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No.28
97年アジア通貨危機—東アジア9カ国・地域における背景と影響を分析する
エグゼクティブ・サマリー
通貨危機のメカニズム
本報告書では、最初に通貨危機の発生のメカニズムと危機防止政策について基本的な考え方を紹介して、後に続く各国編を読まれる際の参考に供するとともに、関係国支援に関し若干の政策提言を示した。
通貨危機の原因を、国際的な資本移動、特に「投機」行為または経済のファンダメンタルズの悪化に求める主張は一面的である。前者に基づく、規制に偏った対応は投資家・企業の信頼を失わせ、危機状況をいっそう悪化させる。他方、巨額の経常収支赤字、割高な為替レートによる競争力の低下、底の浅い経済構造、脆弱な金融システムなど経済のファンダメンタルズの悪化は、個々に単独では原因と見なすことには出来ない。これらの要因は相互に密接に関連しており、為替・金融・財政等の経済政策相互の整合性を検討することが必要である。
為替レートの固定あるいはリンク制は、便益は大きいが、同時にその維持には金融・財政政策の制約というコストがかかる。不十分な需要管理政策の下では、短期資金を含む過大な外国資本の流入は通貨供給を膨張させ、過剰な購買力はバブル経済を招き、その破綻は金融システムを機能不全に陥らせる。同時に、インフレの進行は為替レートを割高にし、輸出競争力を低下させる。輸出の減速・経常収支赤字の悪化、対外債務の累積は、経済成長の維持に疑問を抱かせ、危険水準に達したと判断した投資家の現地通貨売りが通貨危機の引き金となりうる。
通貨危機の防止に決定的に有効な政策はない。原因(例えば、好況)と結果(インフレ)の間にはかなりの時間差があり、政治的にも、特に好況時に引き締め政策を実行することは多くの場合困難である。結局、効果的な需要管理を行うためには、金融機関の健全性・透明性の促進、資本の流入規制、変動レート制の採用と金融改革、等を実行し、整合的な政策運営を行う必要がある。
通貨危機に直面したアジア諸国に対して、日本は資金援助にとどまらず、適切な政策提言を行うべきであり、そのために経済分析と政策提言の能力を高める必要があろう。また、日本の金融改革を促進し、円の先物市場を発展させることによって「円の国際化」を促進することも有効な支援策になりうる。
タイ
震源のタイでは、資産バブルを伴った典型的な通貨危機が発生した。事実上米ドルにペッグした為替レートの維持と高金利政策のもとで外為規制の緩和と金融市場の開放が実施された結果、特に94年以降、経常収支赤字を大幅に上回る510億ドルもの巨額の民間資本が短期間に流入した。対外国民間債務残高は96年末に940億ドル、GDPの50%を超え、同時に外貨準備は96年6月末には398億ドルに達した。巨額の資金の約半分は製造業に向かったが、楽観的な現状・将来予測に基づき収益率の低い事業に多くが投じられ、過剰設備が生み出された。加えて、余剰資金は不動産や株式にも向かい資産・消費バブルをもたらした。
民間資金のほぼ半分は93年に開設されたバンコク国際金融市場(BIBF)経由で、直接投資は7%にすぎなかった。しかも、残高のほぼ半分は1年未満の短期資金と推定される。96年初以降、中銀は融資抑制措置を取ったが、民間資本の流入と融資の拡大は止まらなかった。輸出の急速な減速、不動産バブルの破綻、ノンバンクの経営危機などからタイ経済への不安が強まり、97年上半期には民間資本は純流出に転じた。中銀の巨額のドル売り介入も効果なく、7月2日バーツは変動相場制に移行、大幅切下げに追い込まれた。
