マイナスに転じた2019年第1四半期GDP

ブラジル経済動向レポート(2019年5月)

海外調査員(サンパウロ大学客員教授)近田 亮平

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第1四半期GDP:2019年第1四半期のGDPが発表され、成長率の前期比が▲0.2%と2016年第4四半期(▲0.6%)以来のマイナスに転じた。前年同期(年初累計)比は0.5%、直近4四半期比は0.9%で、総額(名目)はR$1兆7,136億であった(グラフ1)。今年1月にミナスジェライス州で鉄鋼大手のVale社の鉱山ダムが決壊し、多くの死者・行方不明者や環境問題を出す甚大な災害が発生した影響から鉱業が大幅なマイナスを記録した。また、重要な貿易相手国である隣国アルゼンチンの経済危機も輸出が大きく後退する要因となった。今年通年のGDP成長率の予測は今月、1%後半から前半へと漸次引き下げられて来たが、マイナスに転じた第1四半期GDPの発表を受け1%を下回ると予測する市場関係者も見られた。

グラフ1 四半期GDPの推移

グラフ1 四半期GDPの推移

(出所)IBGE  (注)GDP成長率を示す折れ線グラフは左軸、名目GDP額の棒グラフは右軸(「B」は10億)。


第1四半期GDPの需給面を見ると(グラフ2と3)、家計支出(前期比0.3%、前年同期比1.3%)が好調であり、財政難を理由に政府は教育費の削減を5月に発表し学生や教職員などからの反発を招いたが、政府支出(同0.4%、同0.1%)も前期比が相対的に大幅なプラスとなった。また、投資である総固定資本形成(同▲1.7%、同0.9%)は前期比が2期連続のマイナスとなったこともあり、今後の景気回復に対して悲観的な見方もされている。輸出(同▲1.9%、同1.0%)と輸入(同0.5%、▲同2.5%)に関しては、前年同期と比べ為替がドル高レアル安になっていることが前年同期比に表れており、前期比については隣国アルゼンチンの経済危機が影響したと考えられる。

一方の供給面では、今まで比較的に好調だった農牧業(同▲0.5%、同▲0.1%)が前期比および前年同期比ともマイナスに転じた。1月に発生したブラジル史上最悪の鉱山事故の影響で鉱業(▲同6.3%、同▲3.0%)が大幅に後退したことをはじめ、建設業(同▲2.0%、同▲2.2%)や製造業(同▲0.5%、同▲1.7%)も低調な数値だったため、工業(同▲0.7%、同▲1.1%)は大きく落ち込むことになった。サービス業(同0.2%、同1.2%)は今期も好調だったが、商業(同▲0.1%、同0.5%)で前期比が2期連続のマイナスとなっており、雇用状況が改善しない中で消費が低迷していく可能性も考えられよう。

グラフ2  2019年第1四半期GDPの需給部門の概要

グラフ2  2019年第1四半期GDPの需給部門の概要

(出所)IBGE
グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比

グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比

(出所)IBGE


貿易収支:5月の貿易収支は、輸出額がUS$213.94億(前月比+8.6%、前年同月比+11.3%)、輸入額がUS$149.72億(同+9.9%、同+12.9%)で、貿易収支はUS$64.22億(同+5.8%、同+7.7%)と今年最大の黒字額だった。年初からの累計は輸出額がUS$935.43億(前年同期比▲0.1%)、輸入額がUS$707.37億(同+1.8%)で、貿易黒字額はUS$228.06億(同▲5.5%)であった。

輸出に関しては、一次産品がUS$111.44億(1日平均額の前年同月比▲3.9%)、半製品がUS$29.02億(同+15.4%)、完成品がUS$73.48億(同+29.5%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$59.72億、同▲17.3%)、2位が米国(US$29.46億、同+60.1%)、3位がアルゼンチン(US$10.21億、同▲21.3%)、4位がオランダ(US$8.85億)、5位がチリ(US$5.17億)だった。輸出品目に関して、増加率ではガソリン(同+25,584.6%、US$1.23億)が突出して大きく、減少率では自動車(同▲41.9%、US$2.99億)や貨物車(同▲38.5%、US$1.31億)が顕著であった。輸出額では(「その他」を除く)、大豆(US$36.48億、同▲30.3%)、原油(US$20.42億、同+17.4%)、鉄鉱石(US$18.99億、同+10.5%)の一次産品がUS$10億以上の取引額を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$17.78億(1日平均額の前年同月比+16.4%)、原料・中間財がUS$89.02億(同+6.4%)、耐久消費財がUS$4.85億(同▲2.7%)、非・半耐久消費財がUS$16.90億(同▲7.6%)、基礎燃料がUS$9.91億(同+10.0%)、精製燃料がUS$11.20億(同+48.4%)であった。主要輸入元は、1位が米国(US$ 28.09億、同+25.1%)、2位が中国(香港とマカオを含む)(US$27.31億、同+10.9%)、3位がドイツ(US$9.48億)、4位がアルゼンチン(US$8.94億、同+7.5%)、5位が韓国(US$4.51億、▲6.5%)だった。

物価:発表された4月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0. 57%(前月比▲0.18%p、前年同月比+0.35%p)で、年初累計は2.09%(前月同期比+1.17%p)、直近12カ月(年率)は4.94%(前月同期比+0.36%p)だった。

