年6月)

海外調査員(サンパウロ大学客員教授)近田 亮平

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貿易収支:6月の貿易収支は、輸出額がUS$180.47億(前月比▲15.1%、前年同月比▲10.4%)、輸入額がUS$130.27億(同▲13.0%、同▲9.1%)で、営業日数が少なかったため輸出入ともマイナスとなった。また、貿易収支はUS$50.19億(同▲20.1%、同▲13.6%)だった。年初からの累計は輸出額がUS$1,108.96億(前年同期比▲2.5%)、輸入額がUS$837.65億(同▲0.04%)で、貿易黒字額はUS$271.30億(同▲9.4%)であった。

輸出に関しては、一次産品がUS$95.70億(1日平均額の前年同月比+10.7%)、半製品がUS$24.55億(同▲6.8%)、完成品がUS$60.22億(同▲7.2%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$57.06億、同+6.0%)、2位が米国(US$23.55億、同▲2.9%)、3位がアルゼンチン(US$8.49億、同▲38.1%)、4位がオランダ(US$6.22億)、5位がメキシコ(US$4.23億、同+10.1%)だった。輸出品目に関して、増加率ではトウモロコシ(同+1,040.7%、US$2.72億)が突出して大きく、減少率では航空機(同▲54.3%、US$2.09億)が50%以上のマイナスとなった。輸出額では(「その他」を除く)、大豆(US$31.03億、同▲18.3%)、鉄鉱石(US$20.43億、同+37.7%)、原油(US$12.82億、同+12.5%)の一次産品がUS$10億以上の取引額を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$16.83億(1日平均額の前年同月比+10.3%)、原料・中間財がUS$80.46億(同▲0.3%)、耐久消費財がUS$4.19億(同▲24.1%)、非・半耐久消費財がUS$13.26億(同▲7.6%)、基礎燃料がUS$8.17億(同+4.9%)、精製燃料がUS$7.35億(同+23.8%)であった。主要輸入元は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$25.52億、同+6.4%)、2位が米国(US$ 20.25億、同+4.1%)、3位がアルゼンチン(US$8.28億、同▲11.3%)、4位がドイツ(US$7.69億)、5位がスイス(US$3.88億)だった。景気が悪化しているアルゼンチンが、輸出入ともに前年同月比で2桁のマイナスを記録した。

物価:発表された5月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.13%(前月比▲0.44%p、前年同月比▲0.27%p)で今年最も低い数値となった。年初累計は2.22%(前月同期比+0.89%p)、直近12カ月(年率)は4.66%(前月同期比▲0.28%p)だった。

分野別では、前月に高騰した飲食料品分野が▲0.56%(前月比▲1.19%p、前年同月比▲0.88%p)で、ニンジン(4月▲0.07%→5月15.74%)や低脂肪牛乳(同▲0.30%→2.37%)はマイナスからプラスに転じたが、前月20%以上も上昇したトマト(同28.64%→▲15.08%)をはじめ、フェイジョン豆(同carioca:▲9.09%→▲13.04%)や果物(同▲0.71%→▲2.87%)が値下がりした影響で、分野全体では2018年8月(▲0.34%)以来のマイナスを記録した。非飲食料品では、電気料金(2.18%)やガスボンベ(1.35%)が値上がりした住宅分野(同0.24%→0.98%)が最も高い伸びとなった。ただし、前月高騰した健康・個人ケア分野(同1.51%→0.59%)の数値は低下し、家財分野(同▲0.24%→▲0.10%)、教育分野(同0.09%→▲0.04%)、通信分野(同0.03%→▲0.03%)では価格が下落した。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は19日、Selicを6.50%で据え置くことを全会一致で決定した。市場関係者の予想通りだったSelicの据え置きは、今回で過去最長の10回連続となった。ただし、物価が落ち着いてきている一方、景気は回復よりも後退する可能性が取り沙汰されているため、年末まで据え置かれると見られていたSelicが今年中に引き下げられるとの見方もされている。なお中央銀行は月の後半、今後Selicを5.75%へ引き下げる可能性に言及している。