巨額の資本流出による深刻な流動性不足、約40%ものバーツの大幅切下げおよびバーツ防衛のための金利引上げは経済に大きな打撃を与えている。外貨資金の借り手の多くは為替ヘッジを掛けていないといわれ、債務返済負担は重く、主要産業の主要企業のほとんどが為替差損のため9月期決算で大幅な損失を計上した。輸出のうち減少傾向にあった繊維を含む労働集約製品は切下げによって回復が期待されるが、輸入依存度が高く、国際競争の激しい電子産業にはそれほど効果は見込めない。他方、産業高度化政策ののもと、民間対外債務の3分の1を取り込んで事業拡大を進めていた鉄鋼・石油化学と建設業は切下げで最大の打撃を被った。消費需要も耐久財を中心に大きく低下すると見込まれる。
8月中旬にIMF・世銀を中心とする金融支援が決定され、そのコンディショナリティに従って政府は「包括的金融再建策」などからなる経済再建策を発表、「産業構造調整5カ年計画」の策定を予定している。再建策の実行には、日本を初めとする関係国の支援、外銀による債務繰延が不可欠であるが、鍵となる金融再建・改革がどこまで実現できるか、国内政治状況とからんで懸念される。
マレーシア
マレーシア通貨当局は、5月中旬タイ・バーツ投機売りのリンギへの波及後2カ月間、ドル売り介入と金利引上げで防衛に努めたが、7月中旬、市場介入を放棄、市場実勢容認に転じた。これは同国の経済ファンダメンタルズは健全で早晩相場は回復するとの判断に基づくものであった。しかし、タイと類似の問題があり、これがリンギ売りを促したが、当初は10%程度の切下げに留まった。高度成長・総投資上昇の背後で、経常収支赤字の拡大と短期資本への依存増大、不動産・株式・威信発揚型メガプロジェクト等への投資の行き過ぎが進行していた。
政府の調整政策もあって、96年には民間投資の減速、輸出と並行した輸入の減速で経常収支赤字や物価上昇は改善した。しかし、95年以降ポートフォリオを中心に短期外国投資が回復、株価は大幅に上昇していた。商銀の建設・株購入・不動産貸付シェアは96年に43%に達し、商用スペースの供給過剰見込みで賃貸料は低下を始めた。その上、この状況下でも、政府は一連のメガプロジェクトの実施を決定、これらは民活型事業であるためその経常収支への影響が懸念された。
7月下旬以降、マハティール首相の一連の投機家非難、先物スワップおよび株式取引規制などの市場規制は、市場の経済・金融管理に対する先行き不安を一挙に高め、外国短期資本流出を加速、リンギと株価は大きく下落、本格的な通貨危機の局面に入った。
政府は、9月以降、株式取引規制措置の撤回、未着工メガプロジェクトの延期、政府支出削減、経常収支赤字縮小、投資環境改善策などの調整策を打ち出した。だが、これは高成長政策を維持し、本格的な需要調整を回避したものであり、市場の不安は解消されず、リンギ相場の不安定な動きは止まっていない。この間の、マハティール首相の香港・サンチャゴでの投機家非難を含む発言は、切下げによる近隣諸国通貨との価格競争力格差を、あえてリンギ売りを刺激して埋めようとする動きであったとも読める。
10月政府は、今年のGDP成長を8%、来年は7%、98年には再上昇すると予測した。だが、輸出産業への影響は軽微としても、自動車・石油化学・電力を始めとする国内市場向け業種では、輸入依存度が高く、コスト上昇で赤字が見込まれ、GDP成長は政府予測を1~2%下回る見込みである。
インドネシア
ルピアは、7月中旬以降4度の売り攻勢を受けた。8月中旬に中銀は買い支えを断念、変動相場制に移行、ルピア相場は10月下旬に7月初比で約32%切り下がった。政府は、当初ドル売りに加え、金利引き上げ、売りオペ・国庫支出遅延、非居住者の先物取引制限等で対抗した。9月には政府等のプロジェクト延期・見直し、歳出削減、関税引き下げ等の輸出支援措置、奢侈品販売税引き上げ等輸入抑制を実施。しかし、ルピア売り圧力に抗しきれず、10月8日政府は IMF・世銀・ADBに金融支援を要請、ようやくルピア相場の動きは安定した。
