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No.30
中国・過渡期の政治経済:第十五回党大会に見るロードマップ

エグゼクティブ・サマリー

  1. 今回の党大会は「トウ小平理論の旗幟」を党の指導理論として党規約に書き込み、「中国的特色のある社会主義」と「社会主義市場経済」の継続をうたった。トウ小平死後の江沢民体制にとって、経済発展の継続こそが政治安定のための最大の条件である。柔軟な「トウ小平理論」は、過去の党大会につきまとった権力闘争の回避には有効であった。しかし、アジアの経済危機やグローバリゼーションの進展という新たな事態に、主なき「トウ小平理論」がどこまで有効かは未知数である。当面の中国の改革開放政策の具体的な展開に注目する必要がある。
  2. 今党大会の人事には、現在中国が抱える問題に正面から取り組もうとする指導部の姿勢が反映されている。最大の課題である国有企業改革をにらんだ朱鎔基の序列3位への昇格や、深刻化する腐敗問題への真剣な対応を示唆する尉健行の政治局常務委員入りなどはその好例である。しかしそこには、総書記の任期5年を無事に乗り切りたいとする江沢民の安定志向が見え隠れしており、中央政治局常務委員をはじめとする中央指導部に、個々の難題を担わせた人事配置とも言える。今後の人事の関心は、中央では首相とその周辺人事、地方では広東省党委書記人事である。
  3. 中国政府は社会主義現代化建設の達成のために、周辺諸国及び2国間・多国間枠組みでの安定的関係を求める「全方位外交」を積極的に展開している。中国は 1997年には活発な外交活動を通じて、香港返還、中米関係改善、中ロ関係強化に成功した。さらには、国連において対中人権改善要求決議案を不採択に追い込み、最大の懸案である対台湾政策においても台湾の外交攻勢を封じ込めつつある。中国の当面の外交課題はアジア経済危機への対処、WTO復帰、そして地域安全保障枠組みへの参画である。
  4. カリスマなき時代を迎えた江沢民指導部の主要な課題の一つは軍の近代化である。現指導部は過渡期を乗り切るためにも、21世紀の超大国を目指すためにも、その国際的地位にふさわしい近代的な軍事力を持つことが必要と考えている。しかし、マンパワー中心に組織されてきた軍を、ハイテク化した機動力のある近代的な軍へと再編する作業は容易ではない。ハイテク技術や武器の供給面では恵まれているものの、現在の中国にはハイテク兵器の生産能力も運用能力もない。短期的に中国が周辺諸国にとって深刻な軍事的脅威になる可能性は低い。
  5. 今党大会は、1993年末に打ち出された国有企業の混合所有化路線を公式に再確認した。大企業の実質的な株式化、中小企業の自由化という企業改革路線を忠実に踏襲する一方、今党大会は国有企業の「戦略的改組」を一層強調している。企業そのものではなく資本を国家所有の単位と捉え直すことで、株式制の下での混合所有化を本格的に進めるイデオロギー的な基盤が形作られつつある。中国政府は社会的安定との関係で困難な舵取りを迫られるが、中小企業の自由化と大企業の株式化は着実に進展していくだろう。これに伴って中国経済は、市場化の度合いを高めつつ政府と企業が不即不離の関係を取り結ぶ、東アジア型市場経済の一類型に発展していくことになるだろう。
  6. 中国経済はこれまで周期的な投資サイクルによって引き起こされる激しい景気循環と、投資過熱時のインフレに悩まされてきた。だが、1996年以降は今までの景気の循環のパターンを打ち破り、インフレが沈静化したにも関わらず成長率はなお8-9%という高い水準を維持している。これは市場経済へ向けた改革がある程度の成果を挙げたことを意味する。もっとも、政府財政赤字の急拡大、国有企業に対する巨額の不良債権など不安定要素は多い。国有セクターの投資行動を転換して新たな不良債権の形成を防ぐと共に、金融改革を推進して銀行の自立化を促すことが必要である。また、税制基盤の強化、投資環境の改善も安定的成長を図る上で重要な意義がある。
  7. 今日、経済の動向はあたかも国家や地域にそれぞれ異なる統治権力が無く、ために何の制約も受けないかのようである。もし、社会治安の動向が、こうした経済動向と密接に連動するとするなら、当然のことながら社会治安の問題はもはやひとつの地域や国家の枠組みを越えて考慮しなければならない。第十五回党大会で、さらなる経済発展を求めることにした中国は、社会治安の問題については、経済の先行する香港や台湾の経験に学ばねばならず、しかもその経験は、経済発展には必然的に治安の悪化が伴うという厳しい現実にほかならない。