中国の9大都市圏構想:こう変わる地域経済

トピックリポート

No.22*

丸屋 豊二郎 編
1997年3月発行
CONTENTS

まえがき / 丸屋 豊二郎

「9大都市圏」構想は、米日比較研究と中国特有の状況をかんがみることから出発し、2010年までの工業化の過程で、全国にまたがる地域間分業体制を都市圏内での分業体制に変革することを目標にしたものである。つまり、日本型「都市圏モデル」を導入し中国地域経済の再編を図り、計画経済のもとで計画された現有の地域経済の枠組みを、市場経済の要求するところに沿って変革することである。またそれによって地域経済に関する一連の問題解決、具体的には、農業再興と調和した耕地転用問題の解決、交通輸送問題の軽減、集密地からの人口移動による地域間格差の緩和などを図ろうとするものである。すなわち、「9大都市圏」構想は明確な戦略思想に基づいた戦略構想である。

中国の地域政策と工業配置の特徴

  1. 1949年の新中国建国後、政府はまず国家建設の重点を三北(東北、華北及び西北)に置いた。その後、国家は経済協力区及び省市区ごとに独自の工業体系を建設するよう要求し、国際情勢が極めて厳しくなった60年代後半からは建設の重点がいっそう内陸部へと傾斜した。そして1978年になって政府は改革・開放政策に転じ、中国経済の発展を東部から次第に西部に波及させる沿海発展戦略へと転換した。
  2. 改革・開放以来17年間、中国の経済発展は目覚ましく、現在では中国の工業生産分布は東から西に向かうにつれて減少する構成になっている。なかでも鉄道沿線と沿海及び揚子江沿岸に工業密集地帯が集中しているのが特徴である。産業立地的には、農産品を原料とする軽工業は農産品の産地と生産分布が符合するが、非農業産品を原材料とする軽工業は人口稠密地域に向かう傾向がある。重工業のうち製造加工業はすでに鉱産物依存から脱却し消費市場指向の特性を持つが、冶金や建材など原材料工業は資源指向型、石油化学・加工及び一部の化学工業製品は製造加工業より資源指向が強いがどちらかといえば市場指向である。
  3. また中国の工業分布をみると、1級行政単位である省市区が中国経済の基本的な単位になってはいるものの、大部分の省市区は独立した経済圏には至ってない。中国は計画経済を進める際に各省市区が独立し比較的完結した工業体系を造り上げることを目指してきたが、70年代までの内陸重視の産業配置が影響し、依然として「南軽北重、東軽西重」の工業配置が残存している。すなわち、東西に流れる長江を境界線にして全国をみた場合、以北は重工業比率が極めて高く、それ以南の沿海部は軽工業を中心に発達し、さらに同内陸部に重工業・重加工業が多いという構図である。
  4. 各省市区が未だ独立した経済圏を形成していないことは交通運輸の面からも明らかである。中国の各省市区は山河が自然の障壁となって地理的にも閉鎖状態にあることから省市区間を結ぶ交通はもともと非常に不便であったが、これまで省際経済交流の輸送手段として鉄道が一般に利用されてきた。中国の国内貨物運転量のうち鉄道輸送は56%を占め、このうち省市区をまたぐ輸送量は62%に達する。また、中国の平均鉄道輸送距離は95年には800キロメートルを超え、省市区をまたぐ大地域間の貨物輸送の比重が高いことを示している。このような傾向は年を追うごとに顕著になり、80年代からの加工産業の東部への集中と、資源産業の順次西部への移動が影響している。