ルピア売り圧力がバーツに次いで強かった主要因は、近年の輸出伸び率の低下傾向に伴う経常収支赤字の拡大によって、累積する巨額の対外債務返済に懸念が高まっていたことにある。しかし、当初政府は高度成長政策の継続を堅持した。対外債務は推定1200億ドル、うち約半分が80年代末の銀行部門の規制緩和により急増した民間債務で、債務返済比率はアセアン4中最高の33%に達した。民間短期債務はほとんどヘッジされおらず、うち推定100億ドルの返済期限が今年末前後に来るため、企業によるドル買いがルピア相場の低下を加速した。
ルピアは83年の切り下げ以降、米ドルとの物価差を常時調整する管理フロート制にあるが、特に95年後半以降の切り下げ不足で、対米ドルでも割高傾向にあった。また、近年かなりの最低賃金の上昇は、低い経営能率とあいまって、繊維産業などの輸出競争力を弱めた。
不動産・インフラへの行き過ぎた投資、相当額の外国資金の投下は、贅沢品消費ブームと並んで、バブル状態を引起こし、ルピア売り圧力を高めた。今回の通貨危機でこれが破綻し、金融不安が懸念されている。華人企業家、プリブミ新富裕層の資本逃避行動も不安定化要因として無関係ではないとみられる。
IMFと合意した「経済健全化3カ年計画」に基づき、政府は、金融機関の健全化、緊縮財政、輸入規制緩和、外資導入・輸出促進のための規制緩和などの改革を実施する、と発表。まず、経営が不健全な16銀行を閉鎖した。通貨危機の打撃は大きく、IMF専務理事は、97、98年の実質成長率は2~3%低下、 7%台回復は99年か2000年と厳しい見通しを示している。
最後に「まとめ」として、インドネシアに対する政策提言を付す。
フィリピン
ペソの下落は、切り下げ容認と取られた財務長官発言をきっかけに始まった。7月11日に変動制限幅を超え1ドル26.40ペソから29.45ペソに急落、翌週初め以降、中銀は積極的なドル売り介入を放棄、ペソ相場は市場実勢に委ねられた。同時に、金利が引き上げられ、プライムレートは30%前後に上昇した。
政府は直ちに、IMF等に金融支援を要請、IMFは総額約7億ドルの信用供与を承認、日本輸銀の4.5億ドルも利用可能となった。これを受け、ペソは7月末に28ペソ台を回復したが、近隣通貨の下落に引きずられ、10月以降35ペソ前後に落ち込んだ。ペソは近隣通貨と同様に95年央頃から実質割高に推移してきた。しかし、その他の経済ファンダメンタルズは総合的にみて良好であり、金融不安が発生するする懸念は小さい。
金融自由化による外資の急激な流入、割高なペソ相場、不動産ブーム、消費拡大等、タイと類似の経済状況がペソ売りを誘ったとみられる。しかし、銀行の不動産貸付シェアは96年5月に21%に上昇したが、不動産及び民間消費は過熱状態には至っていない。また、外国投資家によるポートフォリオ投資も同様である。
輸入および資金コストのため成長率の低下は避けられないが、通貨不安による傷はアセアン4カ国中では最も軽症であろう。IMFによる経済計画は、今年の GNP成長率を6.3%(96年は6.9%)、インフレ率6.5%(同8.4%)、経常勘定赤字をGNP比4.5%(4.3%)と小幅の調整を見込んでいる。
シンガポール
シンガポール・ドルはバスケット方式をとるが、事実上米ドルにリンクしてきた。近年米ドルに対し切り上がり、95年以降1.4Sドル前後で安定してきた。シンガポールのファンダメンタルズは良好で、当初通貨危機の影響は軽微であった。しかし、8月中旬1.5Sドル台に突入、通貨当局高官は切り下げ格差是正を容認する発言を行った。さらに、10月上旬の蔵相の類似発言、銀行の不良債権額の公表をきっかけに、1.58Sドル台へと続落したが、当局のSドル大量買い介入で相場は落ち着いている。
Sドルの対米ドル下落幅は他のアセアン通貨ほどではなく、結果として後者に対しては割高となった。対米貿易では競争力は維持される見込み。問題は、もし周辺国経済が低迷すればシンガポールのハブ機能を中核とする発展に影がさすおそれがあることである。特にSドルの対リンギ高は、マレーシア企業と密接な関係を持つ中小の流通・生産企業に打撃を与え始めている。
