月間ブラジル・レポート(2011年1月):Dilma新政権の船出

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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経済
貿易収支:

1月の貿易収支は、輸出額がUS$152.15億(前月比▲27.3%、前年同月比34.6%増)、輸入額がUS$147.91億(同▲4.9%、28.8%増)となり、輸出入とも前月比ではマイナスとなったが、1月の数値としては双方とも過去最高額を記録した。輸入額の伸びが輸出額のそれを上回ったため、貿易黒字額はUS$4.24億(同▲92.1%、336.9%増)と事前予想を下回った。しかし、世界金融危機の影響で1月の貿易収支は過去2年間赤字を計上していたが、今回は黒字へと転じている。

輸出に関しては、一次産品がUS$66.86億(1日平均額の前月比▲24.0%)、半製品がUS$23.32億(同▲4.6%)、完成品がUS$59.25億(同▲20.2%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$17.73億、同▲26.1%)、2位が米国(US$16.59億、同▲21.9%)、3位がアルゼンチン(US$13.91億、同▲26.3%)、4位がオランダ(US$8.91億)、5位が日本(US$6.15億)であった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では700%以上増加した大豆油(+719.7%、US$0.88億)、200%以上増加した鋳造鉄(+261.7%、US$1.83億)と小麦(+242.2%、US$1.14億)、減少率では50%以上減少した航空機(▲55.4%、US$1.21億)と自動車(▲53.5%、US$1.36億)の増減幅が顕著であった。また輸出額では、鉄鉱石(US$25.39億、同+151.3%)と原油(US$11.88億、同+11.6%)がUS$10億を超える取引額を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$34.38億(1日平均額の前月比0.0%)、原料・中間財がUS$70.69億(同+7.5%)、非耐久消費財がUS$10.76億(同+0.3%)、耐久消費財がUS$15.94億(同▲0.7%)、原油・燃料がUS$16.14億(同+6.9%)であった。主要輸入元は、1位が中国(US$23.45億、同+18.1%)、2位が米国(US$23.05億、同+14.6%)、3位がアルゼンチン(US$11.82億、同▲3.2%)、4位がドイツ(US$9.55億)、5位が日本(US$6.22億)であった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では農業関連のその他原料(+69.6%、US$6.16億)、食料品(+58.2%、US$3.73億)、衣料・繊維品(+54.2%、US$1.37億)が50%以上増加し、減少率では医薬品(同▲1.1%、US$3.02億)と飲料・タバコ(同▲1.1%、US$3.02億)が若干のマイナスを記録した。さらに輸入額では、化学薬品(US$17.87億、同+6.9%)、鉱物品(US$15.96億、同+29.0%)、工業機械(US$11.82億、同+45.1%)が今月もUS$10億を超える取引額を計上した。

最近ブラジルでは、経済力を高める中国との貿易が増加する一方、長引くレアル高や国内の高技能労働者の不足などから、製造業やハイテク部門をはじめとする産業の空洞化やオランダ病などが懸念材料として指摘されることがある。今回の特に輸出の状況には、その傾向の一端が表れているともいえ、船出したDilma新政権が今後、これらの問題にどのように対処していくのか注目される。

物価:

発表された2010年12月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、食料品価格が1.32%(前月比▲0.90%p、前年同月比+1.08%p)、非食料品価格が0.42%(同+0.01%p、+0.01%p)で、全体では0.63%(同▲0.20%p、+0.26%p)となった。食料品価格の上昇が前月に比べ低下したものの依然高い水準だったことが、全体の物価を押し上げるかたちとなった(グラフ1)。この結果、2010年通年は5.91%(前年比+1.60%p)となり、政府目標4.5%(±2%p)の上限以下と目標範囲内に収まったものの、2009年とは異なり中心値を上回り、2005年以降では最大の数値となった。世界的な主要農作物の不作や、ブラジルをはじめとする経済発展を遂げる新興国での食糧需要の高まりを受け、2009年と比べ食料品価格が10.39%(同+7.21%p)と大幅に上昇したことが大きく影響した。一方の非食料品は、4.61%(同▲0.04%p)とほぼ同じ水準の価格上昇にとどまった。

12月に関して、食料品では各種フェイジョン豆がデフレを記録したが、今まで値を下げていたニンジン(11月:▲1.01%→12月:14.93%)やトマト(同▲3.84%→8.86%)も値段が高騰したことに加え、多くの食料品の価格が値上がりした。また非食料品では、旅行や贈り物のシーズンであるクリスマスや年末年始との関係から、航空運賃(同▲1.26%→7.61%)などの運輸・交通関連や衣料分野(同1.25%→1.34%)での上昇が顕著だったが、総じて落ち着いた物価推移となった。

