苦難の行進:金正日時代の政治経済展望
トピックリポート
No.20**
林 一信, 小牧 輝夫 編
1997年1月発行
CONTENTS
まえがき / 林 一信, 小牧 輝夫
エグゼクティブ・サマリー
- 冷戦終結とそれに続く中国・ロシアの韓国との国交樹立という国際情勢の激変と、金日成主席の死去による権力継承の過渡期に当たり、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、外交の主軸を米国との国交正常化に求めようとしている。しかしその目論見も「潜水艦事件」という思わぬハプニングのため、頓挫している。しかし米国も「米朝核合意」の枠組みの維持を最優先課題とし、むしろ韓国に自制を求め、米・中・韓・朝の4者会談開催を北朝鮮に迫る姿勢を示す。
- 米朝対話が継続する限り、北朝鮮は対日・対韓関係にはさほどの関心を示さない。しかし破綻に瀕した経済の建て直しに頼りになるのは日・韓両国しかない。中国との関係もすでに過去の血盟関係ではない。ただし中国は、対米牽制と社会主義体制維持に必要な限りでは北朝鮮を支持する。「潜水艦事件」の安保理議長声明の起草に当たっても、細かい配慮を示している。ロシアも4者会談への参加希望を通じて失地回復を狙う。
- 内政面では、金日成主席が死亡した1994年7月以来、長男の金正日党書記が唯一の後継者として権力を継承している。金正日書記は、労働党を中心に20年以上に及ぶ後継者としての指導経験をもち、軍においても90年代に入ってから要職に就き、国防委員会委員長、人民軍最高司令官として軍の統率と掌握に当たってきた。彼はすでに党、軍、政府の実権を掌握しており、アメリカとの核交渉で、最高指導者としての実績を上げた。
- 金正日書記の党、国家のトップへの正式就任は、金日成主席死去満3年となる1997年7月以降となろう。党、軍、青年組織などによって支えられている金正日体制は、亡命者の増加にもかかわらず、当面なお政治的には安定が見込まれる。最大の問題は経済であるが、現実的な対応を模索していこう。関係国の対応も「安定」指向であり、4~5年内に北朝鮮の政治体制に大きな変動が起こるとは予想しにくい。しかし、10年ぐらいの長期展望では、経済、社会、政治の各面で不安定要素の増大も予想され、展開は不透明である。
- 北朝鮮の経済は、今危機的な状況にある。1995年、96年と連続した水害は、食糧問題を一層深刻化させている。計画経済の根幹と言える食糧の配給制が機能しなくなっている。そのため各地で闇市場が活況を呈している。第3次3カ年計画(1987~93年)は失敗したが、その直接的原因はソ連との貿易決済方式の変更にある。それと同時に見逃せないのが、食糧やエネルギー不足、国防費の負担といった国内要因である。さらに根源を辿ると、自力更生的な経済開発政策に行き着く。北朝鮮経済は、成長率の長期的低落傾向を阻止し得ずに来たのである。
- 後継者と目される金正日の経済政策が注目されるが、金正日がこれまで発表した論文を見る限り、改革・開放政策への転換の可能性はない。しかし現実の北朝鮮はその方向に進んでいる。そのギャップをどう見るかは興味深いが、北朝鮮はその方向へ行くしかないこと、さらに食糧買い出しの黙認による人々の移動の活発化は、北朝鮮の硬直化した体制に風穴を開けるだけでなく、計画経済体制そのものを崩壊させている。
- 北朝鮮の経済危機の直接的な要因はエネルギーの不足にある。他の社会主義経済同様、過度にエネルギーに依存した経済・産業構造をもつ北朝鮮は、国内の水力と石炭を中心にエネルギー開発を進めてきたが、1980年頃に限界にぶつかり、以後慢性的なエネルギー不足による経済の停滞に陥った。