Sドルの強さは、慢性的な貿易赤字を巨額のサービス貿易黒字、経常収支黒字を計上し、8月現在1176億Sドルの外貨準備を蓄積、貯蓄率も極めて高いことに加え、アジアの国際金融市場としての地位を確保する一方で、国内では「Sドルの非国際化政策」に基づき厳格な通貨・金融管理政策を採っていることにある。ただし、政府は世界的な自由化の潮流に従って、今回の通貨危機を機会に金融自由化を検討する委員会を設置した。その実行はまだ先との見方が大勢である。
香港
香港の金融政策の最重要課題は、83年に変動相場制に替えて採用された米ドルとのペッグ制度を維持することにある。同制度は、香港ドルの発券が100%米ドルの裏付けを条件としており、他のアセアン諸国の実質固定制とは基本的に異なる。
国際金融市場である香港からは、シンガポールからと並んで、金利差を求めてタイに大量の短期資金が流入し、相当額が不動産、株式に投じられたと見られている。また、香港の銀行のアセアン諸国の銀行向け貸付ではタイ向けが圧倒的に多いが、通貨危機発生後にこれら資金が還流したかはまだ不明である。しかし、日本に対する香港の金融機関の債務額は2.3億香港ドル、全債務の59%を占め、このうち相当額がアセアン諸国に流れたと見られている。
香港ドルは、ペッグ制維持で実質割高になっている点を狙われ、7月以降3回にわたり投機筋のアタックを受けたが、通貨当局は防衛に成功している。10月下旬には台湾ドルの下落を引き金に猛烈な香港ドル売り攻勢が仕掛けられ、当局は金利を引き上げ防衛を計ったが、株価は史上最大の下げ幅を記録した。株安は東京、ニューヨーク市場にも波及し、世界同時株安の状況となった。金融・行政当局は、現行制度の堅持を繰り返し強調している。政治要因の介入を排したこの通貨制度の維持は香港経済の要であるからである。
香港経済はアセアン4カ国に比べはるかに健全であるが、95年以降、財・サービス収支が赤字に転じ、投資が貯蓄率を上回る投資超過の状態になっている。他のアジア諸国の通貨の大幅切り下げで東南アジア向け輸出および観光収入の減少が見込まれ、また、ビジネス・センターとしての競争力の低下も懸念されている。不動産・株式の下落で消費の冷え込みも懸念材料である。中国にとっては、香港市場での株式上場による資金調達計画に影響が出ることは大きな打撃となろう。
中国
中国元は狭い変動幅を認める管理変動制を採っているが、経済ファンダメンタルズは良好で、資本取引には厳しい規制が残されており、アセアン諸国の通貨切り下げが波及することはないとみられる。しかし、香港株の下落を受けて、国内の外国人向け株式は低迷している。株式化を国有企業改革の突破口として期待している中国政府は、香港ドル防衛のため外貨準備を取り崩して、買い支えに出ていると報じられている。場合によっては国有企業改革を含む経済プログラムの修正が必要になる可能性もある。
アセアン諸国の大幅な通貨切り下げで今後、労働集約製品や機械・輸送機器の分野で、これら諸国との輸出競争が激化することや、2000年の「資本完全開放」スケジュールの遅延が予想される。
今回のアセアン通貨危機の間接的原因として94年初の人民元33%の切り下げが指摘されることがある。しかし、一部品目を除き、日米市場で中国製品がアセアンの輸出を阻害したとの統計的証拠は見当たらない。むしろメキシコの輸出拡大が原因と見るべきであろう。
台湾
アセアン通貨危機は7月下旬に台湾に波及、台湾元、株価の下落を招いた。さらに、10月上旬に、輸出競争力維持のため通貨当局は、台湾元の切り下げを容認するとの観測が広まり、同29日には30.7元/米ドルと10年ぶりの水準に低下した。
