株と通貨レアルの同時安

ブラジル経済動向レポート(2018年7月)

海外調査員(サンパウロ大学客員教授)近田 亮平

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貿易収支:7月の貿易収支は、輸出額がUS$228.70億(前月比+13.2%、前年同月比+21.8%)、輸入額がUS$186.43億(同+30.2%、同+49.5%)で、輸出入とも今年の最高額を記録し、貿易収支はUS$42.27億(同▲28.2%、同▲32.9%)の黒字額を計上した。また、年初からの累計は、輸出額がUS$1,365.82億(前年同期比+8.0%)、輸入額がUS$1,024.23億(同+22.0%)で、貿易黒字額はUS$341.60億(同▲19.7%)だった。

輸出に関しては、一次産品がUS$129.80億(一日平均額で前年同月比+48.3%)、半製品がUS$24.06億(同▲11.8%)、完成品がUS$72.60億(同▲6.2%)だった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$70.15億、同+65.3%)、2位が米国(US$24.61億、同+0.9%)、3位がシンガポール(US$14.95億)、4位がアルゼンチン(US$11.51億、同▲27.4%)、5位がオランダ(US$9.64億)であった。輸出品目に関して、増加率では動物の内臓(同+350.9%、US$1.36億)と航空機エンジン部品(同+331.7%、US$2.60億)が300%以上増加し、減少率では皮革(同▲50.2%、US$0.77億)が50%以上減少した。輸出額では(「その他」を除く)、大豆(US$40.72億、同+53.4%)、原油(US$34.65億、同+112.1%)、鉄鉱石(US$18.14億、同+47.0%)の一次産品に加え、石油採掘プラットフォーム(US$12.46億、同+31.6%)がUS$10億以上の取引額となった。

一方の輸入は、資本財がUS$47.67億(一日平均額で前年同月比+239.8%)と大幅に伸び、原料・中間財がUS$100.88億(同+22.3%)、耐久消費財がUS$5.59億(同+41.5%)、非・半耐久消費財がUS$16.24億(同+14.2%)、基礎燃料がUS$8.48億(同+3.5%)、精製燃料がUS$7.54億(同▲2.8%)だった。主要輸入元は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$43.80億、同+82.0%)、2位が米国(US$25.11億、同+14.5%)、3位がドイツ(US$9.78億)、4位がアルゼンチン(US$9.51億、同+27.0%)、5位が韓国(US$4.52億、同+1.4%)であった。輸出入ともに中国との取引額および増加傾向が顕著だった。

物価:発表された6月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は1.26%(前月比+0.86%p、前年同月比+1.49%p)で、5月下旬のトラック運転手による道路封鎖ストライキの影響から、2016年1月(1.27%)に次ぐ高い数値となった。前年同期比が2016年1月(+0.03%p)以降はマイナスが続いていた年初累計は2.60%(前月同期比+1.42%p)でプラスとなり、直近12カ月(年率)も4.39%(前月同期比+1.53%p)と大幅に上昇した(グラフ1)。

分野別では、ジャガイモ(5月17.51%→6月17.16%)、加工牛乳(同2.65%→15.63%)、鶏肉一羽(同▲0.99%→8.02%)などの値上がりが顕著だったため、飲食料品分野が2.03%(前月比+1.71%p、前年同月比+2.53%p)と高騰した。また、降雨量が少なく今後の電力供給への懸念から電気料金(同3.53%→7.93%)が引き上げられたため、住宅分野(同0.83%→2.48%)が先月に続き最も高い上昇率を記録した。また、道路封鎖ストライキの要求によりディーゼル(6.16%→▲5.66%)は値下がりしたものの、ガソリン(3.34%→5.00%)などが引き続き値上がりしたため、運輸交通分野(同0.40%→1.53%)の上昇率も大きかった。ただし、マイナスを記録した衣料分野(同0.58%→▲0.16%)や通信分野(同0.16%→0.00%)など、道路封鎖ストライキの影響を受けなかった分野では物価の伸びは低下した。