- 1990年のソ連の崩壊は、これに原油とコークス炭の供給の多くを依存していた北朝鮮のエネルギー事情を決定的に悪化させた。北朝鮮は、一部地域の対外開放によって自力で局面打開を図る姿勢を示すとともに中国からの原油とコークス炭の供給を確保する一方、原発の開発に経済再建の命運をかけている。しかし、その原発の建設には北朝鮮の改革・開放を狙う韓国の協力が不可避であるという矛盾に悩んでいる。アメリカのより積極的な介入を期待しているものと推定されるが、北朝鮮には浪費できる時間は少ない。
- 北朝鮮の食糧生産は、1990年代に入って構造的要因により低下傾向を辿っており、現在では災害がない場合で400万トンを若干上回る程度と推定される。北朝鮮の人口2207万人に、最低限必要と考えられる食糧(1965年の韓国の水準で、1550キロカロリー/人・日)を供給するためには、今後、毎年約 70万トンの食糧を導入することが必要である。
- 消費水準を引き上げるためには、その程度に応じて導入量を増やさなければならない。さらに自然災害で生産が減少すれば、当然減少分をプラスする必要がある。北朝鮮政府は、1996年の食糧生産も95年とほぼ同じ350万トンと推定しており、これが正確とすれば、1996/97食糧年度にも、最低限度の需要を充たすためにだけで、125万トンの導入が必要となる。
- 政府は1991年末、中国吉林省とロシア沿海地方とで国境を接する咸鏡北道の羅津・先鋒地域を自由経済貿易地帯に指定した。資本主義的な経営方法や所有制度を限定的に認める特別地域で、冷戦崩壊後の北朝鮮が打ち出した画期的な経済発展モデルである。開発目的は、(1)国際物流事業、(2)輸出加工業育成、(3)観光基地化などで、外資100%投資の許容、韓国の投資認定などに特徴がある。96年9月中旬現在の投資実績は57件、6億3500万ドルであるが、実行額は同年6月で3400万ドル程度にとどまっている。
- 投資環境は、政府の積極的な外資誘致意欲、各種の優遇税制、相対的に低廉、良質な労働力などが投資家にプラスで、他方、労務問題、市場開拓、原料調達、金融活動などは不透明であり、劣悪な産業インフラもマイナス。特に、最悪のカントリーリスクが問題で、現状では西側投資家だけではなく、韓国企業の進出も困難である。今後は一層の投資環境整備のほか透明感のある情報公開、南北間の緊張緩和、国内経済とのリンケージ強化などが課題である。
第1章
北朝鮮をめぐる国際関係 / 林 一信
第1節 朝鮮半島の国際関係
第2節 周辺4カ国との外交関係
1. 米韓よりも緊密な?米朝関係
2. ヨリが戻った?対中国関係
3. 水入り後、しきり直しの日朝関係
4. 失地回復を狙うロシア
第3節 南北関係
1. 凍りついた南北対話
2. 経済交流も中断状態
第4節 多国間国際問題
1. 食糧支援
2. KEDOの軽水炉建設
3. 4者会談
4. 羅津・先鋒自由経済貿易地帯
第2節 周辺4カ国との外交関係
1. 米韓よりも緊密な?米朝関係
2. ヨリが戻った?対中国関係
3. 水入り後、しきり直しの日朝関係
4. 失地回復を狙うロシア
第3節 南北関係
1. 凍りついた南北対話
2. 経済交流も中断状態
第4節 多国間国際問題
1. 食糧支援
2. KEDOの軽水炉建設
3. 4者会談
4. 羅津・先鋒自由経済貿易地帯
第2章
金正日体制の現状と課題 / 小牧 輝夫
はじめに
第1節 金正日体制の現状
1. 金正日書記は実質的にトップ
2. 党、軍、政の実権掌握
3. 正式就任遅延の理由
第2節 金正日体制の展望
1. 金正日体制が正式発足へ
2. 当面の政治は安定
3. 現実的な政策対応の可能性
