大統領選挙に左右される市場
ブラジル経済動向レポート(2018年9月)
海外調査員(サンパウロ大学客員教授)近田 亮平
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貿易収支:9月の貿易収支は、輸出額がUS$190.87億(前月比▲15.4%、前年同月比+2.3%)、輸入額がUS$141.16億(同▲24.8%、同+4.7%)で、営業日が19日間と通常より少なかったため前月比ではマイナスとなった。ただし、貿易収支はUS$49.71億(同+31.7%、同▲4.0%)で前月を上回る黒字額を計上した。また、年初からの累計は、輸出額がUS$1,779.91億(前年同期比+8.1%)、輸入額がUS$1,353.43億(同+21.6%)で、貿易黒字額はUS$426.48億(同▲20.0%)だった。
輸出に関しては、一次産品がUS$98.21億(一日平均額で前年同月比+21.1%)、半製品がUS$28.20億(同+3.0%)、完成品がUS$62.75億(同▲4.2%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$51.87億、同+52.0%)、2位が米国(US$26.65億、同+24.1%)、3位が経済の悪化したアルゼンチン(US$9.27億、同▲31.8%)でマイナス幅が大きく、4位がオランダ(US$6.82億)、5位がチリ(US$6.05億)であった。輸出品目に関して、増加率では大豆油(同+644.9%、US$0.56億)や燃料油(同+294.7%、US$2.13億)が顕著で、減少率では精糖(同▲51.1%、US$1.05億)が50%以上ものマイナスとなった。輸出額では(「その他」を除く)、原油(US$23.60億、同+102.8%)、大豆(US$18.31億、同+19.7%)、鉄鉱石(US$17.64億、同+15.4%)の3つの一次産品がUS$10億以上の取引額を計上した。
一方の輸入は、資本財がUS$15.78億(一日平均額で前年同月比+5.9%)、中間財がUS$88.96億(同+10.0%)、耐久消費財がUS$5.28億(同+34.1%)、非・半耐久消費財がUS$14.79億(同▲7.1%)、基礎燃料がUS$9.50億(同+75.9%)、精製燃料がUS$6.06億(同▲14.4%)だった。主要輸入元は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$25.53億、同▲5.4%)、2位が米国(US$24.23億、同+35.1%)、3位がアルゼンチン(US$9.33億、同+19.0%)、4位がドイツ(US$8.89億)、5位がメキシコ(US$4.50億、同+26.8%)であった。
物価:発表された8月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は▲0.09%(前月比▲0.42%p、前年同月比▲0.28%p)で、昨年6月(▲0.23%)以来のマイナスとなった。年初累計は2.85%(前月同期比+1.18%p)、直近12カ月(年率)は4.19%(前月同期比▲0.29%p)であった。
分野別では、飲食料品分野が▲0.34(前月比▲0.22%p、前年同月比+0.73%p)で2カ月連続のマイナスを記録した。コメ(2.51%)やパスタ(2.47%)などの価格は上昇したが、タマネギ(7月▲33.50%→8月▲22.19%)とジャガイモ(同▲28.14%→▲11.89%)が前月に続き2桁の値下がりとなるなど、多くの品目で価格が下落した。医療保険料(0.81%)が値上がりした医療・個人ケア分野(同0.07%→0.53%)は大きく伸びたもの、前月の高騰から一転大幅なマイナスとなった航空運賃(同44.51%→▲26.12%)の影響などから、運輸交通分野(同0.49%→▲1.22%)は大きく値下がりした。また、最近の電気料金の値上がりで高止まりしていた住宅分野(同1.54%→0.44%)が落ち着いたものになったことも、全体の数値低下に寄与した。
金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は19日、Selicを6.50%で据え置くことを全会一致で決定した。大統領選をめぐる先行き不透明感もあり、今回で4回連続となったSelicの据え置きは多くの市場関係者の予想通りであった。ただし、最近の為替相場におけるドル高レアル安の影響から、物価が今後上昇することが予測されており、Copomはインフレ対策としてSelicを引き上げる可能性に言及した。
為替市場:9月のドル・レアル為替相場は、大統領の選挙戦が正式にスタートした8月にほぼ右肩上がりでドル高が進んだ後、引き続き選挙戦の動向に左右されることになった(グラフ1)。
月の初め、高等選挙裁判所がLula元大統領(労働者党PT)の立候補を無効とする判断を8月末に下したが、PTは同氏の出馬を取り下げなかったため、選挙をめぐる不透明感が増してレアル安となった。その後、中央銀行が継続的に為替介入し、アルゼンチンがIMFとの交渉を始めるなど海外の不安要素が後退したことで、レアルを買い戻す動きが見られた。このような状況の中、Lulaを候補者から除いた初の世論調査において、過激な言動が注目を集めているBolsonaro(社会自由党PSL)が支持率でトップになったが、同氏が選挙遊説中に腹部を刺される事件が発生した。Bolsonaroの襲撃事件が今後の選挙戦に与える影響について、イデオロギーよりも経済の立て直しを重視する候補が有利になるとの見方や、Petrobrasの民営化など改革を掲げる同氏へ同情票が集まるなど様々な憶測がなされたが、総じてレアル高の要素として市場では捉えられた。