グラフ1 物価(IPCA)の推移:2016年以降

グラフ1 物価(IPCA)の推移:2016年以降

(出所)IBGE


金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は8月1日、Selicを6.50%で据え置くことを全会一致で決定した。Selicは3回連続で史上最低値での据え置きとなったが、今回の決定は市場関係者の予想通りであった。7月は、10月の大統領選挙の世論調査で経済界寄りのAlckmin候補が支持率を伸ばしたことへの期待や、米国の高いGDP成長率や通商政策の転換といった対外的な要因により、金融市場では株やレアルが買われる展開となった。しかし、発表された物価(グラフ1)や鉱工業生産指数(グラフ2)などの経済指標により、5月下旬のトラック運転手による道路封鎖ストライキが経済の実態に悪影響を与えたことが確認された(5月の鉱工業生産指数は前月比が▲10.9%で、リーマンショック時の2008年12月の同▲11.2%に次ぐ落ち込みを記録)。そのため、大統領選をめぐる先行的な期待よりも現在の経済の実態が重視されたといえる。

グラフ2 鉱工業生産指数の推移:2008年以降

グラフ2 鉱工業生産指数の推移:2008年以降

(出所)IBGE

為替市場:7月のドル・レアル為替相場は月の初め、サッカーW杯でブラジルの試合があり取引量が少ない中、米国による中国製品への課税実施が迫るとともに、対米報復関税を発動したEUに対してTrump大統領が反発する発言を行ったため、貿易戦争が世界規模に拡大するとの懸念から、ドル高レアル安傾向が強まった。そして、6日には今年のドル最高値となるUS$1=R$3.9264(売値)を記録した。

ただし、このレベルになると中央銀行が為替介入を行ったこともあり、ドル高レアル安の進行に一定の歯止めがかかることとなった。月の半ばは、米国が中国への報復としてUS$2,000億相当の追加関税を課すと発表したことや、中銀版GDPである5月のIBC-Brが前月比▲3.34%と大幅なマイナスになるなど、トラック運転手の道路封鎖ストライキが経済の実態に与えた悪影響から、一時ドル高に振れる場面も見られた。

しかし月の後半、大統領選に関する世論調査において、1990年代にブラジル経済を立て直したCardoso元大統領のPSDB(ブラジル社会民主党)のAlckmin候補が支持率を伸ばしたことで、経済を重視する政権が誕生する可能性への期待からレアルが買われた。また、貿易戦争に発展する懸念のあった米国とEUの通商交渉に改善の兆しが見られたことで、それまで買われていたドルを売る動きが強まった。そして、ドルは月末に若干値を戻したものの、前月末比▲2.62%のUS$1=R$ 3.7543(買値)で7月の取引を終えた。

株式市場:7月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、ほぼ右肩上がりでの上昇となった。その要因として、5月下旬のトラック運転手の道路封鎖ストライキにより物流をはじめブラジル経済が一時停止した影響で、様々な指標により経済の実態の悪化が示されたものの、10月の大統領選に関して、収監中のLula元大統領の出馬を可能にすべくPT(労働者党)関係者が行った法的な試みが失敗に終わった一方、経済重視の候補が選出される期待が高まったことや、米国のTrump大統領が主導する世界的な貿易戦争への懸念が一部後退したことが挙げられる。また、5月半ばから6月半ばまで15,000p以上も株価が下落したため、値を下げた株を買う動きが強まったことも株価上昇の要因となった。

航空機メーカーEmbraerが米国の同業大手Boeingと合弁会社を設立することを発表したが、規模などが予想を下回ったため同社株が大きく売られたり、5月の正規雇用者数(新規雇用―失業)が今年に入り僅かながら初めてマイナス(▲661人)を記録したりするなど(グラフ3)、株安の要素もあった。しかし株価は月を通してほぼ続伸し、30日に月内最高値となる80,276pを記録した後、月末に若干値を下げたものの終値は前月末比+8.80%もの上昇となる79,220pで7月の取引を終了した。

グラフ3 正規雇用者数の推移:2016年以降

グラフ3 正規雇用者数の推移:2016年以降

(出所)労働雇用省 (注)「M」は「百万」、単位は「人」。