しかし、台湾経済に問題はなく、通貨不安が本格的に波及する可能性は低い。直接投資は88年以降純流出で、貿易、経常収支とも大幅な黒字を計上し、外貨準備は10月現在860億ドルに達しいている。また、対外国銀行の債務残高は224億ドルで、輸出額の19%にすぎない。こうした良好なファンダメンタルズの背景には台湾が80年代末以降、産業構造の高度化に成功したことが指摘できる。
経常収支が黒字基調で域内資金が潤沢な台湾では金融の自由化・開放の誘因は弱く、近年ようやく本格化したきた。この10月に株価の急落を受けて外国人の株式投資枠を5%拡大、年末には株式先物、オプション市場を開設する予定である。今後は健全な金融市場の育成・改革と自由化が課題となっている。
韓国
ウォン相場は9月初旬に1米ドル905.60ウォンと90年3月以来の最安値に下落、以後安値を更新、株価も10月中旬に5年ぶりの最安値を付け、外貨準備は8月末311億ドルと2月からほぼ半減した。これは、国内の金融不安によるもので、アセアン通貨危機波及は二次的要因であった。
韓国では97年初以降財閥企業の倒産が相次いでいる。原因は、過剰な設備投資に当てた借入金の返済が市況悪化等のため不能となったためでである。起亜自動車の事実上の倒産では、外国資金の逃避が起き、ウォンと株価が下落し、金融危機の様相になった。
業績悪化の原因としては、95年第4四半期以降の円安およびDRAM単品に偏重する韓国企業への影響の大きかった半導体価格下落による輸出の鈍化、大統領選挙年における投資の減退が挙げられる。
年初から韓国金融機関の国際的信用格付の低下、金利プレミアム上乗せが始まった。3月に政府・金融当局は、危機に陥った金融機関を緊急融資、財政資金投入で支援する方針を発表。8月下旬に政府は既存、新規を問わず韓国金融機関のすべての対外借入を保証するとの声明をだしたほど事態は深刻になっている。6月現在、全都銀の不良債権は96年末の2倍強に急増したと推定されている。
国内金融不安、韓国企業・金融機関の信用格付け低下のため、アセアン地域への投資は当面停滞する。むしろ、資本・金融市場の開放・改革と産業構造、特に輸出構造の調整が目前の課題になっている。
今後の展望と課題
通貨危機の影響でアセアン各国の97、98年の成長鈍化は避けられない。しかし、震源のタイで両年とも大幅な落ち込みが見込まれる以外、現状では他の3カ国の減速は軽度に止まると見込まれる。IMF・世銀とも、通貨不安は東南アジアの長期展望を大きく損なうことはないとみている。
金融システムの改善・安定化および輸出の回復・輸出の抑制を目指す調整過程を経て成長軌道に復帰できるであろう。ただし、域外諸国の台頭に対抗して長期の成長を確保するためには、金融・為替制度の改革に止まらず、技術・人材育成の促進による生産性上昇主導型の成長パターへの転換、産業構造、特に輸出産業の高度化をはかる必要がある。
通貨危機は現地日系企業にも大きな影響を及ぼした。輸入原材料のコスト上昇、現地の製品需要の低迷、アセアン諸国相互間の競争激化が見込まれる。現に、タイでは自動車メーカーの年内操業停止が相次いでいる。また、外貨借入にヘッジを掛けていない企業が多く、多額の為替差損が発生、金利上昇と合わせ経営環境は悪化している。
しかし、中長期の経営戦略について現地日系企業に聴取した結果によれば、多くは新規投資・拡張計画を見送るが、対アセアン戦略に変更はないとする企業がほとんどである。その条件として、アセアンが自由化計画を維持・促進することは不可欠である。
今次通貨危機に当たって日本はIMFを中心とする資金援助で主導的な役割を果たしているが、これに止まらず貿易面で東アジアの輸出をより多く吸収するアブソーバー機能を強化する必要がある。現状では、東アジアの輸入依存度では対日が対米を大幅に上回り、他方輸出依存度では逆の状態にあり、東アジア各国は対日貿易では経常的に赤字を計上している。日本はアジア経済の成長を持続させるためにも、日本の産業の高度化を推進する一方で、アセアンの輸出高度化を支援し、これら諸国からの製品輸入を高める必要がある。