グラフ1 2010年の物価(IPCA)の推移

グラフ1 2010年の物価(IPCA)の推移
(出所)IBGE
金利:

Dilma政権および新たなTombini中銀総裁のもとでの初開催となったCopom(通貨政策委員会)は19日、政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を現行の10.75%から11.25%へ引き上げることを全会一致で決定した。Selicは過去3回10.75%が維持されてきたが、昨年の後半から物価が上昇気味であることなどから、大方の市場関係者の予測通り0.50%p引き上げられることとなった。政策金利の引き上げは企業家や労組などから批判の声が上がったが、インフレ目標の達成や金融政策における独立性を重視する中銀は、今後も漸次Selicの引き上げを行っていく意向を明らかにした。

グラフ2 政策金利(Selic)と物価(IPCA)の推移:2007年以降

グラフ2 政策金利(Selic)と物価(IPCA)の推移:2007年以降
(出所)Selic(右軸)は中央銀行、IPCA(左軸)はIBGE。
為替市場:

1月のドル・レアル為替相場は3日、2008年のリーマン・ショック前のレベルに迫るUS$1=R$1.65割れ寸前、US$1=R$1.6502(買値)というドル安レアル高水準で2011年の取引日が開始された。これに対し政府は、Mantega大蔵大臣による口先介入を皮切りに、銀行の米ドル売り持ちポジションに預金準備率を適用したり、ブラジル・ソブリン・ファンド(FSB)による先物市場でのドル買いを認可したりするなど、為替対策を矢継ぎ早に講じた。これらの措置の直接的な効果に加え、政府の更なる対策実施への期待感も高まったためドルは上昇し、8日にはUS$1=R$1.6912(売値)までドル高が進行した。しかし、欧州の信用不安が後退するとユーロ安に歯止めがかかりドルが対レアルでも下落に転じたことや、Selicが引き上げられたことにより高金利のレアルを買う動きが強まったため、中銀が先物市場でスワップ介入を実施。月の後半は主にUS$1=R$1.67台前半でもみ合う展開となり、月末も同レベルのUS$1=R$1.6726(買値)で1月の取引を終えた。

株式市場:

1月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は月の前半、米国で発表された雇用指標などの経済指標が好調だったこと、日本が欧州債を購入する意向だと発表したこと、不安視されていたポルトガルの国債入札が順調だったことなどを受け、世界的に株価が上昇するとともに続伸した。そして12日には71,633pに達し、ほぼ2ヵ月ぶりに71,000p台を回復した。しかし、中国が14日に物価対策として準備預金を引き上げたことに加え、過熱気味の景気対策として更なる金融引き締め策を行うのではないかとの懸念が高まったこと、また国内的にはSelic引き上げによるブラジル経済への悪影響が嫌気され、世界の主要株価とともにブラジルの株価も下落に転じた。さらにまた、世界的な物価高とそれに対する各国の金利引き締め策の実施懸念や、為替の長引くレアル高傾向に加え、エジプトで発生した反政府運動による政治的混乱を契機に、投資家のリスク・テイク意欲が後退したため、Bovespa指数は更に下落。月末は5カ月ぶりの低水準となる66,575pで今月の取引を終了し、前月末比では▲3.94%のマイナスとなった。

政治
Dilma新政権の船出:

1月1日に首都ブラジリアでDilma新大統領の就任式が行われ、ブラジル初の女性大統領が誕生した。Dilma大統領は自らを「全ブラジル国民の大統領(presidente de todos brasileiros)」であると表したが、このことは一つに、未知数である自らの政治手腕への不安感を払拭するとともに、今後の議会運営を円滑に行っていくため、野党との対話や複数の連立与党間の協力姿勢を強調したと捉えることができよう。また他にも、Dilma大統領の任期中にはサッカーのW杯の開催や、その成否を左右する大規模インフラ・プロジェクトの実施が控えており、これからの4年間が経済的にも政治的にもブラジルが世界の中でプレゼンスを高める重要な時期になることから、国民に対しそのための結束や支持を訴えたと考えられよう。またDilma大統領は、極貧層をはじめとする貧困の削減、インフレの抑制、政治や税制改革の実施、報道の自由の尊重、そしてこれらを推進して行く上での“大きな政府”の必要性などの点を強調した。さらに、Lula前大統領が推進した事業の完成を目指す(consolidar obras de Lula)として、Lula前政権との継続性を改めて表明するとともに、Lula前大統領を「ブラジルの歴史上、最も支持された大統領」と称賛した。

