受賞一覧
アジア経済研究所名誉研究員 トンチャイ・ウィニッチャクン氏が2023年(第33回)福岡アジア文化賞大賞を受賞しました。
2023年5月19日
2016年12月から2019年11月まで上席主任調査研究員として在籍し、その後、名誉研究員としてアジア経済研究所の研究事業にご貢献いただいているタイの歴史学者トンチャイ・ウィニッチャクン氏が2023年(第33回)福岡アジア文化賞大賞を受賞しました。
「福岡アジア文化賞」は、アジアの固有かつ多様な文化の保存と創造に顕著な業績を挙げた個人又は団体を顕彰することにより、アジアの文化の価値を認識し、その文化を守り育てるとともに、アジアの人々が相互に学び合いながら、幅広く交流する基盤をつくることに貢献することを目的とする賞です。
トンチャイ・ウィニッチャクン氏の著作のご紹介
『地図がつくったタイ:国民国家誕生の歴史』(石井米雄訳、明石書店、2003年)に代表されるトンチャイ氏の一連の著作は、タイ近現代史研究、ナショナリズム研究に多大な影響を与えてきました。近年では、「沈黙」と「記憶」を主題に取り上げ、Moments of Silence: The Unforgetting of the October 6, 1976, Massacre in Bangkok(和訳:沈黙のとき)(University of Hawaiʻi Press、2020年)を執筆されました。
Moments of Silenceは、タイ・タマサート大学構内で多数の学生や市民が虐殺された、「1976年10月6日事件(血の水曜日事件)」をテーマにしています。情報の制約により闇に葬られた真実を、40年以上にわたり「沈黙」したのは、事件の生存者であるトンチャイ氏自身でした。トンチャイ氏は、「沈黙は、忘却ではない。忘れることができないが、覚えていることも難しい状態」だといいます。長い沈黙を強いられて、なお忘れ得ぬ記憶となったことは何か、またその要因は何かを考察し、タイ現代史の暗部を照射しています。
その他にも、トンチャイ氏は、英語やタイ語による数多くの著作を生み出してきました。トンチャイ氏の論文を主題別に蒐集し、原著が英語である場合にはタイ語に翻訳のうえ収録した「トンチャイ・ウィニッチャクン著作選集」が、タイのファーディアオガン出版社から計7冊出版されています。原著はすべてタイ語ですが、書名を日本語に訳して刊行順にご紹介します。各書名のリンク先(蔵書検索システム)で、原著の書名・出版事項をご確認いただけます。
- 『政治の上に王が立つ民主主義:現代タイ政治史について』(2013年)
- 『10月6日、忘れられない、覚えられない:1976年10月6日について』(2015年)
- 『ロイヤル・ナショナリズムの肖像:タイ史について』(2016年)
- 『タイ人・その他の人:タイらしさにおける他者について』(2017年)
- 『タイ史の慣わしを脱する:外からの歴史学と別の方法論について』(2019年)
- 『サヤームが転覆する時:現代サヤームの基本概念の枠組みについて』(2019年)
- 『国民と国王の国家:タイ国家について』(2020年)
いずれも歴史的文脈を重視しながら、現代のタイ政治社会の在りようを鋭く分析した書であり、学術的にも大きな価値を有しています。加えて、2020年以降のタイの学生を中心とした政治運動においては、特に『政治の上に王が立つ民主主義』と『10月6日、忘れられない、覚えられない』が大きな注目を集め、その読者層は若い世代に拡大しました。
トンチャイ氏の思考、語り、書きものは、複眼的視野の下に深く、同時に率直であり、読者は常に新たな思考を迫られることになります。
文責:小林磨理恵(学術情報センター図書館情報課)