分野別では、前月に高騰した飲食料品分野が0.63%(前月比▲0.74%p、前年同月比+0.54%p)で、20%以上も上昇したトマト(28.64%)やタマネギ(8.62%)などが大きく値上がりしたが、フェイジョン豆(carioca:▲9.09%)と果物(▲0.71%)が値下がりした影響で、全体の伸びは前月より低下した。非飲食料品では、価格調整が行われた医薬品(2.25%)や個人衛生品(2.76%)が上昇した健康・個人ケア分野(3月0.42%→4月1.51%)が高騰し、前月より伸びは低下したが運輸交通分野(同1.44%→0.94%)も高い数値となった。一方、学校の新学期需要が過ぎた教育分野(同0.32%→0.09%)や衣料分野(同0.45%→0.18%)は伸びが低下し、家財分野(同0.27%→▲0.24%)はマイナスを記録した。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は8日、Selicを6.50%で据え置くことを全会一致で決定した。Selicの据え置きは市場関係者の予想通りで、今回で過去最長(2015年9月~2016年8月)に並ぶ9回連続となった。物価が若干上昇する兆しがあるものの、直近の雇用統計(前月レポート参照)や鉱工業生産指数(3月:前月比▲1.3%、前年同月比▲6.1%)が予想を下回るなど、最近のブラジル経済が低調なことを受け、今年のGDP成長率の予測が漸次下方修正された。そのため、Selicは次回のCopomも含め年内は据え置きが続くとの見方が多くされている。

為替市場:5月のドル・レアル為替相場は、月の前半は狭いレンジでの値動きとなった。米国でFRBのPowell議長が金利引き下げに否定的な見解を述べたことや、Trump大統領が対中国の関税の引き上げを発表しブラジルをはじめとする新興国の経済に悪影響が及ぶとの懸念が、ドル買いレアル売りの要因となった。一方、年金改革法案の審議が下院特別委員会で始まり同法案の成立に向け一歩前進したことは、レアル上昇にとって材料視された。

しかし月の半ばになると、急激なドル高レアル安が進行することになった。その要因として、強硬姿勢の米国に対して中国が報復関税を課すと発表し、米中の貿易戦争の激化が世界経済に悪影響を及ぼすとの懸念から、リスクテイクの動きが後退したことが挙げられる。また、ブラジルにとって最大の貿易国である中国の4月の小売売上高と鉱工業生産が予想を大きく下回ったことも、レアル安につながった。国内では15日、政府が発表した教育費の約30%のカットに抗議する学生や教職員によるデモが全国規模で実施されたが、Bolsonaro大統領がデモの参加者を「バカ者」などと呼んだことが強い反感を買うこととなった。教育大臣が議会で予算削減の説明を行ったが、多くの議員が厳しく批難し議会と政府との関係が悪化。Bolsonaro政権に対する国民や議会からの批判が強まり、年金改革法案の可決に必要な政治調整がより困難になる中、議会の主流派が政府案と異なる年金改革の代替案を作成する動きに出た。このような年金改革をはじめ国内政治の混乱を嫌気し、20日には今年のドル最高値となるUS$1=R$4.1056(売値)を記録した。

ただしその後、15日の反Bolsonaroデモに対抗するかたちで26日にBolsonaro支持派によるデモが全国各地で行われ、参加者が事前の予測を上回るなど政権への一定数の支持は依然強固なことが示されるなど、レアル買い要素も見られた。また、Trump大統領が移民対策としてメキシコへ5%の関税をかけると表明したことは、ドル売りにとって材料視された。そのため月末は、前月末比でドル▲0.12%とほぼ同じレベルのUS$1=R$3.9407(売値)で5月の取引を終えた。

株式市場:5月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は月のはじめ、米国のTrump大統領が10%課している中国製品の関税を25%に引き上げると発表したことで、米中の貿易戦争が激化するとの懸念から下落。一方、下院の特別委員会において年金改革法案の審議が開始されたことや、米国のTrump大統領が中国との貿易交渉で合意に至る見通しだと発言したことを好感し、上昇する場面も見られた。

しかし月の半ば、株価は大きく下落することとなった。その要因として、米国の中国に対する関税引き上げに対して、中国が報復措置として同様に米国からの輸入に対する関税引き上げを発表し、米中をはじめ世界各国の株価が下落したことや、発表された中国の経済指標が低調だったことが挙げられる。国内でも、政府による教育費の約30%の削減に反対して全国約250もの都市で実施されたデモに対して、Bolsonaro大統領が「大衆扇動の愚か者」などと発言したことが、国民やマスコミだけでなく政治家からも強く批判され、年金改革法案の採決を困難にするとの懸念が材料視された。そのため、株価は17日に年内最安値となる89,993pまで下落した。

ただしその後、大幅に値下がりした株を買う動きが強まるとともに、親Bolsonaro政権のデモが全国各地で行われ、日曜日だったこともあり多くの人々が参加するとともに年金改革などの政府の施策への支持を表明したことから、株価は上昇。30日に発表された第1四半期のGDPが▲0.2%と2016年第4四半期以来のマイナスに転じたため、月末は若干値を下げたものの前月末と比べ0.70%とほぼ同レベルの96,353pで取引を終了した。