雇用の非正規化と国際貿易

調査研究報告書

佐藤 仁志  編

2010年3月発行

目次 (141KB)
第1章
本稿は、近年、急速に進んだ日本の雇用の非正規化について、入手可能な内外の公的統計や資料に基づいて状況を概観する。また、1990年代後半から日本と同様かそれ以上に雇用の非正規化が進んだ韓国の現状について聞き取り調査を行った結果を報告する。第一に、雇用の非正規化に関する我が国の主たる制度改正は1999年と2004年に派遣労働規制の緩和という形で行われ、非製造業に比べ、製造業の受入派遣・下請従業者数の増加率が大きい。第二に、より長期的に見ると雇用の非正規化は制度改正のはるか以前に始まっており、これらの制度改正が雇用の非正規化を加速したようには見えない。つまり「製造業派遣」解禁という制度改正によって派遣・下請従業者を含む非正規雇用者の分布は非製造業から製造業へシフトしたものの、非正規雇用者の比率自体が大きく変わったわけではない。第三に、韓国では1997年の金融危機以後に進められた労働市場の柔軟化が雇用の非正規化を引き起こしたというよりも、事例研究からは、金融危機のはるか以前から韓国企業は国際競争の激化とそれに伴うコスト削減圧力に直面し、雇用の非正規化を進めていたことが示唆される。したがって、長期的に維持可能で、総合的かつ一貫性のある労働市場制度の設計には、個別制度改正のベースとなる労働需要の動向、特に国際環境変化に伴う労働需要の変化を理解することが何よりも重要だといえる。本研究会は、企業の国際化の観点を正面に据えて労働需要の動向を分析するため、より頑健な制度設計の枠組みを提供できる可能性を持つ。

第2章
本稿は、雇用の非正規化がもたらす労働市場への影響を実証的に考察した先行研究と、グローバル経済下における雇用の非正規化を理解するための基礎となるような理論研究を中心に概観することによって、経済のグローバル化と雇用の非正規化の関係を分析する際に有用な論点を整理した。これにより、(1) 労働市場の柔軟化が全般的に起こるのか、正規雇用と非正規雇用に差がつく形で起こるかによって、経済的な帰結が全く異なる可能性があること、(2) 国際貿易において労働市場の柔軟性の違いなども比較優位の源泉になり得るなど、国際市場でのパフォーマンスと労働市場の構造は深く関連していることの二点が確認された。最後に今後の研究のための論点を整理した。

第3章
本稿の目的は、韓国における雇用の非正規化について、まず現状と特徴を概観した上で、非正規化が進んだ背景を考察することである。現状については1990年代中盤から2000年初頭にかけて非正規化が進み、その後は非正規雇用者比率が高い状態で推移した。また特徴としては、有期雇用者を中心に非正規化が進んだこと、有期雇用者はフルタイムで働きながら雇用が不安定であること、また他の雇用形態も含めて非自発的な理由でやむを得ず非正規雇用を選択していることが挙げられる。非正規化が進んだ背景としては、賃金及び解雇コストを引き下げるため、企業が非正規雇用者を選好していることが考えられる。そして非正規雇用者の賃金や解雇コストが低い理由としては、労働組合が主に正規職を対象に労働条件の改善を図っていることが挙げられる。また政府による非正規雇用者保護政策は、非正規職の雇用喪失につながる可能性がある。