ただし、Bolsonaro襲撃事件後の世論調査では、Bolsonaroの支持率が予想されたほど伸びなかった一方、Lulaの出馬が不可能となったため代わりに労働者党の正式な大統領選候補となったHadadd元サンパウロ市長、および、中道左派で要職経験の豊富なCiro(民主労働党PDT)への支持が高まった。その後、入院中のBolsonaroが新たな手術を受けることになり同氏の健康状態への懸念が高まった一方、大統領選に関する新たな世論調査でHadaddが唯一支持率を伸ばしたことで、急進右派で支持率トップのBolsonaroと汚職で服役中のLulaの推すHadaddが決選投票に進む可能性が高まった。これらの影響により、14日には2015年9月24日(US$1=R$4.1949)に次ぐUS$1=R$4.1879(売値)のドル高レアル安を記録した(本レポートは中央銀行のデータを使用。レアルの最安値更新とする別のデータもある)。
ただし月の後半、8月の正規雇用数(CAGED:新規雇用数-失業者数)が11万人と増加したことや、大統領選に関して複数候補が団子状態で不透明感の強かった今までに対して、決選投票に残る2候補がBolsonaroとHadaddにほぼ絞られて来たため見通しが立てやすくなったことを好感し、レアル高が進んだ。また、米国が今年3回目の利上げを行ったが、2020年には利上げを停止する可能性を示唆したことがドル安要因になった。そして月末は、ドルが月内最安値となる前月末比▲3.18%のUS$1=R$ 4.0033(買値)で9月の取引を終えた。
(出所)ブラジル中央銀行
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株式市場:9月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)も為替相場と同様、8月以降の大統領選の動向に左右される展開となった(グラフ2)。
月の初め、8月末に発表された第2四半期GDPが景気回復の弱さを示すものだったこと、7月の鉱工業生産指数(前月比)が▲0.2%と再びマイナスに転じたこと、南アフリカの第2四半期が予想に反して2期連続のマイナス(リセッション)になったことで、ブラジルをはじめ新興国経済に対する悲観的な見方が強まり、株価は下落した。しかし、マスコミなどからブラジルのトランプとも称されるBolsonaroが選挙キャンペーン中、ナイフで襲撃される事件に遭い重傷との報が伝わった。Lula元大統領の出馬を高等選挙裁判所が無効と判断した後、世論調査でトップに躍り出た同氏に関しては、女性やマイノリティへの差別的な言動などから拒絶する有権者も多く、経済運営にも精通していないと見られている。ただし、Bolsonaroには変革を期待する有権者も多く、今回の事件への同情から同氏の支持率が高まり選挙で勝利すればブラジルの改革が進むとの見方や、事件の犯人が急進的な左派政党(社会主義と自由党PSOL)の元党員だったため左派の候補にはマイナスの影響が出る一方、世論調査で支持率が伸び悩んでいる経済界やエスタブリッシュメントが支持する候補者に有利となる可能性などが取り沙汰され、株価は上昇した。
月の半ば、Bolsonaro襲撃事件の後に行われた世論調査において、Bolsonaraへの同情票が思ったほど集まらなかった一方、他の候補より高い同氏への拒否率が更に上昇(DataFolha:8月の39%→43%)した。また、Lulaの代わりに労働者党の正式な候補となったHadaddをはじめ、一部の左派候補者が支持率を伸ばしたことや、為替相場で再びドル高レアル安が進み経済への悪影響が懸念されたことで、11日には月内最安値となる74,657pまで株価は値を下げた。その後、中央銀行版GDPのIBC-Brの7月が0.57%と予想外に良かったことや、ドル高が進んでいた為替相場がレアル高に振れたことを好感し、株価は上昇に転じた。
月の下旬、大統領選に関する世論調査でHadaddが支持率を伸ばしたことや、主要産油国が石油の増産を見送り原油価格が急上昇したことで、一時下落する場面もあった。しかし、石油公社Petrobrasが米国での不正取引(Lava Jato)に関して現地当局と合意に至ったことなどを好感し、月末は前月末比3.47%の上昇となる79,342pで9月の取引を終了した。
なお、ブラジルのカントリー・リスクも大統領選に左右される動きとなった。5月下旬からの上昇はトラック運転手による道路封鎖ストライキの影響だが、8月以降は大統領選をめぐり上昇を続け、9月4日には2016年12月2日(350p)に次いで高い349pを記録した。ただし、月末に向けては為替のレアル高と株高と同じように、リスクは低下する展開となった(グラフ3)。
(出所)サンパウロ株式市場
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(出所)J.P.Morgan
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