為替市場:6月のドル・レアル為替相場は、年金改革法案などの動向に左右される値動きとなった。月のはじめ、米中の貿易戦争などにより米国の景気後退への懸念が高まるなか、FRB高官が利上げの可能性に言及したことがドル売り材料となった。一方ブラジル国内では、下院の特別委員会で年金改革法案の修正案が提示されるとともに審議が行われ、同法案成立に一歩前進したことでレアル高となった。

月の半ば、下院で提示された年金改革法案の修正案は、地方公務員を対象外としたり積立方式による資本化制度(capitalization)を導入しなかったりするなど、政府の原案を大幅に変更するものであり、Guedes経済大臣がこれらの点を批判したため同法案の成立に時間がかかるとの見方からレアルが売られる場面も見られた。また、米国で発表された5月の小売売上高や鉱工業生産指数が予想を上回りドル買いの要素となった。ただしその後は、米国のFRBが7月にも利下げする可能性を示唆するなど、米国での早期利下げに対する期待感からドル安傾向が強まった。その一方で、ブラジルが加盟しているMercosul(南米南部共同市場)とEUの間で貿易協定の合意に至ったことが好感され、レアルは24日にUS$1=R$3.8228(買値)の月内最高値を記録した。そして月末は、ドルが前月末比▲2.75%の下落となるUS$1=R$3.8316(買値)で6月の取引を終えた(グラフ1)。

グラフ1 レアル対ドル為替相場の推移:2019年

グラフ1 レアル対ドル為替相場の推移:2019年

(出所)ブラジル中央銀行


株式市場:6月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、為替相場と同様に年金改革法案などの動向に左右される展開となった。月の前半、株価は緩やかに上昇したが、その要因としてGuedes経済大臣が下院で年金改革法案をはじめとする政府の方針の説明を行うとともに、下院特別委員会で年金改革法案に関して修正案の提示と審議が開始されたことが挙げられる。また、PetrobrasやEletrobrasをはじめとする公社の子会社の民営化に関して議会の承認なしに可能とする判断を最高裁が下したこと、発表された5月の物価(IPCA)が今年に入り最も低い数値だったこと、オマーン沖で石油タンカーが攻撃され原油価格が急騰した影響でPetrobras株が買われたこと、食肉加工大手のMarfrigとBRFの合併交渉に進展が見られたことなどが材料視された。さらに海外要素として、米国がメキシコへの関税引き上げを延期すると報じられたことも挙げられる。

月の半ば、提出された年金改革法案の修正案は原案よりも財政支出の抑制が厳格ではなく、それを補足するために金融関連の増税などが盛り込まれたことから、銀行株が売られ株価が値下がりする場面も見られた。ただしその後、米国での早期利下げ観測が高まったこと、ブラジルの北東部の沖合で海底ガス田が発見されたこと、Petrobrasをめぐる一大汚職事件に関与したゼネコン大手のOdebrechtが民事再生を申請したことなどが好感され、株価は史上初めて100,000pを超えて上昇した。さらに、米国でFRBが利下げの可能性を示唆し株価が上昇した影響もあり、24日にBovespa指数は102,062pの史上最高値を記録した。そして月末は若干値を下げたものの、前月末比で4.06%の上昇となる100,967pで取引を終了した(グラフ2)。 なお、ブラジルのカウントリー・リスクも6月は為替と株式相場と同様に、年金改革法案などの動向を先取りするかたちで低下した(グラフ3)。

グラフ2 株式相場(Bovespa指数)の推移:2017年以降

グラフ2 株式相場(Bovespa指数)の推移:2017年以降

(出所)サンパウロ株式市場


グラフ3 ブラジルのカントリー・リスクの推移:2019年

グラフ3 ブラジルのカントリー・リスクの推移:2019年

(出所)J.P.Morgan