回復基調の中での政治危機

ブラジル経済動向レポート(2017年5月)

地域研究センター 近田 亮平

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第1四半期GDP:2017年第1四半期のGDPが6月1日に発表され、成長率の前期比が2014年第4四半期(0.1%)以来のプラスとなる1.0%、前年同期比が▲0.4%、直近4四半期比が▲2.3%で、実額(時価)はR$1兆5,944億であった(グラフ1)。ブラジル経済は四半期GDPの前期比がプラスになったためテクニカルには長期のリセッションを脱し、その他の数値を見ても回復基調にあるといえる。しかし、3月末に発覚したブラジルの食肉不正問題の影響が第1四半期にはあまり計上されていないことに加え、後述するように5月半ばTemer政権が政治危機に直面したことから、経済への悪影響が今後出てくると考えられる。Temer大統領失脚のシナリオも否定できない状況となり、政府が進めてきた年金や労働改革が遅れたり内容的に後退したりすれば、3年ぶりにプラスへ転じると予想されている2017年通年のGDP成長率も異なるものになる可能性があろう。

グラフ1 四半期GDPの推移

グラフ1 四半期GDPの推移

(出所)IBGE

第1四半期GDPの需給面を見ると(グラフ2と3)、大きくプラスに転じた部門があり、マイナスであっても多くの部門でその幅が縮小するなど、ブラジル経済が回復基調にあることがわかる。ただし、家計支出(前期比▲0.1%、前年同期比▲1.9%)、財政支出の削減が試みられている政府支出(同▲0.6%、同▲1.3%)に比べ、投資である総固定資本形成(同▲1.6%、同▲3.7%)の回復は鈍い状況となっている。貿易に関しては、ブラジルの主要な輸出品であるコモディティの国際価格が上昇傾向にあるため、輸出(同+4.8%、同+1.9%)が好調だった。輸入(同+1.8%、同+9.8%)もドル安レアル高の影響から、前期比と前年同期比ともプラスとなった。

一方の供給面では、長期リセッションの中で相対的に好調だった農牧業(同+13.4%、同+15.2%)が収穫量の増加により大幅な伸びを記録した。工業(同+0.9%、同▲1.1%)に関しては、建設業(同▲0.5%、同▲6.3%)は低調だったが、輸出が主な鉱業(同+1.7%、同+9.7%)が好調だったことに加え、製造業(同+0.9%、同▲1.0%)で前期比がプラスに転じ、回復の兆しが見られた。サービス業(同0.0%、同▲1.7%)も、商業(同▲0.6%、同▲2.5%)のマイナス幅が2016年第4四半期より小さくなるなど、雇用状況が改善しつつある影響を受けて前期比がマイナスではなくゼロ成長となった。

グラフ2  2017年第1四半期GDPの需給部門の概要

グラフ2  2017年第1四半期GDPの需給部門の概要

(出所)IBGE
グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比

グラフ3 四半期GDPの需給部門別の推移:前期比

(出所)IBGE

貿易収支:5月の貿易収支は、輸出額がUS$197.92億(前月比+11.9%、前年同月比+12.6%)、輸入額がUS$121.31億(同+13.2%、同+8.9%)であった。この結果、貿易収支はUS$76.61億(同+9.9%、同+19.0%)で、今年3月に記録した過去最大の黒字額(US$71.35億)を更新した。年初からの累計は、輸出額がUS$879.32億(前年同期比+19.6%)、輸入額がUS$589.00億(同+9.4%)で、貿易収支もUS$290.32億(同+47.4%)と過去最大の黒字額を記録した。コモディティ価格の上昇の影響もあり、ブラジルの貿易は引き続き回復基調にある。

輸出に関しては、一次産品がUS$97.03億(1日平均額の前年同月比+11.6%)、半製品がUS$27.78億(同+16.4%)、完成品がUS$68.73億(同▲1.2%)であった。主要輸出先は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$53.48億、同+10.6%)、2位が米国(US$24.35億、同+21.6%)、3位がアルゼンチン(US$15.36億、同+21.7%)、4位がオランダ(US$8.11億)、5位がメキシコ(US$4.86億、同+27.4%)であった。輸出品目に関して、増加率ではトウモロコシ(同+922.3%、US$0.53億)が突出しており、減少率では大豆油(同▲36.5%、US$0.82億)と半加工金(同▲31.2%、US$1.49億)が30%超で顕著だった。輸出額では(「その他」を除く)、大豆(US$40.63億、同+7.7%)、鉄鉱石(US$16.52億、同+17.5%)、原油(US$10.84億、同+94.2%)の一次産品3品目がUS$10億以上を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$11.80億(1日平均額の前年同月比▲20.7%)、中間財がUS$74.98億(同+1.5%)、耐久消費財がUS$4.57億(同+13.1%)、非・半耐久消費財がUS$16.44億(同+22.3%)、基礎燃料がUS$7.29億(同+36.6%)、精製燃料がUS$6.13億(同+23.3%)であった。主要輸入元は、1位が中国(香港とマカオを含む)(US$21.26億、同+7.3%)、2位が米国(US$20.50億、同▲2.3%)、3位がアルゼンチン(US$9.09億、同+20.5%)、4位がドイツ(US$7.72億)、5位が韓国(US$4.39億、同+15.7%)であった。