4. 関係諸国は「安定」指向
5. 不安定要素多い長期展望
第1節 金正日体制の現状
1. 金正日書記は実質的にトップ
2. 党、軍、政の実権掌握
3. 正式就任遅延の理由
第2節 金正日体制の展望
1. 金正日体制が正式発足へ
2. 当面の政治は安定
3. 現実的な政策対応の可能性
4. 関係諸国は「安定」指向
5. 不安定要素多い長期展望
第3章
崩壊する計画経済体制 / 野副 伸一
第1節 経済の現況
第2節 失敗した第3次7カ年計画
1. 対ソ貿易の急減
2. 深刻化する国内経済情勢
第3節 なぜ失敗したか
1. 対ソ貿易の急減が危機の引き金
2. 「自立的民族経済論」の欠陥
3. 経済不振の顕在化
第4節 今後の展望
1. 金正日論文と現実の政策展開の違い
2. 今後の展開
第2節 失敗した第3次7カ年計画
1. 対ソ貿易の急減
2. 深刻化する国内経済情勢
第3節 なぜ失敗したか
1. 対ソ貿易の急減が危機の引き金
2. 「自立的民族経済論」の欠陥
3. 経済不振の顕在化
第4節 今後の展望
1. 金正日論文と現実の政策展開の違い
2. 今後の展開
第4章
自立経済を脅かすエネルギー問題 / 谷浦 孝雄
はじめに
第1節 エネルギー生産の現状
第2節 エネルギー問題の原因
第3節 原子力発電の開発と今後のエネルギー問題
(参考) 金正日「社会主義経済建設において新たな革命的転換をもたらすことについて」(経済部門責任幹部協議会で行った結論 1994年7月6日)(抜粋)
第1節 エネルギー生産の現状
第2節 エネルギー問題の原因
第3節 原子力発電の開発と今後のエネルギー問題
(参考) 金正日「社会主義経済建設において新たな革命的転換をもたらすことについて」(経済部門責任幹部協議会で行った結論 1994年7月6日)(抜粋)
第5章
悪化する食料事情 / 櫻井 浩
第1節 北朝鮮の食糧事情とは
第2節 最近の食糧需給状況
第3節 穀物の輸入状況
第4節 食糧生産量の検討
第5節 展望
第2節 最近の食糧需給状況
第3節 穀物の輸入状況
第4節 食糧生産量の検討
第5節 展望
第6章
問題点が多い羅津・先鋒自由経済貿易地帯 / 花房 征夫
第1節 自由経済貿易地帯の発足と目標
1. 国際物流の拡大が第1目標
2. 画期的な対外開放政策
第2節 地帯発足の背景
1. 危機的経済からの脱却
2. 豆満江開発構想が推進役
3. 中国経済特区の教訓
4. 一段落した在日商工人投資
第3節 地帯の現況 東京23区並みの面積
第4節 地帯の開発計画 産業インフラ整備が当面の目標
第5節 投資実績 投資は6億ドル規模
第6節 問題山積する投資環境
1. 評価できる外資誘致制度
2. 明暗の労働力事情
3. 国内からの原料調達は可能か?
4. 難しい輸出増大
第7節 課題が多い羅津・先鋒地帯
1. 投資環境の大幅改善が重要
2. 必要な情報開示
3. 不可欠な南北朝鮮の緊張緩和
4. 国内経済とのリンケージ
1. 国際物流の拡大が第1目標
2. 画期的な対外開放政策
第2節 地帯発足の背景
1. 危機的経済からの脱却
2. 豆満江開発構想が推進役
3. 中国経済特区の教訓
4. 一段落した在日商工人投資
第3節 地帯の現況 東京23区並みの面積
第4節 地帯の開発計画 産業インフラ整備が当面の目標
第5節 投資実績 投資は6億ドル規模
第6節 問題山積する投資環境
1. 評価できる外資誘致制度
2. 明暗の労働力事情
3. 国内からの原料調達は可能か?
4. 難しい輸出増大
第7節 課題が多い羅津・先鋒地帯
1. 投資環境の大幅改善が重要
2. 必要な情報開示
3. 不可欠な南北朝鮮の緊張緩和
4. 国内経済とのリンケージ