Dilma政権で初となる閣僚会議において、Mantega大蔵大臣は2014年までの同政権の4年間で、GDPは過去16年間で最も高い数値となる平均5.9%の成長を遂げるとの見通しを明らかにした。このような良好な経済状況は、発表された直近の失業率(6大都市圏)にも表れており、2010年の12月が5.3%、通年では6.7%と現在の算出方法になった2001年10月以降で最も低いレベルとなった。しかし、国内外で昨年末から物価が上昇しており、そのためもあり実質賃金の上昇が12月は前年同月比で▲0.7%とマイナスを記録したことや、Selic金利が引き上げられたことなど、いくつかの不安要素も見受けられる(グラフ3)。

グラフ3 失業率と実質平均所得の推移:2002年3月以降

グラフ3 失業率と実質平均所得の推移:2002年3月以降
(出所)IBGE

また、Lula政権下での公的支出の増大などにより、Petrobrásの大規模増資やPAC(成長加速プログラム:Lula政権からの経済政策)などの会計操作が行われたにも関わらず、2010年は2年連続で政府の財政目標(プライマリー・サープラスのGDP比3.1%)を達成できない結果(2.7%)となった(グラフ4)。したがってDilma大統領は“PACの母”と称されたが、PACの規模縮小を含む公的支出削減により、緊縮財政を推進しなければならないという課題に直面することとなった。このためDilma大統領は、効率的でより高い成果の得られる行政運営を目指し、管理運営審議会(conselho de gestão)を新たに設置すると発表している。また他方の政治においても、政府内および政府機関の要職ポジションをめぐり、連立を組む有力与党PMDB(ブラジル民主運動党)がDilma大統領の決定に反発し、早くも政権与党PT(労働者党)とPMDBの間で不協和音が表面化している。この対立の調整にPalocci(PT)官房長官が乗り出しているが、PMDBは政府の政策決定への更なる参画や、PTがLula前政権から予定していた最低賃金額(R$540)への反対を主張しており、状況によっては今後の連立政権内の関係に禍根を残す可能性もあるといえよう。

Dilma新政権の船出は、経済に関しては「ブラジルの歴史上、最も支持された」Lula前大統領のブレーンや後継者が担当していることもあり、大きな航路変更のない無難なスタートを切ったといえよう。しかし政治や後述する社会面においては、今後の航海を憂慮する未知数または不安な要素のあるものになったといえよう。

グラフ4 政府財政の推移:2008年以降

グラフ4 政府財政の推移:2008年以降
(出所)中央銀行
(注)左軸が公的部門のプライマリー・サープラスの実額で、右軸は対GDP比割合。
数値は連邦政府・中央銀行、地方政府(州・市)、公社(Petrobrásを除く)の合計。
なお支出必要額であるため、数値のマイナスは黒字(プライマリー・サープラスのGDP比の数値を年末のみ表示)、
プラスは赤字を意味する。
社会
大雨大災害:

1月12日からリオデジャネイロ(以下リオ)州の山間部を中心に大雨が降り、土砂崩れや浸水などが多数発生したため、同地域は死者と行方不明者の合計が1,000人を超える大災害に見舞われた。死者数は12日の一日だけで271名に上り、最終的な死者数は天災によるものとしてはブラジル史上最悪で、土砂崩れによるものとしては国連の統計において世界で8番目の規模とされる。同地域では交通網をはじめライフ・ラインが寸断され、食糧や水、医療品の不足などが深刻化するとともに、季節が真夏であることから伝染病の蔓延も心配されている。さらにまた、今回の大水害により多くの子供が家族を失ったため、被災地域にあるTeresópolisという都市だけで約3,000人もの子供が孤児になるとの見方もされている。リオ州の山間部は高級な避暑地や観光地としても有名で、富裕層の別荘なども多くあるため、今回の犠牲者には水害に対し脆弱な状況にある貧困層のみならず、中間層以上の人々が多く含まれていたとされる。

また、サンパウロ市を中心とした大都市圏でも1月上旬から大雨が降り続き、至る所で道路や家屋が浸水したことにより市民の生活は混乱し、いくつかの場所では長期にわたり水浸しの状況となった。ブラジルでは最近も2008年11月にサンタ・カタリーナ州などの南部において、2009年の年末から2010年の年初にかけリオやサンパウロにおいて大水害が起きており(過去のレポート社会欄参照)、大雨などによる甚大な被害が周期的に発生している。

船出した直後に大嵐に見舞われることとなったDilma大統領は、被災地救済のためR$7億8,000万もの緊急支援を決定するとともに、自然災害に関する警報システムを構築すると発表した。しかしこのような警報システムは、2005年の時点でLula政権により設置が約束されていたにも関わらず、現在に至るまで整備されてこなかったものである。また今回の大災害に際し被災者への寄付品などが多く寄せられたが、それらが被災地へ届かないという復旧作業に関する問題も指摘されている。政府自身が昨年11月に国連へ提出した文書で認めていたように、ブラジルは自然災害への対策が不十分であり、今回のリオ州での歴史的大災害が不幸にもこのことを証明するかたちなってしまった。