中国の地域経済発展戦略の基本構想

  1. 中国の地域経済発展戦略を策定する上で、米日両国の地域経済発展モデルの比較研究は重要な示唆を与えてくれた。アメリカと日本は自然環境が大きく異なるため地域経済構造も極端である。アメリカの1人当たりの耕地面積と平地面積は日本のそれのそれぞれ12倍、35倍、1人当たり都市面積と道路面積もそれぞれ 9倍、5.5倍である。もし日本が1人当たり都市面積と道路面積においてアメリカと同じ広さを占有した場合、日本の農地面積すべてを奪っても不足する。したがって、アメリカは工業化あるいは都市化の過程で全国規模の分業体制を確立したのに対し、日本は大都市中心の都市圏型地域経済構造が定着した。また、アメリカの貨物輸送は長距離輸送の必要から鉄道が主要な輸送手段であるが、都市圏内部の閉鎖性が強い日本では鉄道輸送の重要性は低く、近距離輸送を担う自動車輸送が主流である。
  2. 中国の地域経済構造はアメリカに似て全国規模の分業体制を維持している。しかし、1人当たりの自然条件でみると、中国はアメリカとは根本的に異なり、むしろ日本と類似している。1人当たりの平地面積では、中国は949平方キロであるのに対し、アメリカは2万5700平方キロ、日本792平方キロである。また、中国の1人当たり都市面積は89平方キロで、アメリカの11分の1、また70年代中期の日本の80%以下である。したがって、中国の地域経済発展戦略は日本型の「都市圏モデル」にしたがい策定される必要がある。
  3. 中国が日本型「都市圏モデル」を採用し、かつ中国の特殊事情を考慮して1人当たり道路面積を日本の2倍と仮定すると、2010年に都市化率が60%に達したときの都市占有率は国土面積の4%、また2020年に中国の人口が15億人、かつ都市化率も先進国家並みの75%に達したときには、同4.5%となる。つまり中国が先進国家の工業化、都市化水準に到達したとき、現在の平地にある耕地面積の15%はそのために割かれることになる。これは、中国が日本型「都市圏モデル」にしたがい現在の地域経済構造を調整するという前提に立って、2020年に工業化、都市化において中国が先進国家水準に到達したときの耕地面積に及ぼす影響の限界を示している。
  4. また、中国の平原は主に沿海部に集中するため、各地区間の1人当たり平地面積の格差が大きい。西南地域は土地が広く人が少ないが、山地と丘陵が主となっていることから人口密度は高い。もし西南地域が日本型「都市圏モデル」にしたがって工業化あるいは都市化を進めた場合、2010年には都市占有面積は現在の平地面積に匹敵し、耕地は完全に消失する。したがって、西南地域の工業化と都市化による問題を解決するには、同地域に資本を投入して産業発展を支援するのではなく、中国東部の1人当たり平地面積が大きい省に西南地域から住民を移動させる以外に方法はない。中国の地域経済発展戦略を考える場合、密集地からの人口移動は構造的な検討を必要とする問題である。