物価:発表された4月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.14%(前月比▲0.11%p、前年同月比▲0.47%p)で、4月としては1994年(▲0.07)以降で最も低い数値だった。年初累計は1.10%(前月同期比▲2.15%p)、そして、直近12カ月(年率)は4.08%(前月同期比▲0.49%p)で2007年7月(3.47%)以降最も低く、政府目標の中心値4.50%を下回った。

食料品は0.58%(前月比+0.24%p、前年同月比▲0.51%p)で、フェイジョン豆(preto:3月▲9.11%→4月▲8.29%)や大豆油(▲1.25%→4.17%)など値下がりした品目もあったが、トマト(14.47%→29.02%)やジャガイモ(同5.08%→20.81%)など20%以上値上がりした品目もあったため、全体では前月より伸びが大きかった。非食料品では、医薬品価格が上昇した保健・個人ケア分野(同0.69%→1.00%)の上昇が顕著だった。しかし、電気料金が引き下げられた住宅分野(同1.18%→▲1.09%)で大幅なマイナスとなったことをはじめ、家財分野(同0.18%→▲0.29%)と運輸交通分野(同▲0.86%→▲0.06%)でも前月に続いて価格が下落したため、全体としては落ち着いた数値になった。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は31日、Selicを11.25%から10.25%へ引き下げることを全会一致で決定した。市場関係者の予想通りとなった1.00%pの引き下げは2回連続で、一時14.25%で高止まり(2015年7月~2016年8月)していたSelicは2013年11月(10.00%)に次ぐレベルまで低下した。Selicの大幅な引き下げは、ブラジル経済が一部で回復基調にあるからである。しかし、5月半ばにTemer大統領が失脚しかねない事態となり、改革を進めるTemer政権の政治危機が経済にも悪影響を及ぼすとの懸念が広がった。そのためCopomは、今後Selicの引き下げペースを鈍化させる可能性があるとの声明を発表した。

為替市場:5月のドル・レアル為替相場は、発表された3月の鉱工業生産指数が前月比▲1.8%だったこともあり、一時レアル安に振れた。しかし、Lula元大統領に対して不正蓄財疑惑に関する裁判所での公判が行われたことで、他の約300もの被疑者に対しても今後法的な追及が実施され政治腐敗の是正が進むとの期待が高まったことや、雇用状況などブラジル経済に回復の兆しが見られたことから、レアルは16日に月内最高値となるUS$1=R$3.0918(買値)まで上昇した。

ただし月の半ば、ペトロブラス汚職事件に関して大手企業JBSトップが、汚職で失脚したCunha前下院議長にTemer大統領が口止め料を支払っていたと証言したため、同大統領の辞任や弾劾の要求が高まり全国で抗議デモも行わた。Temer大統領の口止め工作疑惑に関して最高裁が法的な捜査開始を決定するとともに、同大統領に対する複数の弾劾請求が議会に提出された。また、別の汚職疑惑のあった連立与党ブラジル社会民主党(PSDB)党首のAécio上院議員に対して、最高裁が職務を停止したため同議員がPSDB党首を辞任する事態となった。Temer政権をめぐる政治的混乱の高まりによりレアルは一日で8.1%も下落し、中央銀行が為替介入を行ったものの月内で最もドル高レアル安となるUS$1=R$3.3807(売値)を記録した。

その後、レアルを買い戻す動きが見られる一方、Temer政権をめぐる政治危機により、年金改革法案が受給年齢の設定のみにとどまる可能性が出るなど、政府の進める諸改革に悪影響が出るとの懸念が強まった。そのため月末は、ドルが前月末比1.42%の上昇となるUS$1=R$3.2437(売値)で取引を終えた。

株式市場:5月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、月の前半は概ね上昇し16日に今年2番目の高値となる68,685pを記録した。その要因としては、4月の貿易黒字が過去最高額を記録するなどコモディティ価格が上昇していること、4月の物価(IPCA)が同月として1994年以降で最も低く政策金利の更なる引き下げへの期待が高まったこと、Petrobrasの今年第1四半期の決算が昨年同期(R$▲12.5億)と異なり予想を上回るR$44.5億の黒字だったこと、中央銀行が発表している経済成長率(IBC-Br)で今年第1四半期が1.12%と2014年第4四半期以降初のプラスになったこと、正規雇用者数(新規雇用者数-失業者数)が3月のマイナスから4月はプラスに転じたことなどが挙げられる。

しかし月の半ば、Temer大統領の汚職隠蔽疑惑をはじめ、連立与党PSDBのAécio党首や前政権の労働者党(PT)に関するペトロブラス汚職事件のスキームなどが暴露された。口止め工作疑惑が発覚したTemer大統領への辞任や弾劾の要求が強まり、政府の進めている年金や労働改革の先行き不透明感が高まったため、Bovespaはリーマンショック時の2008年以来となるストップ安まで急落。18日に一日で8.8%も暴落し、今年2番目の安値となる61,597pを記録した。その後、大幅に値を下げた株を買い戻す動きがある一方、S&Pが政治的に混迷するブラジルを格下げ方向で見直しに着手し、Temer大統領をはじめ一連の汚職疑惑を経営者が暴露したJBSに関しては、インサイダー取引の疑いが高まり同社株が一日で31%も下落した。そのため月末も株価は値を下げ、前月末比▲4.12%の下落となる62,711pで取引を終了した。