戦略明確な「9大都市圏」構想

  1. 1994年半ば頃から中国の経済成長構造に異変がみられる。それまで著しい経済発展をみせてきた沿海地域の成長スピードが鈍化し、相対的に立ち遅れてきた内陸部と一部の沿海省区の経済成長が加速する現象がみられる。こうした傾向は「南軽北重、東軽西重」型工業配置が一部是正され、各省区がバランスの取れた構造へと動き始めたことを示している。そこでこうした傾向に配慮し、GDP1千億米ドル前後、かつその中心都市は製造業が比較的発達し、主要都市間の距離が300キロ以内という日本型「都市圏モデル」にしたがい、2010年に至る「9大都市圏」構想を策定した。「9大」とは、1)北京・天津・河北、2)審陽・大連、3)済南・青島、4)湖南・湖北・江西、5)成都・重慶、6)珠江デルタ、7)長江中下流、8)大上海、9)吉林・黒竜江、である。
  2. 1990年から2010年まで年平均10%のGDP成長率を前提とし、各都市圏の成長率を均一にした場合(ケース1)と現実に照らして格差を設けた場合(ケース2)の各都市圏ごとの経済規模を、2010年まで人口移動を考慮しない場合と西南地域から華東、華北、東北など6都市圏へ1億人移動する場合に分け、それぞれ推計した。人口移動を全く考慮しない場合、ケース1では1人当たりGDPは最高水準の大上海と最低水準の成都・重慶では格差が2.1倍、ケース2では同格差は3.9倍になる。また、1億人の人口移動を考慮した際には、ケース1の場合、1人当たりGDPの最高水準は珠江デルタで最低水準の長江中下流との格差が2.1倍、ケース2の場合、最低水準は済南・青島に変わり珠江デルタとの格差は3.0倍、にそれぞれ縮小する。
  3. 都市圏計画の基本思想に従えば、「9大都市圏」は2010年には基本的にそれぞれ同じような製造業構造を備えることになる。中国の製造業は日本の工業化時期と比べ全国的には必要とされる構造調整幅がさほど大きくない。しかし、各都市圏の製造業構造の調整幅は日本の3大都市圏の工業化期のそれと比べかなり大きくなる。これは中国が依然として全国にまたがる大分業体制にあることを表しており、2010年まで中国の製造業は南部では軽工業から重工業へ、北部では重工業から軽工業へと産業構造の大調整、大再編を経験しなければならない。
  4. エチレン、鋼材、自動車など主要製品の各都市圏での配置は採算規模を考慮し、かつ各都市圏が対内閉鎖性を持つことを前提にすれば、次のようになろう。エチレンは50万トン・クラスの工場が30カ所必要になり、各都市圏内に2、3カ所、都市圏外に5~7カ所配置される。中国の鋼材需要は2010年に2億 9100万トンに達すると予測され、採算規模を2000万トンとした場合、9大都市10~12カ所の大型製鉄所、圏外に3カ所の製鉄所を配置する必要があろう。また、自動車需要は2010年に2000万台以上見込まれる。採算規模を50万台とすると、各都市圏に2、3カ所、都市圏外に5カ所程度の工場が配置されてもよい。こうした「対内閉鎖、対外開放」的性格をもつ都市圏の形成に伴い、中国の貨物輸送密度も鉄道を中心に軽減する。
  5. 都市圏構想を実現し、中国の経済構造再編を図るためには次の課題にも取り組まなければならない。まず、都市圏区分に基づき経済計画立案とインフラ整備の権限を9大経済圏に与え、国家計画と市場という2つの要素を有機的に結びつける必要がある。これによって、これまで顕著であった省市区間あるいは中心都市と周辺地域との経済連携の人為的な分断による重複建設問題も解決できる。また、「9大都市圏」構想の中では触れなかったが、都市圏建設の初期段階から環境保護問題をいかに解決するかについても考慮される必要があろう。
第1章

歪んだ中国の地域政策と工業配置 / 命 建国

第1節 中国地域経済の歴史と沿革
第2節 中国の工業分布の特徴
第3節 主要工業の地域分布状況
第2章

「全国大分業モデル」か「都市圏モデル」か? / 王 健

第1節 アメリカ地域経済の特徴
第2節 日本の地域経済の特徴
第3節 日米地域経済の最要因と地域経済路論の模索
第3章

中国に適した日本型「都市圏モデル」 / 王 健

第1節 国情と戦略
第2節 中国の地域構造の現状と将来の方向性
第3節 中国の「都市圏」発展戦略の初期構想
第4章

「9大都市圏」を目標とする地域発展構想 / 梁 華

第1節 2010年の9大都市圏の経済規模
第2節 都市圏の成長軸—中心都市の人口とGDP
第3節 「9大都市圏」の製造業構造と生産分布
第5章

中国の地域発展戦略を考える上での重要ポイント / 王 健

第1節 戦略明確な「9大都市圏」構想
第2節 広域行政の確立による調整機能強化
第3節 農業再編と調和した耕地転用
第4節 計画的な都市配置と経済機能の向上
第5節 必要な地域間経済格差の正確な把握
第6節 「都市圏」による交通輸送問題の解決
第7節 環境保護対策を考慮した「都市圏」づくり

参考文献

資料編
コラム1 中国の鉄道輸送
コラム2 アメリカの鉄道輸送
コラム3 日本の3大都市圏と全国総合国土開発計画
コラム4 中国の耕地面積と都市化に伴う土地需要
コラム5 中国の中期的な食糧供給問題
コラム6 「九五」計画における中国各省の産業選択